第35話 雛の羽ばたき3

小等部に比べると中等部の生活はまさに天国だ。

1年目には嫌いな魔術書の難解な解釈を聞く眠くなる授業も変わらずたくさんあったけれど、それも払拭出来るぐらい好調だった。


2年目に入ると初級の魔術、いわゆる『生活魔術』の授業があった。

待ちに待った魔術師の世界。7年かけて(私は8年だけど)じっくりこの時のために修行を重ねてきた私たちは、誰もが興奮しておしゃべりしまくりながら『初級魔術I』のクラスに急いでいた。


一緒に移動しているムイも『生活魔術』は使えないみたい。ほんのり顔を上気させて「私たち、ついに魔術師になるのね」と声を弾ませた。


瞑想の授業でも使われる、半屋外の、何本もの太い柱に屋根が乗っかっているだけの大きな東屋のような教室。この教室の中央には薪が積まれていて、今は轟々と火が燃え盛っている。

ガーレンの春は寒い。今日は朝から霧雨が降っているし、生徒たちはありがたがってできるだけ焚き火を囲むようにしてあぐらをかいて座った。


柔和な笑みを顔に張り付かせた先生と二人の助手の先生が3台のワゴンを引っ張ってきて、嫌な思い出のある水盤と砂が詰まった箱を生徒それぞれの前に置いて回った。


「さて、これより『初級魔術』の授業をはじめる。……まずは、『水』だな。一番安全だ」そう言うと気取った仕草で指を鳴らした。瞬間、全員の水盤に水が出現した。水はゆっくりと揺れているけどこぼれるほどじゃない。


魔術紋らしき構成がぜんぜん見えなかった。先生は生徒たちのざわめきを腕の一振りで黙らせ、「では見本を見せてもらおう」と言いながら私の方へ歩いてきて、目の前で立ち止まった。

「できるね?」


何を?見上げて目で問うと、先生は「こうだ」と指をくるくる回した。

指の先に視覚では感知できない透明な魔力の雲が湧き、素早く変形して単純な図形の形をとった。すると隣のムイの水盤の水がぐるぐると回りだして、小さな渦ができた。


私は言われた通りに同じ図形を描いたけれど、なんとなく圧がかかっているような気がして困惑した。それでも私の前に置かれた水盤の中の水は飛び散ったりせず、上品にゆっくりと渦を巻きはじめた。


教師は「ふむ」と頷くと「では次。『土』だ」と言って新たな魔術紋を編んだ。すぐに箱の中の砂が動いて、砂鉄のように集まり小山になった。

また教師に促され、ポカンと口を開けているムイの方を極力見ないようにして同じように魔術紋を作る。今回も押さえ込まれるような反発力を感じたけれど、無事小さな山ができた。


「大変よろしい!さて諸君、今見せた魔術紋をしっかり頭に刻み込みたまえ。些細だが、これでもガーレンの秘術の一つである」先生はくすりと笑って付け加えた。「一応言っておくが、無粋な『呪文』などを口にした者はすぐさま私の教室から出ていってもらうぞ」

だけど目だけは笑ってない。『ガーレンの魔術師』である先生たちはたびたびガーレン以外の魔術師を侮辱するような発言をする。


長く伸ばした首を引っ込めた生徒たちは、互いに目配せしあって何やら私に対する悪口を囁きながらそれぞれの水盤に向き合って下手くそな魔術紋を描きはじめた。

元々生活魔術が使える生徒も学院が強制する『無詠唱魔術』にはずいぶん手こずっているようだった。


教師は立ち去り際にそっと声を落として囁いた。

「気付いたかね?莫大なる君の魔力には感服するが、私のクラスで問題を起こしてほしくはない。そこで私の助手のパーソンくんに『バリア』を張ってもらうことにした。おかげで危機は去った。さぁ、安心して練習したまえ」と言い、一つウィンクを残して颯爽と去っていった。


まだ若いのに世の中を皮肉っているような擦れた表情をしたパーソン先生は、私の方を見てはいなかった。少し離れた柱にもたれかかって教室の様子を眺めるふりをしている。


なんとなく感じていたあの圧力の正体は私の魔力を抑える『バリア』という魔術であるらしい。

目を閉じて感覚を研ぎ澄ますと、確かに私の周りを包み込むようにして何かがある。魔力には違いないけど、それだけじゃない。魔術の形跡は確かにあるのに、他には何も知覚できなかった。故意に隠してるんだわ。


こんなことができるなんて信じられない。どうやってやるんだろう?いつ教えてもらえるの?こんな子供騙しのつまらない魔術なんかよりもっと複雑な魔術を教わりたいのに。

私はイライラする心を押さえ込んで平常心を装った。この学院では簡単に感情を爆発させるような人間は軽蔑の対象となる。


しかし、この授業で教わる水や砂を動かす単純な魔術は考えていたよりずっと難しかった。

どうしても周囲を巻き込みがちになる私の多すぎる魔力の放出をできるだけ絞って、かつ一箇所だけにとどめておかなくちゃならない。

大きな魔力を体内に保持するということは、そうでない魔術師よりもずっと高い技術を求められるのだとわかった。


このクラスでは私一人だけが微妙に違う練習をしている。私の中に潜む膨大な魔力が「外に出して」と暴れているみたい。その願望を叶えたらどうなるのか、時折見せるパーソン先生の鋭い視線が物語っていた。


授業を繰り返してほとんどの生徒がある程度水と砂を動かせるようになると、他の素材を使って練習するようになった。蝋燭の先で揺らめいている小さな火を操ったり、水盤に浮かぶ木の葉を風で動かしたり。

そのいかにも魔術学校らしい授業を経て、少しずつ生徒それぞれの才能も見えてくる。


中でも扱える『属性』についてはほとんどが運だった。

だんだん得意な『属性』と苦手な『属性』がわかるようになってくるのだけど、大抵の子はうまくいくのは一つか二つで、それが普通だった。

やがて先生は苦手な『属性』はほどほどにして、得意な『属性』に力を入れさせるようになった。


実は『属性』と言っても、苦手意識が邪魔をしているだけで、ヒューマンならば理論上はすべての魔術師が全属性持ちであるらしい。

うまく使えるかどうかは心の持ちようが大きく、例えば火に対して強い憧れをもてば得意となり、逆に恐怖心を覚えれば苦手となる。

クラスには水系が大の苦手という子がいるけれど、彼だって毎日たくさん水を呑むし、赤ん坊の頃は母親の体内で泳いでいたのだ。苦手なはずがないのだけど、過去に溺れたか何かしたのかもしれない。


私には全ての属性に適性がある事がわかっていた。問題は扱いきれないこと。

先生によれば「ただの魔力過多」だそうで、「制御できなければ中等部を卒業させるわけにはいかないぞ」と冗談めかして睨まれた。やっぱり目は笑ってない。


そんな私にも得意不得意はある。うまく扱えるのは『風』で、続いて『雷』。この二つはわざわざ面倒な魔術紋を作る必要さえ感じなかった。もちろん先生に逆らってわざわざ別のやり方を試したりはしないけど。


自分でも不思議なのだけど、ずっと昔から日常で魔術を使ってきたような感覚があるのだ。何も考えなくても自然とできてしまう。

どう考えても私の中に混じった『神人』の影響に違いなかった。暴走しがちな魔力を極力抑えつつ教師の出す課題を次々とこなしていく私はますます浮いた存在になっていった。今更ではあるけれど。


ただ、もうかつてのように嫉妬に満ちた視線を向けられることはなくなっていた。

この頃にはもう、どうあっても埋まらない種族差を表立って妬むものはおらず、遠巻きにしてほとんど諦めに近い感情で私を見ているらしかった。


そんな私にも苦手な属性がある。それは『土』。課題が複雑になってくると他の生徒と同じように苦戦するようになった。

正確に先生の魔術紋を再現しているはずなのに、なぜかうまく動いてくれない。気のせいに違いないけど、なんだか目の前の砂に嫌われてる気がするのだ。ざらざらする乾いた感触もきらい。


『初級魔術』の授業ではたいてい途方に暮れているムイは、私とは逆で『土』の属性だけは強いらしかった。おかげで私たちはお互いに得意分野を教え合うことができた。


なんでも考えすぎるムイは、時々自分には魔術師の才能がないのではないかと落ち込むことがあったけれど、困難な『無詠唱魔術』のせいで2年生のほとんどがムイとたいして変わらない実力だった。


それに『土魔術』の使い手は将来どこへ行っても重宝される。ようするに土木作業要員なのだけど、自在に土を操り岩を削り取れる魔術師は、一般の労働者の100人分の価値があるとされているのだ。


ところが『火』や『雷』となるとどうしても使い処がなくて、魔術兵になるのでもなければそれだけでは食べていけない。そうなると学院に残って研究者を目指したり、薬剤師や魔導具士になるとか、今後も何かしら専門の職業を突き詰める必要があった。


もうすぐ3年生になる。そろそろ自分の将来を考えなきゃいけない時期にきているわけだけど、ムイは将来を約束されたようなものだし、私も兵士じゃないけどハンターを目指しているから気楽でいられた。


それに、ムイが苦戦している『無詠唱魔術』は実はあんまり必要ない。

ガーレン以外の魔術学校では歌や詩を朗読することで想像力を膨らませ、魔術紋を作りやすくしているのだという。口に出して耳で聞き取るという過程を挟むことで難解な魔術も扱いやすくなるんだとか。

いわゆる『呪文』ってやつ。やり方は違えど結局は魔術紋を編むのは同じで、『無詠唱』とはただ素早く魔術を発動させることができるというだけのものなのだった。


まだ大陸中の野心家がその覇権を巡って争っていたような過酷な時代には重宝されても、今の平和な時代ではあんまり意味がない。魔術兵やハンターになる予定のないムイのような子は特に。そうなるとこれも『ラーン』と同じでただのステイタスにすぎないのだと思う。


2年生もあとわずかという時になって、『初級魔術』の先生は『闇の箱』と『光の箱』なるものを持ってきた。

『闇の箱』は木製でまったく中が見えないけれど、『光の箱』はガラスでできていた。

先生はこの二つの箱の中の『闇』と『光』を操作して箱を動かすよう指示を出した。


教えられた魔術紋はいつものそれより少だけ複雑だった。それでも『光の箱』は私を含め生徒の三分の一が初回から動かすことができた。だけど、『闇の箱』の方はわずかでも動かすことができた生徒は一人もいなかった。


先生は授業の最後に種族によって分かれるもっとも大きな括りの話をした。

それはすでに知識としては知っている内容ではあったけれど、実際に扱ってみると納得できる。


種族の属性には大きく分けて『光』と『闇』の二通りがあり、これは昼行性か夜行性かの違いが大きいらしい。

太陽の下で生活するヒューマンやエルフといった光の民は本能的に闇を恐れるため、『光』は得意でも『闇』が苦手になってしまう。逆に多くの獣人や魔族は生まれつき『闇』との親和性が強い。


ただし、光属性の種族の誰もが『闇』を扱えないわけじゃない。わずかながら扱える魔術師もいるらしいのだけど、あんまり開発されていない分野のために残された魔術書も少なく、マイノリティなだけあって多少の偏見もあるようだった。


珍しいところでは『聖属性』のタイプもあって、これは神々の血が入って生まれた種族、『神族』特有のものらしい。

『神』の定義はいまだに曖昧で文献によっても違うけれど、ここでは主に血肉を持つ生き神、天地創造の神話の時代から存在する生物、『神獣』または『神竜』、あるいは『古代神人』のことをいう。


(先生は私をチラリと見てから語った)中でも『神人』は強烈な『光の聖属性』を持って生まれてくる。一種の先祖返り。ヒューマンがとうに失ったはずの太古の力なのだけど、実は珍しくはあっても扱いはただの『光』と同じ。ヒューマンは割と誰でも光の初級魔術である光球を作り出すことができるから、その点はあんまり変わらないのだ。


先生は光属性が強いといっていたけれど、それでも3回目の授業で微かに『闇の箱』が動いた。見間違えただけかもしれない。だけどなんとなく手応えがある。大の苦手ではあるものの、絶対使えないというわけじゃないみたい。


私とムイは無事に3年生に進級した。

3年目からは選択授業がさらに増える。つまり、もう生徒たちは将来を見据えて慎重に取るクラスを選ばなければならないのだ。


私は進路相談を無視して片っ端から実技の多い授業を選んだ。残念ながらムイとは得意な方向が違うせいで、時々必修の時間に隣同士になるだけになってしまった。

それでもムイからは勉強を教われるし、私は彼女の苦手とする魔術紋をいつでも見せてあげられる。

授業で会うたびに控えめにはにかむ可愛らしいムイと受ける授業は、私の貴重な癒しの時間となった。


魔術の実技には自信があったはずの私だけれど、3年目に入って壁が立ち塞がった。それは『付与魔術』。しかも必修の授業で回避できない。

この授業では自分の体以外の物に魔力を定着させるという技を学ぶのだけど、これがとにかく難しい。


最初の課題は薄い銀箔の破片を魔力を使って小石に貼り付けるというものだった。

それは細かくて我慢が必要で、長時間一箇所に集中力を保つという吐き気が込み上げてくる苦行だった。

プルプル震えるばかりで一向に石にくっつこうとしない銀箔。誰もが苦労していると言いたいところだけど、私の横に座るムイは笑顔で課題をこなしていた。彼女とは完全に得意科目が逆なのだ。


ここで習った技は『魔導具製作』の『ラーン』づくりに活かせるので、だんだん技量を付けてきた生徒たちは何度も作り直す事になった。

新たに買ってきた宝石の原石をあらゆる方法でひたすら削り、磨き続ける。四年かけて作るとはこの事かと納得した。


『付与魔術』が使えないとどうにもならない『魔導具製作』の授業だけど、意外にもお気に入りの授業になった。

一応魔導具とされている『ラーン』は本当は相性のいい石ならなんでもいいらしく、特に『付与』する効果はなくても構わないそうで、一部のこだわりの強い生徒は熱中していたけど、一段落すると一旦『ラーン』を終わらせて別のもっと魔導具らしい製作に取り掛かかることになった。


工具を使ってただの銀の指輪に魔力を通す細かい溝を掘り、その狭い溝に魔力で練った特殊な魔術式を『付与』していくのだ。ものすごく神経を使うし、ちょっと素人には難しすぎる作業なのだけど、担当のカミーユ先生はものすごく細かい人で、どの生徒にも等しく容赦しなかった。


もちろん失敗作ばかりになったけれど、それでも頭を空っぽにして集中しているとあっという間に時間が過ぎて、いつの間にか夢中になっている自分がいた。

『好き』と『得意』は違うっていうやつ。心を無にして作業に没頭できるのって、すごく楽しい。


密かにハンターを目指している私は、将来を見据えて3年生から受けられる『魔物学』を取るべきかどうか悩んで、結局やめた。ムイも取らないというし。

面白がったファーシが友達から借りてきたという教本を見せてくれたのだけど、載っている詳細なイラストが気持ち悪過ぎて、女子に不人気という理由がわかった。

魔物には虫系がたくさんいる。さらに4年生からは解剖もあるらしい。それだけは絶対お断り。


友人たちはいつでも頼りなった。中には苦手な勉強もあるけれど、ムイは教えるのが得意だし、パルマやテンくんも聞けばなんでも答えてくれる。本当に友人に恵まれたと思う。


ある時ムイに招待されて一家の昼食にお邪魔する事になった。ヨアニスには内緒。絶対反対するから。


こんなふうに改まって友人の家族に紹介されるなんてちょっと緊張する。

正直面倒だと思う気持ちもあるけど、おそらくこちらの社会では親が子供の交友関係を知ることは重要で、礼儀でもあるんだろう。それだけムイから重要な友達と認識されてるってこと。


しかし行ってみるとなんだか暗い家だった。生活は長老の曽祖父に援助されているというだけあって都会の一般市民にしては庭付きのいい家に住んでいた。

出された食事も立派なもので、昼食なのに鶏のオーブン料理と塩味の効いたジャガイモのポタージュが出た。パンも白くて柔かい。通いの料理人を雇っているらしい。


ムイの家族、とりわけ父親は『神人』の友人を喜んでいた。聖教国の首都である聖都の創始者が古代神人なんだそうで、今でも信仰があるらしく、『神人』として生まれた者は光の神に祝福されているのだそうな。


多少宗教くさくはあっても、はじめはまともな人だと思っていた。しかし慣れてくると元聖都人であることを自慢しはじめて、だんだん傲慢な一面を見せるようになっていった。

それでもムイのためにできるだけ愛想良く振る舞った。


ただ、食事の間中ずっとこの街の不満を聞かされ続けたことだけは我慢ならなかった。

その文句はどんよりした天気や街の住人(正教会は魔術に否定的らしい)にはじまり、森からやってくる獣人への強烈な差別へと移っていった。

ムイが魔術学校に通っていることも快く思っていないみたい。ここへ来ることになる前は将来有望な知り合いの聖職者と結婚させるつもりで娘を育てていたとかなんとか……。


ムイは恥ずかしそうに俯いているし、父親と同様陰気な母親は些細な用事を作ってはしょっちゅう逃げるようにして台所に入っていって、ほとんど戻らなかった。


気まずい空気のまま食事が終わり、宿題があるからと言い訳して家から飛び出した。

ようやく解放された私たちは気分を変えようと賑やかな市場を通って帰ってきたのだけど、すっかり元気をなくしたムイに何度も謝られてしまった。


そりゃ色々あったのはわかるけど、娘の友達が遊びに来てこれじゃあね。ムイが可哀想。

ムイは私以外の人といる時ほとんど話をしない。友達は私だけ。彼女の内気すぎる性格は本来のものではなく、あの両親の影響な気がする。だから余計に辛い境遇にいるムイを守ってあげたかった。


しかし一度、かなり控えめな言い方ではあったけれど、テンとパルマにムイとはあんまり親しくしない方がいいと忠告されたことがあった。

それはヴァンパイア云々の話ではなく、学院長派と対立する派閥だからというくだらない理由で、長老ヘライケルへの差別的な噂も聞かされてうんざりした。


賢い二人だけど、今回ばかりは唯一味方してくれたファーシが正しい。友人がたくさんいる彼女が声高に主張するには、「派閥と友達は別問題」なんだそう。

もちろん私も気にしない。大体、卒業したら学院なんかにはもう用はないんだし、私には関係ない。


来年高等部に進学する予定のテンとパルマはなんだか急に大人になってしまったようだった。

パルマは元々大人だけどそういう意味ではなく、なんとなく私とファーシとは住んでる世界が違うような、もっと高い場所から見下ろしているようなそんな風だった。


長い間閉鎖的な環境で独特の教育を受けてきたせいか、入学当初とは人格が変わってしまった子たちがいる。これが『ガーレンの魔術師』ってやつなのかも。でも、私は彼らとは違う。

たぶんヨアニスの存在が大きいんだと思う。彼は会うたびに私に夢を見せてくれる。

時々熱に浮かされたように「一緒に世界中を冒険して周ろう」と話していた。そんな子供っぽい夢も彼がいてくれるなら不可能じゃないって気がしてくる。


いつの間にか少しづつ変わっていく友人との関係に心を乱されたのかもしれない。

3年生に上がってから取った『戦闘術』の授業でちょっとしたハプニングが起きた。


このクラスでは『初級魔術II』の授業で習ったばかりの魔術紋を使って、より攻撃的な魔術に発展させていく。今では魔術紋はより複雑になっていて、小等部の頃に散々覚えさせられた、(何に使うか不明だった)魔術式を魔術紋の図形に組み込むようになっていた。


授業は野外の専用グラウンドで行われる。ここには未熟な学生がやらかしそうなあれこれを抑えるための仕組みがたくさん設置されているらしい。


今日は先週覚えた、何もない空間から水を発生させる魔術を利用して、先生が作り出した土の傀儡に当てるという課題があった。

発生させた水の塊を軽々と放り、ボールのように当ててみせる先生。その見本を頼りに練習し、授業の終わりの方でなんとか手から離すことには成功したけれど、結局傀儡には当たらなかった。


ところが最後のミニテストで事件が起きた。

気合を入れ過ぎたせいか、私の放った水塊は掠りもしなかったにもかかわらず、かなり離れた位置にあった傀儡が派手に吹っ飛んだのだ。同時に額のラーンも砕けちった。

魔力操作は完璧だったはず。たんに距離が足らなくてさらにノーコンだっただけで。じゃあどうして?


生徒たちが恐怖の叫びを上げる中、先生はしばらくの間ひしゃげた傀儡と私を交互に見て驚愕していたけど、不意に自分を取り戻すと猛烈に怒り出した。

「調子に乗るな!魔術を侮るからこうなる!」と散々怒られたし、額から出血していたせいで医務室に行く羽目になった。


しかも運が悪いことに、医務室にいたのは過剰なほど熱心な先生だった。

ほんのちょっぴり切れただけなのに、薬剤を浸した医療用のしみるコットンで額を拭いながら、「魔力の暴発は侮れないのよ」と大袈裟な身振り手振りで説明し、念のため検査をすると言い出して嫌がる私をベットに寝かしつけた。


今更子供じゃあるまいし、「ほんの少し魔力操作を誤っただけで別に暴発なんかじゃない」と抗議したけれど、先生は冷ややかに私を見下ろして首を横に振るのだった。

「あなた中等部の学生さんでしょ?生徒の魔力暴発なんて珍しいことではないのよ。恥ずかしがることでもありません」

「でもっ、ほんとになんでもなくて……」

「だまんなさい。その証拠に興奮状態でしょう。大人しくしないと教師長を呼びますよ。さぁ、鎮静剤を飲んでちょうだい」


ここにくるとなぜかいつも鎮静剤を飲まされる。甘ったるい液体を乗せたスプーンを口の中に突っ込まれ、ベッドの周りにカーテンを引かれると妙に安心できる空間が出来上がり、薬の効果もあってだんだん眠くなってきた。


何か冷たいものが額を撫でた。

ハッとして飛び上がってカーテンを開ける。誰もいない。ヒーラーの先生が開けっぱなしの扉の奥で薬剤を調合するゴリゴリコツコツという微かな音がするだけ。

夢?その割には嫌な感触がまだ額に残っている。言葉にできない怖気が背筋を這い上がってきて身震いした。


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