閑話:傲慢の結末

 港町に到着した翌日、フレイヤたちは船に乗りジパングへ向けて海を進んでいた。

 彼女たちは勇者であり、この国の王であるガルガンダの命を受けてジパングへ向かっている。

 しかし、王命を受けた勇者が乗るような豪華な船ではなかった。


「どうしてこんなにも小さくてぼろぼろの船なのだ!」

「全くだわ。わたくしたちは勇者なのですよ?」

「ふにゃー。体がべとべとするにゃー」


 漁師が使うような漁船、それも小型の船である。そして、船の操作も彼女たちが行っていた。


「おい、ジャグナリンダ! ジパングはあっちだろう!」

「何を言っているにゃ? ジパングはこっちだにゃ!」

「お二人共、違いますわ。ジパングはあちらでしょうに」


 海の上で完全に迷子――否、遭難してしまった三人は意味のない言い争いを始めてしまう。

 この行動が海に出る者たちからすると完全なる悪手だった。

 彼女たちは知らなかった。いや、知っていたはずだが意識の中から消えてしまっていた。

 何故なら、彼女たちは目に見えるモンスターとしか戦ってこなかったからだ。


 ――ブシャアアァァァァ。


 突如として海面から噴き出した複数の水しぶきに彼女たちは弾かれたように視線を向ける。


「な、何事だにゃ!」

「まさか、モンスターですか!?」

「ジャグナリンダ! 貴様、見落としたのか!」

「あんたらがギャーギャー騒ぐから見逃したのにゃ!」

「今は文句を言っている場合じゃございませんよ!」

「ちっ! 水上戦の訓練などしていないぞ!」


 彼女たちは知らなかった。王都での訓練をしっかりと受けていれば水上戦の訓練もできていた事に。

 そもそも、ジパングに向かうなら必ず海を越えなければならない。この時点で水上戦を予測できていなかった彼女たちは完全に後手に回っていた。

 自己判断でジパングに向かうなどという愚行を犯さなければ、日を重ねる事で順を追って訓練もできた事だろう。


「来るにゃ!」


 とはいえ、今となってはどうしようもない事である。もしもこの場を生き残り王都に戻る事があれば、再度訓練を受ける事は可能だろう。彼女たちは勇者なのだから。


「くそっ! 速すぎるだろう!」

「水魔法で打ち上げますわ!」

「ならばさっさとやれ!」

「命令しないでくださいませ!」

「ふにゃー! い、痛いのにゃー」


 鋭利に伸びたモンスターの鼻がジャグナリンダの左肩を掠めて鮮血が飛び散る。その血が船の上にだけ落ちればよかったのだが、僅か数滴ではあるものの海にも広がってしまった。

 モンスターは総じて血の匂いに敏感である。

広大な海に溶け込んだ血だとしても、敏感に嗅ぎ取るとそこへ一直線に集まってくる。それらが目に見えない海の中を進んでくるものだから、気配察知を習得しているジャグナリンダからすると恐怖以外の何ものでもなかった。


「……これは、ヤバいのにゃ」

「何がヤバいのですか! ジャグナリンダ、あなたもモンスターを倒しなさい!」

「……これだけの数を倒しても、意味がないのにゃ」

「この、クソネコが! さっさと働かないか!」

「…………ごめんなのにゃ」


 謝罪の言葉を口にしたジャグナリンダだったが、モンスターが襲い掛かってくる状況下において二人は言葉の意図を理解する事ができないでいる。

 その事を承知していたジャグナリンダだったが、彼女は即座に行動へと移した――自分が生き残るために。

 左肩の傷は血が滲んでくるものの掠り傷である。それにもかかわらずジャグナリンダはポーションを使用して傷を治してしまった。


「クソネコ! 無駄使いをするな!」

「そうですわよ! ポーションは貴重なのですからね!」

「……気配遮断にゃ」


 目の前にいたはずのジャグナリンダの存在自体が希薄になっていく。

 この時点で二人はジャグナリンダが何をするつもりなのかを理解した。


「貴様、逃げるつもりか!」

「無駄ですよ! 海の中には大量のモンスターがいるのですから!」

「……さよならにゃ」

「この――行かせるかああああっ!」

「ぎにゃあっ!?」


 海に飛び込もうと飛び上がったジャグナリンダだったが、その背中にフレイヤの剣先が僅かに届いた。

 何をされたのかを理解したジャグナリンダは顔面蒼白となったが、時すでに遅く傷口から血を滲ませながら海に落ちていく。


「……はは……ははは……こ、これで、モンスターはクソネコのところに行くはずだ!」

「……そ、そうですね。わたくしたちはこのまま、ジパングへ……え?」


 二人を犠牲にしようとしたジャグナリンダを逆に利用して生き残ろうとしたのだが、その思惑は大きく外れる事となる。


「……あ、あれは、なんなのだ?」

「……わたくしが、分かるはずもないでしょう! は、早く切り殺してください!」

「お、お前が魔法で殺した方が早いだろうが!」

「ふざけないで! あんな化け物を殺せるような魔法を放てるわけがないでしょう!」


 二人が見たもの、それは――全長5メートルを超える巨大な鮫に似たモンスターだった。

 大量の水しぶきをばら撒きながら近づいてくる鮫のモンスターを目の当たりにした二人は無用な言い争いを始めてしまう。

 とはいえ、この言い争いはあってもなくても意味のないものだった。

 フレイヤのレベルが13、レミーのレベルが11であるのに対して、鮫のモンスターのレベルは35と倍以上のレベル差を有していたからだ。

 この場にジャグナリンダが残っていたとしても、結果は変わらなかっただろう。


「く、来るなああああああああっ!」

「いやああああああああっ!」


 巨大な顎を開けた鮫のモンスターは勢いそのままに船ごと二人を口に含むと、何度も咀嚼を繰り返してから飲み込んでしまう。

 そして、ジャグナリンダが飛び込んだ場所の海面だけが真っ赤に染まり、以降は誰も彼女たちを見た者は現れなかった。

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