第31話:若い主 5
「……な、何なんだ、あれは?」
麟児の視線の先はフレアドラゴンが踏みしめた先の地面――否、地面があった場所だ。
土がむき出しだったはずのそこには、人工的に作られたような見た目の扉が顕現していた。
『……グルア?』
扉の存在にフレアドラゴンも気づき、首を足元に向ける。
それと同時に扉が振動を始めるとゆっくりと開き出した。
ギギギと耳障りな音を響かせながら開かれている扉の先が何処につながっているのか、麟児には予想がついている。
しかし、そこは本当にその場所であるのかは確信を持てないでいた。
『グ、グルルルル、グルオオオオアアアアアアアアッ!』
扉の先から異様な雰囲気を感じ取ったフレアドラゴンは逃げるために四肢を動かそうとしたのだが、その四肢は全く動こうとしない。まるで自らの意思から切り離されているかのように。
何が起きたのか。その考えに至ると、視線は扉から目の前に佇む小さな強敵に向けられる。
四肢が動かない今、近づいて攻撃を加える事はできない。ならばとフレアドラゴンはブレスを放とうと口を大きく開けた。
――ガシッ!
しかし、その口が何者かに掴まれると無理やりに閉ざされてしまう。
「……扉から、腕が……あれは、何なんだ?」
『ゴァァ! グルル、グルォァァ――ゴァァァァァァァァァァァァッ!?』
漆黒の腕に漆黒の爪。全てが黒に染まった腕がフレアドラゴンの口を鷲掴みにし、そして鈍い音を立てて顎の骨を握り潰してしまう。
本来であれば大絶叫をあげているはずが、口を掴まれているせいかこもって響いている。
その腕がゆっくりと扉の中へ消えていくのと同時に、フレアドラゴンの体も同じ速度で引きずり込まれていく。
踏ん張ろうと四肢に力を込めるが、動けない事には変わりなく開かれていく扉を滑って落ちていく速度は加速していく。そして――
『グルォォォォォォォォァァァァァァァァ……ァァァァ……ァァ………………』
フレアドラゴンの巨体が全て扉の中に引きずり込まれると扉はゆっくりと閉じていき、最終的にはその姿すら消してしまった。
残されたのは焼け爛れた壁や天井や地面、そして土がむき出しの地面だけだった。
「――リンジ!」
フレアドラゴンとの激戦を終えてからしばらくして、マグノリアが血相を変えて名前を呼び駆けつけてくれた。
そこにはすでにフレアドラゴンの姿はなく、麟児は疲労困憊だったせいもあり地べたに腰を下ろして一休みしていた。
「あー、マグノリア。お疲れ様」
「ぬ、主はどこに行ったの! 早く逃げるぞ!」
「……ごめん、倒しちゃった」
「そんな冗談はいらん! 私のところにも聞こえていたんだ、あの大咆哮が!」
マグノリアは軽いパニックに陥っていた。
自分は転移魔法陣を破壊するまではこの場を動く事ができない。だが、奥の方からは何度も主であるフレアドラゴンの大咆哮が聞こえてくるわ、ブレスによって深紅に染まり強烈な熱波が襲い掛かってくるわで麟児が死んでしまっていないかを常に心配していた。
「早く逃げるぞ! さあ、立つんだ!」
「ほ、本当に落ち着いてくれ、マグノリア」
「私は落ち着いている! さあ、早く――」
「マグノリア!」
「――はっ! ……す、すまない、リンジ」
最終的には麟児が声を張り上げる事で、徐々にではあるが落ち着きを取り戻し始めた。
そして、周囲の惨状を目にしたのと、そんな場所で座り込み休んでいる麟児とを何度も確認した事で彼の言葉が本当なのだと少しずつ理解していく。
「……本当に、倒したのか?」
「おう」
「……洞窟の主を?」
「おう」
「…………本当に?」
「だから本当だってば! 俺ってそんなに信用ないかな!」
何度も確認を求めてくるマグノリアに麟児が苦笑しながらはっきりと口にした。
「あ、いや、すまない。ただ、なかなか信じられない内容でな……だが、リンジなら……」
「まあ、喰らえなかったのは残念だったけどさ。切り札を使ってなんとかって感じだったよ」
ようやく麟児の横へ腰を下ろしたマグノリアを見て、フレアドラゴンとの死闘の顛末を話し出した。
不思議な事に最下層には他のモンスターはやってこない。だからこそ、ゆっくりと話をする時間を作る事ができていた。
「――と言うわけで、最初に喰らったモンスターのストックを使って何とか倒したんだよ」
「元の主だったモンスターか。確かに、その主がいたからこそ、そのフレアドラゴンもずっと主になれなかったわけだしな」
「あぁ。まさか一撃で倒せるとは思ってなかったけど……それを考えると、相当強いモンスターだったって事だよな?」
「喰らう事で得られる経験値は半分になるんだったな? それでレベルが一気に100越えになったのだとしたら、確かに相当な強さのモンスターだったのだろう」
「そう考えると、改めてそいつが寿命で死んでいてくれてよかったって心から思えてくるよ」
「そうだな。そうでなければ私もリンジと出会えなかったわけだし、感謝するべきだろう」
顔を見合わせた二人は笑みを浮かべ、そして拳を打ち合わせた。
「もう少し休んだら戻るか」
「そうしよう。カンクンでここにはもう転移魔法陣がない事も確認済みだからな」
その後、言葉通りにしばらく休みつつ、無限収納に放り投げていたモンスターをいくらか喰らってストックを補充してから戻っていく。
疲れはお互いにあったものの、目的を達成してからの道中は気持ち的にもだいぶ楽になっており、行きの時よりも速い速度で進むことができた。
行きの時よりもレベルが上がっているというのが一番だろう。そして、そのレベルだが二人とも大台に突入している。
マグノリアのレベルは102になり、麟児のレベルはと言えば――
「……レベル、305って」
「……なんだかもう、規格外という一言で済ませていい存在ですらなくなったな」
完全に呆れてしまったマグノリアだが、彼女もすでに規格外へと迫るレベルになっている。単に麟児が隣にいる事でその事実をすっかり忘れていた。
マグノリアの規格外認定は、バールバーンに戻ってからになるのだった。
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