第47話 クリスタルの謎2
学院の課題をこなしながら、図書館に通ってダンジョンコアの資料を探す日々が続いた。
しかしダンジョンについての資料はたくさんあるのに、肝心の『コア』についてはほとんど記述が無い。
ある研究者がまとめた一冊の本によれば、ダンジョンとは多種多様な世界観を作り出す古代の芸術作品だった。
多くの生物を発生させ、貴重なアーティファクトを出現させる。無から有を生み出す神の如き御業。彼らが『神人』と呼ばれた所以。現代の人類がダンジョンを自在に操ることができたなら、世界が変わる。
しかし大賢者ガーレンが古代遺跡の上に住み着いて生涯をかけて研究しても、賢者の夢を引き継いだ学院が多くの人員と長い年月をかけてさえ、その神秘に手が届くことはなかった。
学院長が私にさせたかったのはまさしくこのダンジョンコアの研究なのかもしれない。まぁ、私にそんな頭はないわけだけど。
図書館に通って理解できたことは、『ダンジョンコア』と名付けられたあの水晶は明らかにダンジョンにとって重要なパーツのようだけど、真実はいまだに明らかにされていない、ということだけ。要するに何も分かっていないのだ。
そもそもあの『水晶』が『ダンジョンコア』と似た波動を放っているだけで、大きさも違うし、特徴的な魔術式も内側にとどまっていて外側には出ていなかった。
あの『水晶』が『コア』だと思ったのも単なる直感だし、調べれば調べるほど『コア』のはずがないと思えてくる。
さらに言えば、水晶型の魔導具なんてそこらじゅうに溢れている。
原材料となる無色の水晶は純粋で偏りがなく、それでいてあらゆる用途に耐えられる強いパワーを秘めている。何より産地が多くて量も取れるから比較的お安く手に入るのだ。
地味だけどパワーストーンとしては一級品。それが『水晶』なのだった。世界中の魔導具士たちに好まれる理由もわかるというもの。
現代では『神』とされる超技術を持った古代の人々だってその辺の事情は同じだったはず。
最近は毎日のようにひっそりと虹色に輝く小さな水晶を思い出してはため息をついていた。
それでも私にとっては唯一の希望。たとえ『ダンジョンコア』でなかったとしてもアーティファクトであることは間違いない。有益な道具の可能性があるし、是非とも解明したいところだ。
ヨアニスの申し出(というか脅迫)は内容だけみれば確かにありがたい。
私には学院に知られずに研究できる場所がどうしても必要だった。その点、彼のアパートは入学した当時から頻繁に通っていたおかげで行動を変える必要もなく、誰にも怪しまれずにすむ。せいぜいが「あんなに喧嘩してたのに結局ヨリを戻したのか」と周囲に呆れられるぐらい。
奴の言いなりになるのは癪に触るけど、これ以上の場所はどこにもないのだった。
ものすごく仕方なく初心者用の魔導具作りのツールボックスを持って現れた私をヨアニスは満面の笑顔で出迎えた。
いつものテーブルには焼き菓子とティーセットが用意されている。それには気付かないふりをしてずかずか上がり込んだ私に、それでも彼は上機嫌で両手を広げてこう言った。
「やあユリ、待ってたよ。もしかしたら来てくれないんじゃないかって心配してたんだ。さ、遠慮しないで。ここはもう君の家でもあるんだから」
イラっとする。私を怒らせて楽しんでるんだわ。頭にくるけど、ここは冷静にならねば。
彼は続けた。「先に合鍵を渡しておくよ」
ニコニコしっぱなしのヨアニスに渡された小さな鍵には可愛らしいレースのリボンが結んであった。人をおちょくるのもいい加減にしてほしい。
ヨアニスはキッチン兼居間についているドアの一つを開けると私を手招きした。
短い廊下が伸びていて、左右に4つのドアが並んでいる。招かれるままに開けっぱなしになっている部屋の一つを覗くと、そこはこじんまりとした清潔感のある部屋だった。客室か子供部屋といった印象を受ける。
今までは居間とトイレのあるバスルームにしか入ったことがなかったけど、こうしてみると一人暮らしにしては広いし、部屋数が多いような気がする。もしかしてここはファミリータイプの物件なんじゃないかと考えたところでジワリと嫌な汗が滲んだ。
慌ててその考えを打ち消す。余計なことは知らなくていい。
ヨアニスは上機嫌で言った。
「研究室を用意したよ。作業机はこれでいいかな?疲れたら休めるようにベットもあるよ」
中に入って見回した。認めたくないけど、良さそうな部屋だった。
窓もあるし、椅子にはクッションが付いていて、家具も一式用意されている。悪くなさそう。というよりかなり居心地がいい。
もちろん泊まったりはしないけど、手足を伸ばして休めるベッドは魅力的だわ。
内装はシンプルだけど、ところどころに可愛いデザインが散りばめられている。
レースにリボンにフリフリ。リネン類のデザインが妙に乙女チックなのはヨアニスの趣味なんだろうか。たぶん、女の子はこうあるべしという考えの持ち主なんだろう。どうでもいいけど。
机には精巧な彫り物が施された銀の宝石箱が置いてあった。なんだか高そう。何気なく開けてると、赤い布張りのクッションの上に見覚えのある『水晶』が鎮座していた。
「この部屋はユリの自由にしてくれていいから。他に必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。すぐに用意するよ。じゃ、他の部屋を案内するよ」
私は持ってきた荷物を机の上に置いて無言で頷いた。
私の塩対応に気づいていないのか、気にならないのか、さっきからずっと上機嫌のヨアニスは何やら後頭部を掻いて照れながら部屋を出た。ぜんぜん気持ちが通じ合ってない。
彼と出会ってからの数年間を思い返してみても、これまで違和感を感じたことなんてなかった。なのにここにきて奇妙に感じるなんて。私、ヨアニスのこと何も知らなかったんだわ。
きっと今までは細心の注意を払って好かれるよう演技をしていただけなんだ。そこまで徹底して自分を隠せてしまえるなんて……とても理解できない。
それから倉庫代わりの部屋と小さなパントリーを確認した後、バスルームに案内してもらった。
居間から直接入れる方のバスルームとは違い、かなり広くて個人の家には珍しくバスタブまであった。
どうやら主寝室とつながっているらしい。日頃ヨアニスが使っているバスルームなのだと思うとついドキドキしてしまう。
なぜかもう一つのドアを開けて寝室まで案内しようとしたので慌てて断った。他人のプライバシーを覗くなんて気まずいもの。
自分に与えられた『研究室』に戻ると、ヨアニスは浅黒い肌をほんのり赤く染めて照れまくりながらいらないを告白した。
「ユリが学院についていけなくて辞めることになったら、ここを拠点に二人でハンターとして生活しようと思ってたんだ」
……やっぱりそうなんだ。思えば高等部に受かった時、やけにがっかりしていたのはその計画がおじゃんになったからなんだわ。まったく信じられない奴。
自分勝手で嘘つきで、おまけに執念深い。それがヨアニスという男の本性なのだ。さらに長命種らしくものすごく気が長いんだから手に負えない。
胸が締め付けられる。私の愛していた少年らしい純朴なヨアニスは幻だった。あれは単に、私の好みに合わせた演技に過ぎなかったんだわ。
不意に何かが高速で動いた。ドアのちょっとした隙間から飛び込んできた小さな塊が部屋中を飛び回る。ナッツだった。今まで寝ていたらしく、ちょっとフラフラしているけど、嬉しそうに元気よく羽ばたいている。
そうやって歓迎するよう命じられたのか、純粋に群れの仲間に会えて嬉しいのかは判断がつかない。嘘つきの主人のせいで。それでもすごく嬉しかった。
「ほらね。ナッツはユリが大好きなんだよ。家族だと思ってるのさ」
私は感情を殺して肩をすくめるだけにとどめた。ナッツはともかく、こいつを喜ばせたくない。
ヨアニスは「時間を気にせずいつまででもいていいし、俺が留守の時も自由に出入りしていいから」と言い残してナッツを連れて出ていった。
その後も少ししてお茶とクッキーを持ってきた以外は一人にしてくれた。こういう気遣いがうまいからついコロッと騙されてしまうんだわ。
改めて小さな宝箱の中のクリスタルを確認する。
魔術師となってからこれを見るのは二度目。水晶の内部には無垢な青い魔力がうねっている。
つまみ出してよく観察してみる。それは複雑な曲面を持った魔術文字と幾何学の多面体で出来ており、時折ぴくりと鼓動しては活動する機会がくるのを静かに待っているように見えた。
……なんて美しい。
『ダンジョンコア』と同じく複雑な立体構造でできているのはわかる。けれど、あれよりはずっとシンプルな構成だった。これも魔術式には違いないはずなんだけど、魔術式そのものが現代とは異なっているようで、私にはとても理解できそうにない。
学院のアーティファクト鑑定専門の研究室に持っていけば何かわかるかもだけど……。
そうして1時間睨めっこしてわかったことといえば、どうやらガラスではないということだけだった。
アーティファクトの中には現代では考えられないほど品質の高いガラス製品もあるそうだけど、魔導具製作の授業で使い慣れている私は石とガラスの違いぐらいならすぐにわかる。
それにしてもなんともちっぽけな石。こんなものに半永久的にダンジョンの環境を再現し続けるエネルギーが内包されているなんてとても思えない。
……やっぱり違うのかな。
それに、遺跡ダンジョンのコントロール室ではこれ以外にもたくさんの機器があった。もしこれが『コア』だったとしても、そもそも単体で使うものではないのかもしれない。
ヤケクソな気分になって強引に強い魔力をあててみた。
すると表面で衝突が起こり、私の魔力は水晶の内部に到達する前に弾かれて霧散してしまった。
大抵の魔導具は魔力を流せばそれだけで作用するのに、この小さな『水晶』は微動だにしないどころか元気よく反抗してみせたのだ。機能はしっかり生きている。
思いつく限りいじってみたけれど、反応を引き出せたのは拒絶された時だけだった。
それでも内包しているエネルギーは何かしらの魔力には違いない。それなら(特殊な加工がなされていたとしても)魔力である以上魔術師ならば扱えるはず。
この道具が活躍していた大昔だって、壊れた時に修理する方法はあったはずだもの。
学院が諦められないのもわかる。どうすれば内部に入り込むことができるんだろう。それさえ可能なら……。
ああ、『鍵』はなんなの?魔力でないなら、パスワード?
「あ、そうか。ロックされてるんだ」
なんとなく思いついてもう一度魔力を送ってみる。やっぱり一瞬で弾かれた。この感じ。何かしらのプロテクトがかかっているのは間違いない。
つまり、正当な使用者だと認められてない。
解除の方法なんてぜんぜん思いつかないけれど、とりあえず地球にいた頃の記憶を探ってみた。
例えばスマホ。個人情報満載のあれを使う時には自動的に認証機能が働いていたと思う。他にも家や会社のドアや出退勤管理のシステムなんかを使う時にも虹彩認証や静脈認証が必要だった。
つまり、許可が降りるのはあらかじめ使用が許された本人だけ。特定のパスワード、もしくは生体認証がいるんだわ。
じゃあお手上げじゃない?
だけど……ならばそもそもどうして私の手に渡ったんだろう。
唇に人差し指を当てながら思い返す。広大な荒野での出来事。今では夢にも思えるあの謎の部屋には『水晶』が生身で置かれていた。
まるで招かれたように入り込み、手にした途端消えた、あの不思議な空間。
しかしどんなに思いを馳せても上手い考えは一つも浮かばなかった。
日が傾くまであれこれいじくり回した成果は微々たるもの。ただ私の理解を超える代物だとわかっただけ。
お手上げだわ。大賢者ガーレンや学院が長い時間をかけても解明出来なかった謎を私なんかになんとか出来るはずがない。
なにしろ、『魔導具製作Ⅰ』でさえ単位をもらうのにあれほど苦労したぐらいなんだから。そもそもセンスがないんだわ。
いつの間にか周囲が暗くなっていた。魔術の明かりを灯そうとしてはたと気づく。窓を見ればだいぶ暗くなっている。夜の帳が降りかけていた。
まずい。門が閉まっちゃう。
慌ててカバンを引っ掴んで部屋を飛び出した。
薄暗い居間では待ち構えていたかのようにヨアニスが佇んでいて、私を見るなり「送っていくよ」と微笑んだ。
私は小さなため息を一つつくと、ついに諦めて「お願い」と囁いた。
仲直りしたわけじゃない。帰り道もずっと無言でいた。それでも二人の間にあった緊張感がだいぶ薄れてしまったのを感じる。
しばらくはそれでもいい。『水晶』のアーティファクトを研究する間の、ほんの短い間だけなら。
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