第5話:魔族領ジパング 2

「んぐっ! ……はあ、はあ、んぐぐっ!」


 不思議なもので、麟児がドラゴンの鱗に歯を立てると、それを紙切れのように嚙み切ってしまう。

 ドラゴンの鱗は非常に硬度が高く、地球の技術が作成した刃物でも、アルターの名工が打った名剣でも、本来であれば歯が立たないことが多い。

 それにもかかわらず麟児は苦も無く鱗を噛み切り、時には嚙み砕いて胃の中へと飲み込んでしまう。

 さらに不思議な事が起きている。

 ドラゴンは麟児の数十倍にも迫る巨体なのだが、それを一度も動きを止めることなく一心不乱に食べ進めているのだ。

 自らの体積以上の肉を喰らい続けた麟児は――三時間の時間を掛けて骨だけを残し喰らい尽くしてしまった。


「……あー、満足! ドラゴンの肉、美味かった!」


 その場で座り込み膨れた腹を撫でながら、麟児は横に転がっている骨に視線を向けてようやく気づいた。


「あれ? ……これ、俺が全部食べたんだよな?」


 異常なまでの食欲、食べた量に驚き自らの腹を見つめる。

 日本で普通に食事をした時と同じ膨れ方、腹が裂けて食べたものが飛び出しているわけでもなく、巨大なドラゴンの肉は全て麟児の胃の中に吸い込まれている。


「……これも悪食の効果か? ってか、これって戦闘には全く役に立たないギフトだよな」


 これでは追放されても仕方がないと思いつつ、膨れた腹を満足気に叩いて立ち上がる。


「ここは行き止まりみたいだし、引き返してみるか」


 空腹から解放された麟児の思考ははっきりしている。

 踵を返してきた道を引き返そうとしたその時、ふとドラゴンの骨をもう一度見据えた。


「……まさか、ここが最奥って事はないよな?」


 ただの行き止まりであればありがたいが、もし最奥であれば脱出は非常に困難になりかねない。この洞窟がどれだけ深いのか、はたまた広大なのかも分からないのだ。

 さらに言えばここが魔族領であれば、魔族で出会い頭に襲われる可能性だってある。


「……ま、まさか、今のドラゴンが魔族なんて言わないよな?」


 仮にそうであれば、麟児の魔族領での安全ははるかに遠のいた可能性が出てくる。

 死んでいたとはいえ、同胞を喰らった人族の話を聞いてくれるだろうか。


「交渉、できるかな?」


 突然の勇者召喚だったにもかかわらず、その場にいた人族と会話をすることができた。

 ならば、魔族とも会話ができるかもしれないと、交渉ができればとどこかで考えていたのだが、それが難しくなったかもしれない。


「……はぁ。前途多難だな、これは」


 ため息をつきながら来た道を戻っていく。

 思考がはっきりとしてきたからか、歩きながら麟児は城での出来事を思い返していた。

 地球という世界しか知らなかった麟児に対して、残りの四人は自分の世界とは違う世界、この世界の言葉で言えば世界線があると知っているような節が見られた。

 フレイヤに至っては勇者召喚という単語を口にしていたくらいだ。


「俺だけが他の四人と違っていたのか? って事は、マジで俺は巻き込まれたのか?」


 そう考えなければ納得できない事が多過ぎた。

 本当に巻き込まれただけならば、そのせいで殺されるのはやはりまっぴらごめんである。


「……なんだか、冷静になって考えたらムカついてきたな。絶対に生きて洞窟を出て、あいつらに復讐してやる! 何なら俺が魔族に協力してもいいんだからな! そもそも、人族が正義で魔族が悪って決めつけるのもおかしな話だ。俺はこの世界の事を知らないんだからな!」


 そう息巻いて足を進める麟児は、行き止まりから2時間近く歩き続けてようやく上へ繋がる階段を見つけた。


「階段? ……ここ、洞窟じゃなくて、ゲームとかラノベに出てくるダンジョンなのか?」


 そんな疑問が麟児の頭の中に浮かび上がって来た。

 仮にここがダンジョンであり、先ほどの場所が最奥だとしたなら、ダンジョンボスのような強敵が存在するはず。

 だが、目にしたのは死体となったドラゴンのみで、別の生物には遭遇していない。


「ダンジョンのボスが勝手に死ぬか? 見た目に傷もなかったし、寿命があるのか?」


 そこから考えるに、麟児はここがダンジョンであることを否定した。

あくまでも日本で創作された物語の知識だが、ダンジョンに跋扈する生物が寿命で死ぬなどとは聞いた事がないし、あったとしても稀な話だろう。

 ならばここは当初の推測通りに洞窟であり、この階段は何者かによって作為的に作られたものであると結論付けた。


「……とりあえず、上がるか」


 化け物に遭遇しない事を願いつつ、麟児は階段を上がっていくのだった。

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