第三章 ガーレンの魔術師たち
第38話 青春の翳り1
ムイのことは気掛かりだったけれど、私にできることはなかった。
フルーツパーラーに行ったあの日に私たちの友情は終わったんだと思う。ムイは『曽祖父』を選び、私は『自分』を選んだ。
彼女は何をいうでもなく、高等部への進学が決まると程なくして離れて行った。廊下ですれ違っても顔も向けないし、話しかけても聞こえないふり。私もそれ以上は追わなかった。
どうにもならない空虚な気持ちを持て余す日々が過ぎていく。
それでも春は忙しい。寮母から早く引っ越しをするよううながされ、億劫に思いながらも荷物をまとめた。
悲しいほど物が少ない。無駄な不要品をとっておくほどの感性を持ち合わせていない私は、使わなくなるとすぐに人を介して手放すのが常だった。
中古品に抵抗のない社会だし、学用品は高いから欲しがる学生はたくさんいる。そういった品物は学生の間をぐるぐる回って、たまに思わぬ再会を果たすこともあるから面白い。
寮が立ち並ぶ賑やかな区域から少し離れた静かな場所に高等部生の寮はある。
背景の林と美しく整えられた芝生の間に建てられた建物は、遠目から見ても美しかった。古い木造建築ではあるけれど、くすんだ青い屋根と整然と並んだ黒い窓枠が端正な印象を与える。
引っ越しの荷物を抱えながらアプローチを抜け、寮の真ん前に設置された大きな丸い花壇をぐるりと避けて玄関に向かった。
この時期の寮の扉はどこも出入りがしやすいよう開けっぱなしになっている。薄暗い玄関ロビーの奥に扇状に広がる階段が見えた。ツルツルに磨かれた床には分厚い絨毯がひかれている。ちょっとしたお金持ちのお屋敷か、豪華なホテルのロビーのよう。
本当にここ、学生寮なの?
信じがたい光景だけど、ローブ姿の学生が階段を駆け降りて私の横を通り過ぎ、慣れた様子で外へと出ていった。私と同じように大荷物を持って階段を上がっていく子も見える。
恐る恐る中に入った。天井が高い。二階分の吹き抜けを見上げると、アンティークなガラスのシャンデリアがぶら下がっていた。その広い空間を囲むようにして階段の左右に廊下が伸び、一定間隔にドアが並んでいる。
階段の下には新しい寮母が名簿らしきものを持って待ち構えていて、私を見るなり愛想良くにっこりと笑いかけた。
近づいて名前を告げると、「ああ、待っていたわ。あなたが『ユリ』なのね!ご覧の通り目の回る忙しさよ。毎年のことですけど」とおどけて両手を広げて見せた。
冗談を交えつつこれから住むことになる部屋の番号や談話室などの共有部分の説明を受けた。注意事項はどの寮も変わらない。不要な魔術の使用は控えること、平日は街に出ないこと、就寝時間以降は大きな物音を立てないように、などなど。
思わぬ丁寧な対応に面食らう。毎日のように問題を起こす子供たちを効率よく捌くことに徹していた小、中等部の寮母とは明らかに違う。なんというか、余裕があるというか、いやに優しいというか。
突然の待遇に戸惑うばかり。これからは一人前の大人の魔術師として扱うってことなのかしら。
新しく与えられた部屋はやっぱり3階の最上階の端の方。これは決まりごとみたい。
3階は吹き抜けではなく、半分は多目的スペースと倉庫になっているようで、その分部屋数も少なかった。静かでいいけれど。
たぶん一番奥の角部屋がパルマの部屋だろうと思ってドアをノックしたけれど、あいにくと今は留守のようだった。
一つ手前に戻り、自分の部屋のドアを開けてあっけにとられた。
ただ広いのとは違う。段違いの豪華さ。
分厚いカーペットの上に置かれたベッドは大きく頑丈で、十分過ぎるほど充実している他の家具同様、明らかに上等な品物だった。
どれも代々の部屋の主が使ってきただろう年代物ではあるけれど、特に気になる傷もない。
部屋は新しくやってきた入居者を歓迎するように隅々まで光で満たされていた。二つ並んだ大きな木窓は全開になっていて、暖かな日差しがたっぷり入り込んでいる。気を聞かせた寮母か掃除婦が換気を兼ねて開けておいてくれたみたい。
一陣の冷たい春の風が吹き込んで、薄い生地のレースのカーテンをひらひらと揺らした。同時に外に出ていたナッツが飛び込んできて、耳元を掠める勢いで通り過ぎ、一回転してから新しい部屋を飛び回った。
いつもどんなに離れた所にいてもいつの間にか私の元に戻っているナッツ。これまで気にかけてこなかったけど、もしかしたら何も言わずに勝手に移動したことを怒っているのかも。
部屋の隅には、華やかな色彩で水のニンフの宴が描かれた衝立があった。着替え用かしらと衝立の向こうを覗き込むと、なんと錫製のバスタブが置かれていた。
思わず歓声を上げた。これは嬉しい!すごく!
これからは毎日好きなだけ湯に浸かれる。毎月争ってリストに名前を書く必要もないし、他人に気を配ることもない。時間を気にせず体がふやけるまでゆっくりできるのだ。
嬉しくてアンティークなバスタブをしげしげと眺めていて気がついた。どこにも蛇口や排水口がない。首を捻った。魔術を使ってなんとかしろってことかしら。まぁ私はできるけど、水属性と相性の悪い子は大変だろうな。
私は衝立を出てもう一度部屋を見まわした。そういえば暖炉もない。
これだけ豪華な部屋なのに暖炉がないなんて。これも魔術を使えってこと?
火ではなく高等魔術で部屋を温めるとなるとなかなか難しいように思う。長時間程よい温度を一定に保つとなれば複雑な魔術式を重ねがけする必要があるはずなんだけど、これから習うんだろうか。そうでなければまたホットストーンに頼る極寒生活が待っている。
パルマとファーシからは高等部生のこのビップ待遇な暮らしぶりについては何も聞いていなかった。しかし話してくれなかったのもわかる。あまりに差がありすぎるし、高等部へ上がれる生徒はほんの一握りだもの。
この学院では、まだ魔術師でない小等部の学生は狭苦しい部屋に押し込められ、中等部生になってようやく人並みのまともな部屋を与えられる。
そして高等部に上がることができたならば、晴れて誇りある『ガーレンの魔術師』の一員として迎え入れられ、一般人より豪華な部屋に住めるようになる。
それはそのまま人生の縮図でもあった。魔術都市ガーレンにおける特殊なヒエラルキーの頂点に立つのは、優れた魔術師以外にはない。
あんまり好きになれない考え方だけど、よくよく考えてみれば人間の築いてきたどんな社会もここと大して変わらないように思う。むしろ生まれた家でなく、個人の実力がものをいうだけガーレンはマシなのかもしれない。
なんとなく納得して、とりあえず持ってきた荷物を適当にチェストに詰め込んだ。
それからクローゼットを開いて新しい制服を引っ張り出す。
ローブは相変わらず真っ黒だけど、生地が厚くてしっかりしていて肌触りも滑らか。ちょっとひんやりしている。なんらかの加工が施されていそうだった。
次に栄えある高等部生の証、ショートケープを取り出した。
なんだか誇らしいようなむず痒いような気持ちでそれらに袖を通し、持ってきたいくつかの書類をまとめて部屋を出た。
これから受けることになるクラスの申請書を事務所に提出しに行かなきゃならない。
中等部と違って選んだ授業を誰もが受けられるわけじゃなく、受け入れる生徒は教師側が決めるというシビアなシステムらしいのだ。
しかも噂によると、めんどくさがりの教師のクラスは早い者勝ちになるから、申請は急いだほうがいいらしい。
高等部には必修がない。その代わり専門分野がかなり細かく分かれていて、数ある科目の中から将来の自分のために慎重にクラスを選ぶ必要があった。
中等部に上がった時のように友人に相談したかったけれど、彼女らはすでにそれぞれの分野に進んでいる。
ファーシとテンは私にはよくわからない小難しいクラスをたくさんとっているし、パルマは白魔術師になりたいみたいでアルケミストのクラスを重点的に選んでいた。
アルケミストとは魔術と科学が融合した特殊な技術を扱う研究者や技術者のこと。主に薬師や魔導具士の総称だった。彼女は医療方面に進んでいる。
難解な学問や細かな計算が大の苦手である私。当然3人とはまったく違う方向に進むことになる。
ハンターを目指していることは一応内緒にしてきたのだけど、もう薄々気付かれているようで、テンも「頭が悪いんだ。それしかないだろ」と鼻で笑ったし、パルマとファーシも「ヨアニス君でしょ?」と今更茶化す気にもなれないって態度で顔を見合わせていた。
噂好きなファーシによると、学生たちの間で私の将来に関する勝手な憶測が飛び交っているらしい。曰く、学院の内部組織として存在するハンター集団、『深淵の青雷』に入るのでは、という噂だった。
そんなダサい名前のグループに入りたいとは少しも思わない。
けれど、実はこの組織、学院ができる前から存在していた由緒あるハンタークランなんだそう。かの大賢者ガーレンが率いた魔術師パーティーが元になっている上に、街の下にある大迷宮を制覇した歴史上唯一のクランでもあるのだった。
それでも大賢者ガーレンがいた時代から500年は過ぎている。平和な今の時代では戦う魔術師は下に見られる傾向があって、学院でも戦闘術関係ばかり取る生徒(私のこと)は『暴力的な傾向のある一部の野蛮人』的な目で見られることも少なくない。
以前はいくつも支部があって、ダンジョンや大森林の調査団として活躍していた輝かしい時代もあったらしいけれど、過去の栄光はすっかり地に落ちて、今では研究棟の学者たちの使いっ走り程度の位置に落ち着いてしまっている。
もちろん私だってそんなのお断り。卒業後もこの学院に縛られるなんて絶対嫌だ。不思議に満ち溢れたこの世界を自分の足で自由に見てまわりたかった。
進路相談を受け持ってくれた先生は、私の選んだ教科を見て魔術兵になりたいのかと本気で心配した。
しかしここで「実は学院とはなんの繋がりもないフリーのハンターを目指している」なんて言えば全力で止められるのはわかりきっていた。なんらかの形で学院に残ることが至上とされる変な風潮のせいで、私のやり方はかなり異質に見えるだろうから。
結局「得意科目を伸ばしたいだけ」と曖昧に濁したものの、先生は納得しなかった。「もっと真面目に将来を考えろ」と怒られてしまった。
担当の事務員に書類を渡した時も何か言いたそうな顔をされた。戦闘術を習いたがる女子は少ない。
うんざりしながら事務所を出てパルマたちを探しに図書館に向かった。
寮にいないのなら図書館か食堂あたりだろうと思ったのと、高等部生から解放される階段上の未知のスペースに興味があったから。
古くいかめしい石造りの大図書館はたくさんの秘密が眠っている、とされる場所。
封印された地下空間の噂や、街の地下にあるはずの巨大ダンジョンに繋がる秘密の通路、一部のエリートで構成されるというカルト集団の噂に、ありふれた怪談話まで。学院最古の大図書館は怪しげな噂なら事欠かない人気のスポットなのだった。
いざ来てみればそんな噂が馬鹿馬鹿しくなるほど図書館の2階には人がたくさんいた。
一階との違いは、利用者がみんな大人だってこと。私もその一人だと思うと背筋が伸びる思いだった。
本棚で区切られた部屋を一つづつ覗いてまわり、皆んなを探して歩く。
埃とカビの乾いた古い本の匂い。見上げるほど高い本棚の間を縫うように彷徨い、気になる書籍があれば片っ端から開いてみた。
何語なのかわからない文字で書かれた本や、読めるけど意味不明の羅列が続く本、それに難解な学術書の中に混じって、時折興味深い内容のものもあった。
いかにも見て欲しくなさそうに頑丈な紐でぐるぐる巻きに結えられた巻物には、巨大なドラゴンに立ち向かうための攻撃魔術が絵を添えて細かく説明されていた。
「おっ」と思って夢中で読んだものの、そのうちに「ちょっと嘘くさいかも」と感じて紐を巻き直して元の棚に放り込んだ。
この著者が主張するには、対峙したドラゴンをやっつける際に生息地である山を丸ごと灰に変えたということになっている。絶対誇張してる。
それでも何冊かは信用できそうな魔術書を見つけ、手に取って読書スペースに入った。そこに皆んないた。
合否発表後の春休みの図書館で真面目に勉強する学生なんてほとんどいない。3人ともなんとなくだらけた姿勢で互いに話をするでもなく、机に置いた本を真剣に読むでもなく、ただ過ごしていた。
高等部の制服を着て現れた私にテンは頷き、パルマは笑顔で歓迎してくれた。だけどファーシだけは何も言わず複雑そうな目で私を見上げただけだった。まるで責めるような視線。
ファーシは私が試験に落ちるものと思っていたらしい。正しくは、そう願っていた。
彼女が受けた時は自分でも半分諦めたほどギリギリだったらしく、そして今年の進級試験には受からなかった。
いつも勉強を教える立場にいたファーシはどうしても私にだけは言えなかったみたい。パルマを通じて知ったのは『高等部合格のお祝い会』の後だった。
現在ファーシは辛い立場に置かれている。
だんだん勉強についていけなくなってきたものの、クラスを変えようにも魔術に頼るほどの才能がない。だからこれからも地道に勉強を続ける以外に方法はないのだ。
ただ、そこまで悲観することもない。高等部生用の奨学金制度が別にあるそうだし、一度ぐらい進級できなかったからって普通のこと。
そもそもガーレンの高等部なんて難関中の難関だもの。みんな死に物狂いで齧り付いて、それでも卒業できる生徒は一握り。何年も長い時間をかけて攻略していくしかないのだった。
私以外は。
その日以来、彼女を見かけなくなった。
授業がはじまっても寮でも食堂でも会わない。テン君が大体同じクラスを受講しているようだから聞いてみると、『十分に』元気にやっているという。たんに私に会いたくないだけらしい。ちょっと傷つく。
テン君から様子を聞いた数日後、廊下で私が今まで話したことのない女の子グループと一緒にいるファーシを見かけた。話しかけようと近づくと、彼女は歩みを止めず、すれ違いざまに体をぶつけてきた。微かな接触だったけれど、明らかな悪意を感じた。
間違いなくわざとだった。いったい、なんなの?
ファーシは呆然とする私を残して、こっちをチラチラ見ながらくすくす笑いをする他の女の子たちと共に歩き去っていった。
すべての授業が終わってから寮に戻り、パルマが帰ってくるのを待った。
私よりよほどファーシの側にいた彼女なら、こうなった原因や何かいいアドバイスをくれるんじゃないかと思ったから。
しかし結局食事の時間になっても戻らず、食堂に行ってみても姿はなかった。
テンならいるかもと思ったけど、彼は一人で食べることを好む人だからあえて探さず、私も倣うことにした。
高等部の豪華な食堂は日替わりではなくいくつかの候補から自由に選べた。中身も豪華で、なんとメニューにビーフステーキがある。
お肉自体はかなり小さくて、蒸したジャガイモが皿の大部分の面積を占領してはいるけれど、それでもステーキはステーキ。甘さ控えめの焼きプリンに似たデザートもついてくる。
ご馳走のお盆を受け取って席につき、黙々と金属製のフォークとナイフを動かした。
ほとんど味がしなかった。一人で食べるなんて珍しくもなんともないと自分を奮い立たせても、悲しさの方がずっと大きくて、せっかくのステーキがひどく酷く空しく見える。
高等部に上がってからというもの、何かが大きく変わってしまった。ほんの短期間の間に二人の親しい友人を失った。自分ではどうにもならない理由で。
あんなに純真で思いやりに溢れていた可愛いファーシが……。いつの間にか年頃の女性に成長し、自らの足で意地悪で浅はかな子たちの元へ行った。
がっかりする反面、心のどこかでは納得してもいた。
ファーシは出会った頃はただの幼い子供だった。それだけ。特別な人間などではなかった。成長してつまづき、誰かを憎まずにはいられないような、ただのつまらない『大人』になったのだ。
幸いファーシとは正反対のクラスを選んでいたから、その後は滅多に会うこともなくすんだ。パルマやテンともあんまり会えないけれど、それは仕方ない。
中等部から得意分野に絞って授業を選んできた私は、クラスではもう優等生と言っていい立場になっている。
そもそも苦手な授業は取ってないから授業に置いていかれる心配もないし、むしろ教師に褒められる方が多く、他の生徒の前で見本を見せるよう頼まれることさえある。
高等部から習う、より実践的な魔術は単なる『複合魔術』ではなく、結界を張って限られた範囲内に魔術を展開させる高度な技術で、精緻な魔力操作を求められる。
初めは魔力をレールのように伸ばして自在に動かすテクニックを習い、次に結界の張り方を覚えた。この『結界術』はこれから習うすべての高等魔術で使われるから、これをマスターしないと進級さえできない。
そのため最初の一年は基礎を学ぶクラスで予定表が埋まっている。
『結界術』に『思考技術』。歩き方も改めて覚え直す。へその下に力を入れて足裏をしっかり地面に着かせるガーレン式は、魔剣士でもあった大賢者ガーレンが伝えた技なのだそうで、咄嗟の動きがしやすいよう工夫されているのだとか。
高等部で行われる基礎訓練のどれもが複数の人間と戦う前提で行われた。いやが上にも緊張感が高まる。
どのクラスにも親しい友人はいないけれど、近くの男の子たちの会話に耳をすませると、どうやらどこかの国の貴族の息子たち(次男以下)のようで、卒業後は軍人になる予定らしい。まだ歳若い彼らが数年後には命を張って国を守るのだと思うと複雑な気持ちだった。
立ちはだかる敵なんてすべて高火力魔術で吹き飛ばしてしまいたい。人ならざる大きな力を得た魔術師なら誰もが一度はそう思う。
しかし現実にはそうもいかないのだった。
どの教師も、前途ある学生を安直な破壊欲求から守るために繰り返し忠告する。
脳の働きに全振りしている魔術師は体に余計な負担をかけるようなことをしない。だから剣を持って敵に突っ込んでいったりしないし、重い甲冑も着ない。
ならどうするかと言えば、接近戦を得意とする戦士に守ってもらうのだ。か弱い魔術師がルール無用の殺し合いに参加するには護衛がいる。
中には剣を持って自ら前に出る変態(かの大賢者ガーレンもこのタイプだったらしい)もいるけれど、魔術を発動させるには集中しなければならないし、無詠唱でもある程度の時間はかかってしまう。
命が惜しいまともな魔術師は優れた戦士と組んで隊列の後方に引っ込み、集中できる時間をたっぷり与えてもらってサポート役に回る。
なぜなら敵のグループの中に魔術師がいた場合、相手との魔術の潰し合いや複数のバリア(攻撃の種類によって有効なバリアが違う)の重ねがけに注力する必要があるから、結局は地味な立ち回りになってしまうのだった。
それに、ガーレンの図書館には高火力の魔術の記録もたくさんあるけれど、実は使いどころがほとんどない。
例えば、見渡すかぎり何もない荒野で、魔術師ではない敵がちょっと離れた場所にいる、そんな状況なら好きにしていいけれど、実際には、目に見えないだけで自分の他に仲間や無関係の人がいるかもしれず、破壊できない場所(街中や山中やあるいは崩落の危険のあるダンジョン)にいることがほとんどだから。
がっかりするけれど、これが現実。
ヨアニスに愚痴ったら、「勘弁してくれよ」と苦笑いされた。ハンターはなるべく傷つけることなく獲物を仕留める必要がある。丸焼きにしてしまっては売れないのだ。
そんな理由もあって、学院で習うことができる魔術のほとんどはサポート系なのだった。
しかし、いくらつまらなくても戦う魔術師には必須の技術。
サポート系でよく使うのは、人の体に隙間なく結界の薄い膜を張るという精密極まる方法なのだけど、これを失敗すると私の場合、犠牲となるのはヨアニスだから、数年先の本番まで必ずマスターしておかないと足手まといに逆戻りしてしまう。
もちろんそこは魔力操作に長けた私。2ヶ月を過ぎる頃にはなんとか形にすることができた。
自分にかける分には。
自身の性格が思わぬ障害となって立ち塞がった。
おかげで最も大事な『結界術』の授業で初の敗北を経験してしまった。他の生徒に追い抜かされ、意外な脆さに歯噛みすることとなったのだ。
魔力は実態のないただのエネルギーに過ぎない。それはわかってるんだけど、自在に扱えるとなると自分の体の一部のような気がしてしまって、人に触りたくも触られたくもない私には、術をかける相手の体に薄い膜をはる行為を酷く不快なものに感じてしまうのだった。
思えば百合子は小さな頃から母親にさえ触れられたくないという、酷く可愛げのない子供だった。
別に心に傷があるとかそういうのじゃない。元々他人を受け入れられない性格なのだ。潔癖症の気のある母親から変な遺伝子を受け継いだのかも。
とにかく、ただの魔力であっても人に触れるとゾワゾワするのだった。
実はこの生理的嫌悪、女性に多いらしい。『結界術』の教師はこの欠点を克服させるためにむさ苦しい系の男子生徒を私の前に立たせて、「これは血の通わない、ただの物だ」と繰り返し刷り込もうとした。
男子らも不快だろうけど、私だって嫌だ。
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