第11話:魔族領ジパング 8

 この洞窟にどれだけの階層があるか分からないが、麟児はすでに十の階段を上っている。

 それでも見えてこない出口を求めて、大量のモンスターを殺し、時には喰らいながら足を進めて行く。

 時折ステータスを確認してみると、最初に比べてレベルの上がり方は小さくなっている。

 動くと決めた時のレベルが273だったのに対して、現在のレベルは280。

 喰らうではなく、倒しているのだから経験値は減少せずに獲得できているはずなのだが、それでも7しか上がっていなかった。


「うーん……出口に近づくにつれて、モンスターが弱くなっているとか?」


 その可能性が高いと麟児は思っている。

 ゲームなどでも、入口の敵は倒しやすく、奥に行くにつれて強敵が現れる、というのはよく聞く話だ。

 スタートが洞窟の奥だったこともあり、モンスターが弱くなるのは当然と考えていた。


「後はストックだけど、下の階で手に入れた分は温存できたな」


 ストックに関してもなるだけ無駄にはしたくないと考えていた麟児は、道中で喰らったモンスターのギフトを多用していた。

 というのも、下層で喰らっていたモンスターとは全く遭遇できなかったからだ。


「黒炎や暴雷が強力なギフトだって事は分かったし、途中で喰らったモンスターのギフトは威力が二段も三段も落ちているし」


 現状、新しく手に入れたストックは五種類あるが、どれも威力が低くなっていたり、下位互換のギフトばかりだった。


■炎蛇×3:炎の蛇を召喚して攻撃させる。

■暴風刃×6:風の刃を無数に発生させて切り刻む。

■水爆×7:巨大な水の塊を頭上から落とす。

■エリアヒール×3:一定範囲の味方の傷を癒す。

■ハイヒール×7:対象の重度の傷まで癒すことができる。


 炎蛇は自ら敵を見極めて動いてくれるが、黒炎ほどの威力はない。

 暴風刃は広範囲に攻撃できるが、暴雷ほどの射程はない。

 水爆は一撃の威力は高いが、氷獄ほど使い勝手は良くない。

 攻撃用のギフトでいればこの三つだが、勝手に動いてくれる炎蛇を特に多様しているのでストックの数は少なくなっている。

 残る二つは回復用のギフトであるが、こちらを先の三つよりも重宝している。

 切り傷程度で使うにはもったいないと思っていたパーフェクトヒールの下位互換に当たるギフトだが、四肢や臓器を失いさえしなければ十分な回復ができる。

 そもそも気配察知と危機察知、さらに隠密を使って行動している麟児からするとそれほどの傷を負う事もほぼあり得ないので、エリアヒールやハイヒールでも十分すぎる回復量なのだが。


「さて、そろそろ休憩でも……って、無理そうだなぁ」


 麟児がそうボヤいたのには理由がある。

 最初の群れと遭遇してからは散発的だったモンスターとの遭遇が、この階層に限っていえば群れを成していたからだ。

 この状態で休憩はあり得ない。むしろ、食事に意識を持っていかれるとこちらが蹂躙されてしまう恐れがある。

 ならばどうするか――答えは簡単だ。


「先に仕留めるか」


 現状、麟児は戦闘で困った事は一度もなかった。

 それは群れを討伐した次の階層からだったので、だいぶ余裕も出てきている。

 それでも警戒を怠っていないのには、シャドウゴブリンのように気配察知に引っかからないモンスターがいないとも限らないからだ。

 モンスターの群れの中にそのようなモンスターが混じっていれば、一瞬の隙を突かれて殺される危険もあり、麟児はいくつかのストックをまとめて使うことにした。


「隠密」


 まずは姿を消してモンスターが集まっている場所へと移動する。

 まとめて殺せそうな群れを見つけた麟児は、そこで暴風刃を発動させた。


『ゲギャッ!?』

『ゲボッ!?』

『ブフォッ!?』


 名前も知らないモンスターの首が飛び、胴が分かたれ、細切れになっていく。

 その途中で炎蛇を放つと炎の蛇が近くのモンスターに襲い掛かり黒焦げにしてしまう。

 水爆は遠くに落とす。その理由として、大量の水が周囲に流れてくるので、近くで使うと巻き込まれてしまうからだ。

 実際、水爆を初めて使った時には自分も激流に流されてしまい、せっかく召喚した炎蛇も消えてしまった。


「うおぉっ!? ……ったく、それでもこっちまで水が来るとか、大量すぎるだろ」


 とはいえ、三つのストックを消費した事でモンスターの数は一気に少なくなった。

 残っているのはたまたま攻撃を逃れた個体と特別頑丈だった個体の合計三匹。


「身体強化極大」


 麟児はレベルが上がりさらに効果を増した身体強化極大を使用して、まずは弱い個体を一撃で仕留める。

 拳で殴り、肉が潰れ、骨が砕け、全てが引きちぎられていく感触も慣れたものだ。

 蹴りを見舞い、体があり得ない方向へと曲がり、臓腑が弾け飛んでいく。

 特別頑丈だった個体には、近場に落ちていたモンスターの死体を両手で掴み、渾身の力で叩きつける。一撃で潰れなければ、二度、三度と叩きつけた。

 そうしていくうちに、特別頑丈だった個体は血だまりの中で紙切れのように潰れていた。


「……ふぅ。これなら、上の階からは身体強化極大だけでいけるかもしれないな」


 麟児は普通の大学生だった。

 武道の心得などなく、運動神経も普通程度の、どこにでもいるような大学生。

 それがアルターに来て、レベルが上がってからは自然と体が動くようになっている。それも、モンスターを的確に殺せるように。

 全てが理解不能な世界に順応できていると思えば何とも思わないし、生きるためにモンスターを殺すことも問題はない。

 ただし、これがもし人だったならどうだろうか。

 ふと、そんな事を考えてしまう。

 それは麟児がガルガンダを恨んでいるからなのか、一緒に召喚された四人を妬んでいるからなのかは分からない。

 だが、そうなる未来だってあるかもしれないのだ。


 ――カラカラ。


 その時、後方からの物音に麟児は反射的に振り返った。

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