第2話 霧の世界2

よくわからない。

私たち、死んだんだよね。なのに、別の世界で生きるって言った?

え、転生するってこと?もう?しかも今、チラリと物騒な事言わなかった?


嫌な予感が当たりつつある。

声は戸惑う私たちを無視して容赦なく続けた。


『警告いたします。これから生活して頂く世界は、皆さんが今まで住んでいた世界よりもずっと濃いエネルギーに満ち、多種多様な進化を遂げた生物が数多く存在する、生存競争において苛烈と言える世界です。こうした事情を踏まえ、これから構築することになる肉体を皆さん自身の選択によって強化して頂きます。現在お持ちの経験値をもとに新たな肉体に振り分けて頂く必要があるのです』


混乱した。なんですって?苛烈な世界?肉体を構築?

もう何が何だか。訳がわからない。

この場にいる誰もが同じ感想を持ったと思う。不安そうに眉を寄せて互いの顔を見合わせていた。


『また、すでにグループをお作りになっているご様子ですので、異論がなければ同じ地点に肉体を構築させていただきます』


私はそっと後ずさると、するりと輪から抜け出して、静かに彼らから距離を置いた。

それはほとんど本能の行動だった。


なんだか知らないけど、これから危険な地に放り出されて、知らない人達とチームを組んだ上で何かをさせられようとしている。

私の経験上、本当に危険な環境に置かれた時、人は協力し合うより悪化させる方に力を尽くすものだ。特に男性は危機を感じると本能が疼いてしまうのか、やたらと暴力思考になる傾向がある。

とくに話しかけて来た若い男は体格に比例して傲慢そうだし、そんな彼に媚を売るように若い女が見上げている。良くない組み合わせだ。


その間もまるで感情というものを感じさせないアナウンスは淡々と続けていた。

『……お好きなように生きて頂いて結構です。皆さんはこの世界において自由です。また、年齢は死亡時のまま変わりませんのでその点はご注意下さい。それでは、皆様の実りある人生をお祈りしております』

それっきり声は沈黙した。


なるほど。赤ん坊として生を受けるわけではないんだ。だとしたら最大のネックは年齢となる。

若いならまだいいけど、42歳にはキツすぎるわ。この歳で別の世界で暮らせと言われてもね……。私は霧に覆われた白い天井を見上げた。


次に首を下げると、目の前に透明なボードが浮いていた。ギョッとして飛び退く。


私にピッタリと寄り添って胸の辺りの空中を静止しているそのボードは、A4ノートぐらいのサイズで、日本語が使われていた。ずらずらと並ぶ文章と数字。上部にはタブがいくつかあり、ページを変更して閲覧できるようだった。


恐る恐る触れてみる。しかしなんの感触も伝わってこない。どうやら実態はなくて、ホログラムに近いものであるらしい。それでも触れた場所に反応して素早く画面が切り変わった。

かなり発達してはいるけど、スマホやタブレットによく似ている。地球の文明を考慮した仕様なんだろうか。


右上には太字の数字が表示されていて、真っ赤に光っていた。824点とある。この目立ち具合からして相当に重要な数字だということがわかる。

それに、さっきのアナウンスの話。体を作ってもらうとかなんとか言ってたよね。この年まで趣味の一つとしてそれなりの数のゲームを嗜んできた私にはすぐにピンと来るものがあった。


これ、ゲームのキャラメイクと同じなんだわ。

ボードに書かれた文章にざっと目を通すと、確かにそんなような事が書かれていた。

まず初期値があって、そこに好みの箇所にポイントを割り振っていく事で個性を出せるシステムに違いない。

たぶんだけど、経験値と言っていたから若ければポイントは低く、歳を重ねていればその分高くなる傾向にあるんだと思う。……それなら平等といえない事もないか。


周りの声が一斉に大きくなった。霧の空間中がざわついてワンワン反響している。不安と期待がないまぜになった感情の渦。


首を伸ばしてそっと様子を伺うと、今まで私が所属していたグループの1人の、ゲーマーを自称するごく若い少年が興奮して歓声を上げた。事態に追いつけていない他の人にも嬉々として説明してあげている。


私がいなくなったことは誰も気付いていないようだった。先ほど会ったばかりだし、今はそれどころじゃないよね。

念のためもう少し離れて確実に見付からない所まで下がった。深い霧が私を隠してくれる。


昔から団体行動は苦手だった。恐らくこれから話し合いが行われ、ゲーマーの少年と体格のいい青年の主導によってそれぞれ役割を持たされ、半ば強制でポイントを割り振るはめになるんだろう。大抵のゲームでは、チームで動く場合、極振りでキャラメイクをするのが鉄板だもの。


危険な世界に送られるという以上は仕方のないことなんだろう。人間関係を円滑に回す為にはある程度自分を殺さないといけない。それはわかるけど、私は絶対にお断りだった。


少しの間待っていたけれど、アナウンスがこれ以上の説明をしてくれることはなかった。

せめてこんなことをする理由を聞きたかったのに。声の主が何者なのかわからないけど、どうもあんまり親切は期待できそうにない。


ここは全くの未知の空間で、おそらく『あの世』と呼ばれるところなんだろう。

私は集められた大勢の魂の一つにすぎず、完全に制御され、支配を受けていた。逃げる事は不可能。なら従うしかないのかしら。それもまた癪に触るんだけどな。

とは言え、このまま何もせずにいたら低い初期値のまま放り出されかねない。なんとなくそう思わせる響きがあの『声』にはあった。


話によれば行き先は相当危険な場所のようだし、このキャラメイクの時間にタイムリミットがあるかどうかさえわからない。とにかくさっさと進めた方が利口だろうと判断して、改めて目の前に浮かぶ透明なタブレットに向き直った。

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