第9話:魔族領ジパング 6

「は、針億本!」


 先手必勝と言わんばかりに、麟児はストックのギフトを解き放つ。

 自分を中心に周囲へ弾速3000キロメートル毎時の速さでミスリルの針を放出する。

 攻撃の能力値によって針の硬度は変わり、今の麟児ではミスリルの針という事になる。

 ミスリルにどれだけの硬度があるのかは分からないが、目の前のモンスターを仕留めるには十分な威力を持っている事だけはすぐに理解できた。


『ゲギャッ!?』

『ウボッ!?』

『ヒョッ!?』

『ゲゴゴッ!?』


 数えるのも面倒になるくらいのモンスターが全身をミスリルの針で貫かれて倒れていく。

 モンスターの死体が積み重なるだけではなく、その下には血が溢れかえり湖でもできるのではないかと錯覚を覚えてしまう。

 それでも止まることのないモンスターを見て歯噛みし、麟児は次のストックを解き放つ。


「魔力強化極大! 黒炎!」


 二つのストックを使って威力を増幅させる。

 魔力強化極大は名前の通りで魔法に連なる効果を強化してくれる。その規模はといえば、通常時の五倍に威力を跳ね上げるのだ。

 そして、もう一つのストックである黒炎は、地獄の炎を顕現させる魔法の一種。

 相手にもよるが、実力差があれば指先が軽く触れるだけでも全身が燃え上がり炭になってしまう程の威力があり、それが魔力強化極大で五倍にまで増幅されている。

 結果として、目の前に転がっていた死体だけではなく、飛び込んでくる後方にいたモンスターまでもがその姿を一瞬で消し炭にされてしまう。

 ストックを消費したこともあり、新たなストックを得たいと考えないわけではないが、動いたからには脱出を最優先するべきだと麟児は自らに言い聞かせている。

 これも二週間の間で分かった事だが、食糧か否かの判断に関しては麟児の思考が大きく関与していることが分かった。

 意識的に食糧ではない、今は必要ないと思っていれば、モンスターの死体や普通の食材を目にしても飢餓感に襲われる事はないのだ。

 今の麟児の思考は食糧の確保より脱出が優先されているので、飢餓感は全く無かった。


「次は――暴雷!」


 暴雷は、前方に雷撃を放つ魔法の一種。

 名前の通りなのだが、放たれた雷は暴れ狂う。麟児に制御権は一切ない。

 その分、射程は黒炎よりも長く、モンスターを貫きながら後方に隠れていた個体すらも黒焦げにしてしまう。

 二つ目の階段を上ってから5分も経っていないはずだが、階層から溢れかえりそうになっていた大量のモンスターのほとんどが黒炎で消し炭になり、暴雷で黒焦げになっていた。


「後は……うげぇ、特別でかいのが残っていやがるな」


 気配察知に引っ掛かる気配がないと思っていたが、ギリギリの範囲で一匹の気配を察知してしまう。

 その姿が見えてくると、思わず嫌悪感を露わにしてしまった。


『グルルルルゥゥ……』

「鑑定……モンスター名は、サイクロプス」


 全身が緑色の皮膚に覆われており、額には一本の角が生えている、一つ目の巨人。

 麟児のおよそ三倍にも及ぶ体躯を誇り、その右手にはサイクロプスをも超える長さの大剣が握られていた。


「あんなもんで斬られたら、ひとたまりもないな」


 幸いにも一匹しかいないサイクロプスを睨みつけながら、麟児は念には念をと二つのストックを発動させた。


「いくぜ――氷獄!」


 ゆっくりと近づいてくるサイクロプスの頭上1メートルあたりに顕現したのは、周囲を凍てつかせるほどの冷気を放つ氷の檻。

 突然の冷気にサイクロプスが一つ目を上に向けるが、その時には氷の檻が落ちてきて閉じ込められてしまう。


『グルオオオオオオオオッ!』


 直後、サイクロプスが咆哮をあげて大剣で氷の檻を破壊しようと試みるが、檻はびくともせずに存在している。

 それでも大剣を振るい続けるサイクロプスだったが、突如として動きが遅くなっていく。


『グルオオ……ォォ……ォ?』


 周囲を凍てつかせるほどの冷気だが、その中心部はどうなっているのか。

 サイクロプスの全身にはすでに霜が張っており、あっという間に氷へと変わっていく。

 何とか破壊しようと大剣を捨てて体に纏わりついてくる氷を砕こうと拳をぶつけるが、氷獄が作り出す氷は砕けるどころかヒビすら入らず、逆に氷に触れた拳から冷気が伝わり一気に凍らせてしまう。


「氷獄は複数には使い難いが、単体になら効果抜群だな」


 麟児はサイクロプスが凍っていく様を観察しながら、そんな事を呟いていた。

 しばらくしてサイクロプスが氷像と化した。


『……ォ……ォォ……』


 しかし、死んだわけではない。

 モンスターの生命力は非常に高く、この洞窟にいる個体ならば氷漬けにされただけでは死なないのだ。


「それじゃあ、もう一発いくか!」


 そこで麟児は二つ目のストックを解き放った。


「剛腕の一撃!」


 氷獄が消えたところでサイクロプスの氷像の前に立った麟児。

 冷気が残っているのでまだまだ冷えているものの、溜め時間を長くすることで剛腕の一撃の威力は増していくという事もあり、寒さを我慢してすぐに移動したのだ。

 レベルが273になったとはいえ自分がまだまだ弱いと考えている麟児は、できるだけ長く溜め時間を作ろうと構えている。

 10秒が経ち……20秒……30秒……そして、1分が経過した。


「……よし、ぶっ飛べええええええええええええぇぇぇぇっ!」


 剛腕の一撃の効果により、麟児の攻撃5460×60秒の威力を発揮する。

 合計にして327600にまで跳ね上がった麟児の一撃は、サイクロプスの臓腑をぶちまけるだけではなく、あまりの威力で逆側の壁に叩きつけて形すら残さず消滅させた。

 拳に触れていない部分ですら、衝撃波によって肉体を粉砕させており、肉片が四方へと飛び散らせてしまっている。


「……な、なななな、なんだよ、これ?」


 初めて自らの拳でモンスターを倒した麟児は目の前の光景に唖然としていた。

 素人目に見ても理解してしまう。今の一撃が、明らかなオーバーキルであったと。

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