第12話:魔族領ジパング 9

 気配察知には反応がなく、気配を消すスキルを持っているモンスターなのだろう。

 だが、危機察知にも引っ掛からないとなれば、それは新たな脅威が迫っているという事も考えられた。

 最大の警戒を払いながら周囲を観察していると、岩陰から物音の正体が姿を現した。


「……あなた、何者?」


 現れたのは、言葉を介すことができる女性だった。

 腰まで伸びた美しい銀髪に褐色の肌。横長の鋭い瞳は麟児を見ているが、そこに警戒心は含まれているものの敵意は感じない。

 麟児は直感的に現れた存在が探していた人物であると理解した。


「お、俺は、食野麟児! あなたは、魔族の方ですか?」

「貴様、人族か!」


 だが、女性は麟児の言葉を耳にした途端に声を張り上げ、腰に差した剣を抜き放つ。


「待ってください! 俺は敵じゃない!」

「黙れ! この洞窟に隠れていたのか、私たちを奇襲するつもりだったんだな!」

「違います! 俺は……俺は、ガルガンダって奴に、殺されそうになったんです」


 麟児はようやく見つけた希望を手放してはならないと自分の身の上を全て伝えることにした。

 下手に隠し事をして疑われてしまうのを避けるためだ。

 勇者召喚の事、追放された事、洞窟の奥で二週間生き残り、脱出のために動いている事。

 女性は剣を握ったままだが、麟児の話を最後まで聞いてくれた。

 最後まで話し終えると、女性は小さく息を吐き出しながら剣を鞘に納めてくれた。


「……その話、本当なのですね?」

「本当です! 正直、自分で話していても疑わしい話だって分かっている。でも、これは全て本当の事なんだ!」


 必死の訴えが通じたのか、女性は厳しかった表情が幾分か和らぎ、笑みを浮かべる。


「信じましょう。私はあなたが言った通り、魔族です。名前はマグノリア」

「マグノリアさん、ですね。……はああぁぁぁぁ、本当に、助かった」


 マグノリアの笑みで安堵したのか、麟児は足の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「苦労されたでしょう。ですが、よくこの洞窟で生き残れましたね」

「いや、本当に。自分でも驚きです」

「ですが、先ほどの戦いを見ていれば、少しばかり納得もできます」

「戦闘って……さっきの見ていたんですか?」

「はい。その、今となっては申し訳ないのですが、観察していました」

「あはは。まあ、得体の知れない奴が暴れまわっていたら、警戒もしますよ」


 麟児も特段、マグノリアの行動がおかしいとは思っていないので笑って答える。


「それにしても、リンジ殿は相当にお強いのですね」

「強い? 俺が?」

「はい。私は、ここに来るまでに何ヶ月も掛かってしまいましたから。下の階層のモンスターは上層よりも強かったはず。そこで生き残っていたのですから、強いはずです」


 麟児はいまだに自分が強いとは思っていない。それはアルターの常識を知らないからであり、仕方がないともいえる。

 そのせいもあり、マグノリアの言葉を素直に信じていいのか分からなかった。


「それで、その……すみません、マグノリアさん。俺はこのまま洞窟を脱出したいんですが、手助けとか……お願いできませんか?」

「もちろんです。異なる世界線から来られたようですから、このまま外に一人で向かわせるのは危険でしょうし、少々お伺いしたい事が私にもありますので」

「あ、ありがとうございます!」


 マグノリアは自分にも思惑があるとわざわざ口にしつつ、麟児の提案を受けてくれた。


「……あ、でも、モンスターの死体を回収してもいいですか?」

「モンスターの死体、ですか? まあ、素材や食糧にはなりますが、どうやって?」


 アルターではモンスターを食べると知り、今さらながら安堵する麟児。

 そして、自分が無限収納というスキルを持っている事を伝えると、ものすごく驚かれてしまった。


「無限収納ですか……それはまた、貴重なスキルをお持ちなのですね」

「貴重なんですか? まあ、便利といえば便利ですけど」


 そんな会話をしている最中も、麟児は水爆で流されてしまったモンスターを回収して無限収納に放り投げていく。

 麟児としては貴重な食料であり、経験値でもある。

 経験値は倒して得られ、喰らっても得られるので一石二鳥だと内心ではホクホク顔だ。


「これだけの量が入るのですね」

「マグノリアさんにも後でお分けしますね」

「それは、はい。ありがたいので受け取りたいと思います」


 少しばかり呆気に取られていたが、回収が終わるとマグノリアの案内で上へと進んでいくのだった。


 道中ではマグノリアがモンスターの相手をしてくれたが、時折麟児も戦闘に参加した。

 二週間も洞窟の中にいて、着替えも持っていない状況だったので見た目だけを見ればとてもボロボロだった。その姿を見てマグノリアは気を遣っていたのだが、麟児としては至って元気なのでこちらもこちらで気を遣ったのだ。


「助かります、リンジ殿」

「そんな。俺の方こそ助かりますよ」


 そんな感じで会話をしながら階層を上がっていき、麟児として合計で二十もの階段を登ったところで――ようやくたどり着いたのだ。


「……あぁ……ついに……ここが…………外だああああああああぁぁっ!」


 麟児は両腕を突き上げ、堪らず声を張り上げた。

 アルターに来てから初めて拝むことのできた太陽と外の景色に、歓喜しないはずがない。

 その様子を後ろから見ていたマグノリアは笑みを浮かべながら見ており、その事に気がついた麟児は一瞬にして恥ずかしくなり、頭を掻きながら振り返る。


「あー……すみません、興奮してしまいました」

「構いません。今の様子からして、外の景色すら見せてもらえなかったようですね」

「……はい。俺が巻き込まれて召喚された奴だとか言われて、城の中からいきなりここの洞窟に転移かな? させられたんですよ」

「簡単にではありますが、事情は分かりました。ですが、私としては詳しく話を聞きたいと思っています」


 先ほどまで笑みを浮かべていたマグノリアだが、ここに至り真剣な面持ちになる。

 その様子に麟児も表情を整えた。


「……助けてくれた恩があります。それに、追放された身としては、あちらの情報を隠す義理なんてどこにもないですしね」

「助かります。でしたら、私が暮らしている村に向かいましょう」

「いいですが……大丈夫なんですか? 俺みたいな得体の知れない者を招いても?」


 人族と魔族は争っていると麟児は聞いている。

 パッと見で麟児は明らかに人族であり、敵とみなされるはずだ。


「問題ありません。むしろ、私たちは争いなど求めていませんから」

「え? そうなんですか?」

「はい。まあ、その辺りの話も含めて、村でお伝えいたします」

「……あ、ありがとうございます」


 城で聞いた話とは全く異なる内容に疑問を抱きながらも、麟児はマグノリアの案内で足を進めるのだった。

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