第10話:魔族領ジパング 7

「……ちょっと待て! 今の俺でこれだけの威力だと? んじゃあ、あいつらはもっとヤバいって事じゃねえか!」


 あいつらというのは、当然ながら勇者召喚の残る四人の事である。

 麟児の中では認められた四人と、追放された自分という構図が消えることはなく、どうしても勝手に比べてしまい、こちらが劣っているのだと結論付けてしまう。

 事実、最初にステータスを見た時点から優劣ははっきりとしていたので、麟児の感情を否定するのは難しいだろう。


「……はぁ。これ、復讐とか言ってる場合じゃねえかも。冷静になって考えれば、別に俺からあいつらに関わる必要は全くないわけで、このままかかわらずに平々凡々と暮らしていればいいんじゃないか?」


 独り言を呟きながらも気配を探り、安全を確認してから歩き出す。

 しかし、突如として別のスキルが反応を見せた。


「うおっ!?」

『ケラケラケラケラッ!』


 気配察知に反応しなかったモンスターからの奇襲攻撃。

 だが、もう一つの察知スキルである危機察知が反応してくれたのだ。

 振り抜かれたナイフを間一髪で回避したものの、左腕には切り傷が刻まれてしまう。

 鋭い痛みが麟児を襲い、ドッと冷や汗が噴き出してくる。


「こ、この野郎! 身体強化極大!」


 痛みに耐えながら、通常時の五倍に能力を引き上げるストックを発動させる。

 対象となる能力は攻撃、防御、体力、速さの四つ。


「隠密!」


 続けざまに隠密を発動させた麟児は、気配だけではなく物理的にもモンスターの視界から見えなくなってしまった。


『ケラッ!?』


 明らかに動揺しているモンスターを見つめながら、麟児は冷静に鑑定を掛ける。


(モンスター名は、シャドウゴブリン。隠密行動に秀でた進化をしたゴブリンって事か)


 なるほどと思いつつも、シャドウゴブリンのさらに上を行く隠密さを見せつけた麟児は真後ろから首を絞めると、そのままボキリとへし折ってしまった。


「……意外と、何も感じないものなんだな」


 魔法でもなく、異常なまでもオーバーキルでもない。

 麟児はここで初めて、意識的にモンスターを殺したのだ。

 腕にはシャドウゴブリンを締め上げた感触が残っており、体温も感じてしまっている。

 それにもかかわらず、麟児は極々冷静に殺したという事実を受け止めていた。


「実は異常な性格の持ち主だったのか、それともアルターに来たせいで何かが変わったのか」


 事実こそ分からないが、アルターで生きていくならばありがたい変化だと素直に受け止めることにした。


「いってえなぁ。……しょうがない、使っておくか。パーフェクトヒール」


 手に入れたストックの中で、唯一の回復魔法を使用して左腕の傷を治す。

 このパーフェクトヒールだが、本来であれば切り傷程度に使うのはもったいなさ過ぎる効果を持っている。失われた四肢や臓器すらも再生させてしまう程の効果を持っていた。

 麟児としても本当ならば使いたくなかったが、ここにきて初めて受けた傷からドクドクと真っ赤な血が流れ落ちていく様子を見てしまうと、どうにも心配でならなかったのだ。

 モンスターを殺すことに何も感じなかった麟児だが、恐怖という感情が抜け落ちたわけではなかった。


「……よし! 無限収納にモンスターを突っ込んだし、次に行くか」


 気配察知だけでは死んでいたと安堵しつつ、警戒を途切れさせることなく進んでいく。

 しばらく行くと、上につながる階段を見つけてホッと胸を撫で下ろした。


「……だが、まだ外につながっている感じはないか」


 階段の入口から上を覗き込むが、淡い光が続いているだけで他には何も見えない。


「外につながっていたら、太陽とか別の光が差し込んできてもよさそうだもんなぁ」


 まだまだ先は長いと思いつつ、一度進んでしまえば引き返せないとも考えている。

 何故かモンスターが下りてこなかった行き止まりの階層から離れていくのだから、休むにしても安全な場所があるかどうかも分からない。寝る事なんて以ての外だと麟児は考えていた。


「ストックが尽きたらその時点で死ぬかも。……さっきのモンスター、数匹は喰らっておけばよかったかなぁ」


 今から戻るのは時間がもったいないと判断し、ため息をつきながら階段を上っていく。

 次の階層からは周囲の安全を確かめたうえで、ストックを増やす意味も含めた食事をしようと心に決めたのだった。

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