第6話:魔族領ジパング 3

 階段を上った先で見た光景に、麟児は考えても答えの出ない門答を繰り返す事になった。


『ブルッフウウウウッ!』

『グルガアアアアッ!』


 願いが叶うことはなく、少し先の広くなった場所では自分の倍以上もの体躯を誇る謎の生物が殺し合いをしていたのだ。

 一方は牛のような見た目だが、額からは異常に発達した四本の角が雄々しく生えている。

 もう一方は四本の腕を生やした人に似た姿をしている生物で、全ての手には巨大な武器が握られている。


「……まさか、こいつらも魔族とか、言わないよな?」


 そうだとすると、交渉という甘い考えはあっという間に消し飛んでしまう。会話をすると言う考えから間違いだったと思わざるを得ないからだ。

 そもそも、魔族と会話が成立するとどうして思えたのだろう。地球で創作される物語のように、自らの希望がそのまま形になるとは限らないはずだ。


「……これ、バレたら一瞬で殺されるな」


 四本角の生物が四肢を踏み込んで突進を仕掛ければ、四本腕の生物が四本の武器を重ね合わせて受け止め、その場で踏ん張っている。

 多少地面を削り取りながらも四本腕は四本角を押さえ込むことに成功すると、肩から生えている左右二本の腕が持ち上げられ、握られた大剣が振り下ろされる。

 四本角は逃げようと四肢に力を込めたが、四本腕は残る二本の腕で角を掴まえてその場に押し止めた。そして――


『グルガアアアアッ!』


 二本の大剣が四本角の首を落とし、傷口からドバっと血が溢れ出して地面を赤く染める。


『グルオオオオッ! グルオオオオオオオオッ!』


 溢れ出す血を全身で浴びた四本腕は勝利を確信し、武器を手放してビクビクと震えている四本角の胴体に喰らいつく。

 今なお溢れ出す血など気にすることなく、肉を引きちぎり咀嚼する音が洞窟に響き渡る。

 見ているだけの麟児には異様な光景であり、四本腕の咀嚼音に嫌悪を抱いてしまう。

 麟児は四本角が喰われていく様を口を押えながら見ている事しかできず、満足したのか四本腕がその場から去っていってもしばらくは動く事ができなかった。


「…………俺、ヤバいかも。これもギフトのせいなのか?」


 しかし、麟児の口から零れてきた感想は自分でも予想外の言葉だった。


「……あれを、喰らいたい」


 あれというのは、四本腕の事ではない。既に事切れて地面に転がっている、喰い散らかされた四本角の無残な死体のことだった。

 まだ食べられるだろう部分は残されている。それを見た麟児は心底から喰らいたいと思ってしまったのだ。


「だが、あれは四本腕が食べ残した奴で……でも、美味そうだし……いやいや、さっき腹いっぱい食べたばかりじゃないか! それなのに……それ、なのに……」


 自分に言い聞かせるものの、自我ではどうしようもない何かが麟児の思考を埋め尽くそうとして思っている事とは違う言葉が零れてくる。

 視線を逸らそうとするが、体が思うように動いてくれない。


「……ダメだ……ダメだ、ダメだダメだ! …………あぁ、喰らおう」


 そして、麟児は本能に従うことにした。

 これも悪食のせいなのだと言い聞かせてしまえばなんて事はない、気持ちも楽なものだ。

 食べ欠けなどと思っていたものが、今ではとても豪勢なご馳走にしか見えなくなった。


「んが、んぐ……んぐぐ……はあっ! ……がうあっ!」


 ここでも麟児は容易く肉を喰らい、噛みちぎり、咀嚼しては飲み込んでいく。

 その勢いはドラゴンを喰らった時と同様に衰えることはなく、一心不乱に喰らい続け、ここでも明らかに入らないだろう量の肉を喰らい尽くしてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……俺の体、どうしちまったんだ?」


 食べ疲れを起こしてしまった麟児は周囲に化け物がいない事を確認すると、ひとまずは物陰に隠れて自分の変化に目を向けることにした。

 あれだけ大量の肉を食べ切れる時点でおかしな話なのだが、ドラゴンの時は空腹やら脱出やら、それ以外でも混乱してしまうような出来事ばかりが立て続けに起きていたこともあり冷静になっているつもりでも、なれていなかったと反省している。

 だが、それではダメだと理解した麟児はこうして腰を据えて考えようとしているのだ。


「とりあえず、もう一度ステータスを確認しよう。悪食で見落としている部分があるかも」


 悪食というギフトを見た時点で城では周囲が騒ぎ出したせいもあり、麟児は効果の確認を簡単に済ませていた。

 ここまで来ると異常なギフトあろうことは明白なので、この機会にしっかりと確認しておきたかった。


「どれどれ? ギフト1が悪食で、効果は全ての食材を美味しく食べられる。あいつらも一応は食材扱いだったんだな」


 まずはちゃんとした食材だと知れて一安心の麟児だったが、ここで見覚えのない項目が増えている事に気がついた。


「あれ? ギフト2って、はてなになってなかったか? それに……な、なんだこれは!?」


 最初にステータス確認をした際、確かにギフト2の項目ははてなになっていた。しかし、今はそこに明確な内容が記されている。

 それ以外でも明らかに変化の起きている項目が多数見受けられ、麟児は一度ステータスを閉じて冷静になろうとした。


「……うーん……うーん……よし、現実と向き合おう」


 何が起きてこうなってしまったのかはこの際置いておくとして、麟児は改めステータスを開くと全ての項目に目を向けた。

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