第3話 霧の世界3

最初のページには、現在のステータスなのであろう、【基礎値】なるものが表示されていた。

中身は【生命】【魔力】【精神力】【俊敏力】【器用度】などなど。

隣には数字があって、ここを変更出来そうだ。


うん?ちょっと待って。【魔力】ですって!?

これって、『魔法』が使える世界なのでは?

嘘でしょ、すごい!だんぜんわくわくしてきた。ならぜったい『魔法』を使えるようになりたい。


主人公が選択できるようなゲームではいつも『魔術師』や『魔法使い』を選んできた。

なかなか不利な職業であることが多いけど、群がる敵を一網打尽に吹っ飛ばす快感は何物にも代え難い喜び。それが現実でもできると思うとクラクラした。


が、ボードによると私の初期の【魔力】はなんとたった【3】だった。

目をしばたたかせる。なんで?才能なしって事?そんな。早速がっかりだわ。しかし、よく見れば他の値も軒並み低い。高くても6とか7がせいぜいだった。


目を皿にしてヒントを探すと、下に添えられた注釈に『一般の20代男性の平均の生命点を10点とする』と書いてあった。

なるほどね。この低さにも納得だった。そりゃあ、運痴だし記憶力も悪いもの。しかし何を基準に集計した数字なのかと首を捻る。かなり失礼な点数をつけられてるわ。


さて、【基礎値】に怒るのはこの辺にして、改めてポイントを確かめる。824点。これって高いのか低いのかわからないけど、【基礎値】に比べればだいぶ高いような気もする。

それに【基礎値】に割り振れるポイントには制限があった。各15点まで。ならそんなに悲観することもないのかも。


アナウンスは【経験値】とか言ってたっけ。人生で経験してきた仕事や趣味の種類はかなりのものだと思うけど、飽きっぽい性格が災いしてどれも深く関わった事はなかった。しかも42年しか生きてないし。それに、最近は主婦として家の中ばかりで過ごしていた。またもや胸に不安が込み上げてくる。


気を取り直して他のページも見てみる。【技能】や【職業】や【種族】のタブを開いて思わず眉を寄せた。いくらなんでも選択の数が多すぎる。しかも軒並み100点以上だった。

その中でも特質すべきは【技能】のページだった。そのリストには膨大な種類が載っていて、ざっと読むだけでも相当時間がかかりそう。


好きなだけ取るなんてことはとてもじゃないけどできそうもない。軽く途方に暮れてため息がもれた。これは相当厳選しないといけないみたい。


失望しながらも指でたどってページを捲り、ついに知りたかった項目を発見した。

もちろん【魔術】のページ。飛びついたけれど、すぐに落胆することになった。


小さな火を出現させるだけで200点。つまりただのライターってことよね。それを飛ばす【ファイアアロー】になると300点もついていた。

なんてシビアなの。でもいいな。かっこいい。炎の矢かぁ。私はほぅとため息をついた。絶対買えないハイブランドのウィンドウショッピングでもしてるみたいな気分。


一度冷静になろうと、とりあえず【魔術】を選ぶのをやめて、かわりに【職業】のタブを開いた。

意外にもそこには地球と変わらない職業ばかり載っていた。【料理人】だとか【大工】だとか、【山菜採り】なんてのもある。

つまり、それなりの文明が発達しているってことよね。少し安心した。野蛮人とは暮らせないもの。


【職業】には注釈がついていて、『ステータスが上がりやすくなる』とあった。

これはつまり、ステータス補正がかかるだけで何かの職業を選んでも急に知識や技術が身につくわけではないという事、かな。

言い換えれば『才能』なのね。なりたい職業の『才能』をくれるというのだから悪くはない。

たとえ魔力3の私でも、魔法使い系の職業を選べば頑張り次第で魔法が得意になれると言う事だもの。


期待を込めて【魔術師】の項目を確認する。

『魔力を扱う専門家の総称』の一文を見つけた。そうそう。これよ、これ。

下には少なくない数の専門職がずらりと並んでいる。【アルケミスト】【魔導具士】【付与魔術士】【薬士】【鑑定士】……….。


あれ?ちょっと待ってよ。何だか戦闘には不向きな雰囲気じゃない?もしかしなくても【魔術師】って、補助系か、あるいは研究職なのでは?

私は目をぱちくりさせた。攻撃、できるのよね?……うーん。


いや、考えを変えてみれば、文明があるのだからわざわざ戦う必要はないんだわ。ゲームじゃないんだから。

無駄に命をかけずに人の街で静かに暮らしていけば良いのだと改めて思い直す。

余所者として見知らぬ土地に放り込まれても、手に職があれば何とか生きて行けそうだし。そうよ、ただ生きることを考えるなら、むしろ賢い選択と言える。


気を楽にして他の職業もざっと確認してみる。中にはよくわからない職業もたくさんあった。

【狂戦士】って何よ。使いどころ難しすぎでしょ。挙句に【スリ】【詐欺師】【海賊】【盗賊】【暗殺者】なんてのもある。

誰が選ぶのよ、こんなの。初っ端から犯罪に走る奴なんているの?


危険な犯罪者一覧は飛ばして他を探す。【船乗り】なんてロマンがあるわ。大型船に乗って世界中を旅してみたい。

【テイマー】にはちょっと惹かれたけど、注釈には『別途、闇の種族であること、魅了技能を習得していること』とあった。

うん。想像ほど楽しい職業ではないのかも知れない。結局は動物やモンスターを精神的に支配して使役するってことなんだろうし。


そんなふうに見ていくと、種族によって取れる技能や職業に違いがあるらしい事がわかってきた。そうなると先に【種族】から選ぶべきよね。魔術に適性のある【種族】を探さなくては。


さっそく【種族】のタブを開く。大きく【光の種族】と【闇の種族】とで分かれているようだった。

【光の種族】筆頭は【ヒューマン】で、0点。つまり地球人と同じ人間って事ね。それにしても【鹿族】とか【リス族】ってなに?動物なの?意味不明よ。せめて人型でありたい。

……あ、【エルフ】があった!よかった。


【闇の種族】のページを開いて目を丸くした。ものすごい量だった。

【ドワーフ】や【ガーデンノーム】といった平和そうな種族もあるけど、中には【バンパイア】や【巨人】なんてのもあった。強そうではあるけど、絶対やめておいた方がいいやつよね。


種類は数多くあるものの、肝心な説明がほとんど載っていない。

例えば【ワーウルフ】。多分『狼人間』のことなんだろうけど、『半人半狼で交戦的な種族』としか記載がない。変身で狼っぽくなるのか、元々頭が狼なのかによってだいぶ違うと思う。


結局、落としどころとしては【エルフ】になりそう。ただしポイントは600点。【ハイエルフ】に至っては3000点だった。そんな点数持ってる人いるの?

説明文には『精霊との親和性がある』とだけ書いてあった。いやいや、明らかに説明足りてないでしょ。多分【魔力】は高いのよね?出来れば寿命が長くて美しい種族であってほしい。


ふと思う。そう、これってまさにファンタジーだわ。物語やゲームの世界観そのもの。

こんなパラレルワールドが宇宙のどこかにあるってことなの?それとも逆で、地球の人々を招くための予備知識としてこの世界にいる種族を流行らせた、とか?


もちろんそんなこと考えてもわからないし、答えてくれる人もいない。それよりゲームのように危険な生物が跋扈するような世界が実際にあるのなら、おとなしく【ヒューマン】のままにして、生き残る為の技術にポイントを割り振るべきかも。うーん、悩ましい。


【剣術】や【弓術】なんかの戦闘技術にサバイバル技術、火や水が出せる魔法だって欲しい。しかしそうなるとどう考えてもポイントが足りないのよね。


私のポイントは824点だし、無理に【エルフ】を選んだとすると残りは224点になってしまう。あとは低めの技能を一つ取ったら終わる点数だった。そうなると職業も選べない。

うーむ。やはりこうなると【エルフ】は諦めるしかないかな。


悩みに悩んで混乱して、ため息混じりに頭をあげた。

他の人はどうするんだろう?グループ離脱の判断はちょっと早かったかも知れない。

私はこっそり人のシルエットがある方に近づいていった。


やはりというか、口々に不満の声が上がっていた。

15歳ぐらいのセーラー服の女の子は300点もないらしく悲鳴をあげていたし、サラリーマン風の恰幅の良い男性は500点ほど。スポーツマンっぽい年齢不詳の男性は600点あるみたい。

低いと思っていたけれど、私のポイントは割と高めな方なのか。広く浅くの経験が功を奏したのかもしれない。


そっと離れて、自分の足が透けて見える透明なタブレットを改めて見直した。

とりあえず【エルフ】は諦めるとしても、他に面白そうな人種はないだろうか。せっかく他の種族になれるチャンスなんだもの。

だけど【ヒューマン】以外の種族は軒並みポイントが高い。ため息混じりにページをめくっていたら、ある種族に気が付いて指を止めた。


【古代人】824点。なぜかここだけ太字になってる。


え?何これ。まさか原始人じゃないよね?

しかも842点って、私の全ポイントだ。これ偶然?他は割とキリのいい数字なのに、これだけ妙に端数が細かいんですけど。


説明文には『魔力操作が得意』とあった。私の希望にも当てはまってるけど、なんだか変。さらには赤字で『状態異常耐性/大』との記載まであった。なんでここにだけ赤字が使われてるの?

…….へんよ。絶対へん。まるでこれを選べと言われているかのよう。

怪しすぎる。誘導されてる気がする。


だけど、違和感を除けば決して悪くはないような。特にこの『状態異常耐性』って実はすごい能力なのでは?

種族についてくる特性ならばポイントもいらない。状態異常がどこからどこまでを指すのかわからないけれど、未知の大地には未知の病気や毒があるのだろうし、医療がどこまで発達しているかもわからないんだから、ただの風邪やちょっとした怪我だって死に直結する可能性がある。


だけど、他にも有効なスキルはたくさんあるし、戦う術だってやっぱり欲しいし、職業を選択すれば補正値の上乗せがある。

最初にどんな場所に放り出されるのかわからないんだもの。こういうのは最初が肝心だわ。冷静にならなければ。命にかかわる。


何度も往復して膨大な量の資料を読み続け、決めきれずに迷いに迷って、いったんタブレットから目を離した。目がチカチカする…ような気がする。


そこでハッとした。あれ?人が少ない。っていうか、周りに人がいなくなってる。いつの間に。

私、もしかして長く悩みすぎ?まずい。夢中になりすぎて時間が溶けちゃったんだわ。あるかどうかもわからないタイムリミットがカチカチ音を立てて私をせかす。


私は今一度タブレットに視線を戻した。そこには【古代人】と書かれた怪しい太字があった。

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