第11話 呪いの集落1

いつにも増して暑い日だった。ギラギラと燃え盛る太陽の真下、巨大な岩山を背景にしてその集落はあった。


ダーナス以外で初めて見る人の住む地。好奇心が刺激された。ちょっとだけ村の様子をみてみたくなった私はヨアニスに寄り道を提案してみたけれど、彼はめんどくさそうに身じろぎした。


あからさまに嫌そうなヨアニスによれば、この付近の村落の暮らしぶりは決して豊かとはいえないという。それでも私は食い下がった。こんな場所だからこその生活の知恵とか伝わる伝承だとか、なんか色々あるはず。しかし負けじとヨアニスも反対する。


「あの村に行ったことはないけどさ、この辺の村なんてどこも同じだよ。どうせ嫌な気分になるだけさ。山ほどの痩せた老人が地面に座り込んでんだ。俺たちは水を確保する必要はないんだし、立ち寄る価値はないね」

「そんなの行ってみないと分からないじゃない。ちょっと寄るだけだから。ね?」

実は押しに弱いところのあるヨアニスを強引に説得した。「俺は忠告したからな」なんて不貞腐れながらも馬車を向かわせてくれるんだから彼も人がいい。


村はいわゆる限界集落らしい。外から見ても10軒ぐらいしか家がないし、小さな畑がちょっとだけあるみたいだけど、あんなんで暮らしていけるんだろうか。もしかしたら農作物以外で外貨を得ているのかもしれないけど。


村に近づくと印象はさらにひどくなった。かなりガタが来ている柵の向こうでは老人がぽつりぽつりと見えるだけで、若い人が一人も見当たらない。建物も貧相で、かつてないほど見窄らしい小屋がまばらにあるだけだった。


ヨアニスが「だから言っただろ」って顔で私を見下ろした。だってここまで貧しいとは思わなかったんだもん。とはいえ押し切った手前、「やっぱりやめよう」とは言いづらく、ちょっと後悔しながら柵の一本に馬の綱を結んで村へと入った。

一応、入り口には小さな見張り台があるけど誰もいないし、村の出入りはフリーみたい。


荒野によく生えているブッシュの細い枯れ木を結んで作った粗末な小屋が彼らの『家』のようだった。

住民は老人ばかりで、極度に痩せているし、ヨアニスの言う通り小屋の軒下の影になっているところにただ座り込んでじっとしている。でも目つきだけは鋭くて爛々と輝いていた。話しかけるでもなくこちらをじっと凝視してくる様子はなんだか異様だった。


それでも外部との流通はあるらしい。スタスタ歩くヨアニスの後を小走りでついていくと、村の唯一であろう商店が現れた。

店といっても、枝を簡単にまとめたものをひさしにしているだけのお店。屋台というのも憚られるような粗末な代物だった。店内(?)のテーブルには丸められた毛皮が一束だけだけど置いてあるから、一応商いはしているみたい。


ヨアニスが「おい!誰かいるか!」と背後の小屋に向かって乱暴に声をかけると、のそりと痩せ細ったおじいさんが現れた。この老人にはまだかろうじて話が通じそうな雰囲気がある。

「毛皮を売りたい」とそっけなく言うヨアニス。店主は凍ったままの毛皮を見てギョッとしたけれど、すぐに値段交渉に移ってくれた。


なるほどと思う。正直なところ、こんな村で毛皮を売ったって大した金額にならないんじゃないかと思ったのだけど、実はさりげなく私をサポートしてくれたんだわ。

こういう小さな集落では少しでも村に貢献しないと反感を買って余計なトラブルを招く可能性がある。毛皮なら需要もあるし、何もせず見学だけするなんて感じ悪いものね。


ヨアニスが店主と話している間暇なので、ちょっと離れて村を見てまわることにした。

これだけ小さな村だと数分で見尽くしてしまうだろうけど、それでも何か面白いものがないか注意深く観察して歩く。


地面に座り込んでいる老人たちは皆一様にぼんやりと虚空を眺めていた。顔に蝿がたかっていても気にならないみたい。元気がないと言うより、もう死にかけているのでは?

それに服装も異様だった。ほとんどの人が裸足で、ところどころ破れて悲惨な状態のボロボロのワンピースみたいな服を着ている。身なりを気にする気力がある人は一人も残っていないみたい。村全体が姥捨山みたいになってる。


一軒の小屋を通り過ぎた時、ふいに声をかけられた。

「あれれ。あんた、こんな村に何しに来たんだね。水が欲しいのかね?」

掠れてはいるけれど人間らしい生き生きとした感情を感じて声の方向を見やると、頭に頭巾を被ったおばあさんが立っていた。他の人よりはまともそうな様子にほっと胸を撫で下ろす。


私は目をぱちぱちさせた。確かに水以外に立ち寄る意味はなさそうな村よね。なるほど、主にこの村にくる旅人は水が目当てなのか。

私は出来る限りの愛想を振りまいて答えた。

「いいえ。水は魔術で出せるからいらないの。毛皮を売ろうと思って寄ったのよ」

するとおばあさんは限界まで目を剥いて、オーバーリアクション気味にのけぞった。「あんた魔術師様かい!こりゃ天のおめぐみだ!」


なんか変な人だな。魔術を使えるのはヨアニスなんだけど、説明も面倒だから黙っていた。軽く会釈して立ち去ろうとしたのに、おばあさんは驚くほど俊敏な動きで回り込むと両手でがしりと私の腕を掴んだ。すごい力。


驚いて飛び上がった私の肩を誰かが掴んで引き寄せた。「おいばあさん、その手を離せ」

ヨアニスだった。見上げると、彼はまたも「だから言ったんだ」という顔でしかめ面をしていた。


おばあさんはすぐに手を離してくれたけど、「ありがたい、ありがたい」と呟いて涙を浮かべている。面倒ごとの予感……。

私たちはさっさと遠ざかろうと踵を返したけれど、時すでに遅かった。いつの間にかわらわらと集まってきた10人余りの老人に囲まれていた。誰もがすがるような目で私を見つめている。

怖いんですけど!!


ヨアニスは「おい、なんなんだよ」と戸惑った声を上げた。おばあさんは宥めるように片手をあげ、「話があるんじゃあ。とりあえずうちまで来てくれんか」と懇願してきた。

本当は絶対嫌だと言いたかったけど、こんなに大勢の痩せ細った老人たちを押し退けるのも悪くて、「話だけなら」と仕方なく彼女の家に向かうことにした。後ろからヨアニスの不満気な唸り声が聞こえた。


おばあさんはこの村の村長だった。だけど案内された家も周りと対して変わらないあばら屋で、室内も土間というか、床がなくて地面が剥き出しのままのワイルドすぎる造りなのだった。


おばあさんに促されるまま、地面に直接ゴザを引いただけの場所に座る。変な虫がいそう。私はお尻をもじもじさせた。出されたお茶の底に泥が沈んでいるのを見つけてゾッとする。

とてつもない後悔が押し寄せてきたけれど、壁際でもたれかかっているヨアニスはものすごい冷たい目をしていた。これは助けてくれる雰囲気じゃない。


村長だと名乗った老婆はしつこく茶を勧めてきたけれど、こいつを飲むわけにはいかない。いや、こういう薬草茶なのかもしれないけど、試す勇気はなかった。

私はお茶のことは見なかったことにしてさっさと用件を訊き出すことにした。


「で、おばあさん、私に何か話があるって?」

「突然すまないね。実は困っておって。この村で出来る限りのお礼はしますんで、どうか話だけでも聞いてもらえねえか」

村長は丸くなった背を限界まで曲げて土下座をするようにうずくまった。そんなふうに懇願されても迷惑だわ。

「あの、話だけならいいけど、聞いたらすぐに帰らせてもらいますよ?」

老婆は顔を上げるなりおもむろに言った。「あんた魔術師なんだろ?」

なんか目がギラついてるんですけど……。怖い。

「い、いえ、違うわ。氷の魔術を使うのはそこの彼で、私じゃない」

「嘘つかんでいい。わしにはわかるんじゃあ。あんたは魔術師様じゃあ」


「魔術師じゃない」と何度否定しても聞き入れてもらえなかった。老人特有の頑固さとは別の何かねっとりした嫌な感じがして背筋に冷や汗が流れる。

だいたい、話だけでもと言いながら解決してもらう気満々だし。それにこの村でお礼と言ったってたかが知れてるじゃないの。今にも死にそうな老人たちから何をもらえと言うのよ。


それでもここまできたら老婆の話を聞くしかない。老人だし長くかかりそうだけど、ちゃんと聞いた後で改めて断れば納得してくれるかもしれない。

しかし、村長の語る村の物語はあまりにも不快な内容だった。


村の土地は昔から貧相で、一応畑はあるものの何を植えてもたいして育たなかった。それでも水源はあるから、力を合わせて細々と魔物狩りをすることで生計を立てていたらしい。

しかし村人全員を生かすには足りず、村人は『シャーマン』に助言を求めた。

元々はなくし物のありかを占ったり、薬草や呪術的儀式によって怪我や病気を治療したりといった程度の役割だった『シャーマン』は、そうして今まで以上の尊敬を集めることになった。


当時の『シャーマン』とやらが何者だったのかはわからない。しかし話を聞くにちょっと怪しい感じがする。はっきり言ってまともじゃない。

もちろんシャーマニズムを全否定するつもりはない。現に長い間その『呪術』のおかげで村は豊かとは言えないものの存続してきたわけだし。しかしそのやり方がすごいのだった。


まず、付近に生息する魔物を捕まえては出来るだけ悲惨な殺し方をする。そして儀式によって畑の奥深くに死骸を埋める。そうして溜まった負のエネルギーを使って作物が育つほど豊かな畑を作り出すのだと言う。


ドン引き。そんな村だから、近年は若者が皆町へ出て行ってしまい、人手がなくなって畑も縮小せざる得なくなった。

しかしここで問題が起きる。長きに渡って繰り返され肥大化した怨念は小さな畑では受け止め切れず、行き場をなくした負のエネルギーが地上に溢れ出てしまった。


気付いた時には手遅れになっていた。代々『呪術』を受け継いできた村長の家系だけど、その呪力や術は時が経つにつれて衰えてしまっていて、事態はもはやコントロールしきれないところまできてしまっていたのだ。

村を豊かにするはずだった呪いが、今度は自分たちに降りかかった。


最初は家畜だった。鶏や犬が奇妙な行動をとるようになり、やがて一匹残らず苦しみもがいて死んでいった。

手をこまねいているうちにすぐに村人にも目に見える変化が訪れる。皮膚に黒いあざができて吐き気や頭痛に悩まされるようなったのだ。その『病』は精神まで侵した。穏やかだった男が突然暴れて暴力をふるうようになり、焼身自殺をするものまで現れた。

今では村人の多くがこの謎の『病気』を発症している。


考えていた以上に重苦しい話に耳を塞ぎたくなった。

こんなの悪行を重ねた村の自業自得だし、専門家の呪術師がお手上げなら私に出来る事はない。

呆れて「他を当たって」と言い捨てて立ち上がった私に、しかし村長は問題の畑だけでも一度見てほしいと必死に食い下がってきた。

なんとか振り払って逃げようとしたけれど、助けを求めて壁際で待機しているはずのヨアニスの方を振り返ると、こんな時に限って彼はいなかった。きっと村長の話が長くて退屈してこっそり逃げ出したんだわ。護衛失格よ、もう!


足に縋り付いてきそうな勢いの鬱陶しい村長を蹴り飛ばしてやりたいけど、彼女は呪術師だと言うし、あんまり恨みを買うのはよろしくないと思い直して、すごく仕方なくその畑を見に行くことにした。


外に出ると老人たちがゾンビ映画みたいに家を取り囲んでいた。「ひっ!」引き攣ったような悲鳴が口から漏れた。

心の中で「ヨアニス早く戻ってきてよー!」と叫びながら老人たちを引き連れて岩壁の側にある畑に向かう。


畑は一見してなんの問題もなさそうだった。

畝があって、そこに植えられている何かの葉っぱが枯れかけているけど、それ以外に異常は見当たらない。普通の畑。クワなんかの農具を持った人たちが何事かと集まってきた。


本当に呪いなんてあるのかな?神がいて魔術があるんなら呪いもありそうだけど。

それに話を聞く限り、村の異常が呪いのせいだと断定するにはまだ早い気がする。

暴力も自殺も痴呆が原因かもしれないし、病気だって栄養不足のせいで免疫が落ちて今までかからなかった病気にもかかるようになったってだけじゃない?


罪悪感から呪いだと思ってしまったのではないだろうか。老婆にその事を指摘したけれど、呪いに間違いないと断言されてしまった。

何か確信がありそうだけど、彼女は頑なにそれを話さない。私は横目で睨んだ。隠すなんて怪しいわ。


「もし本当に呪いが原因なら、教会に連絡して祓魔師を呼ぶしかありません。私にはどうにもできないわ」

「それはそうだがね、教会に『呪術』の事が知れたらどんな罰を受けるか。わしらごと浄化されるかもしれん」

「え!」

「制裁じゃ。この村を出ようにも、今さら年寄りを受け入れてくれる所なんてない。わしらはもう死ぬしかないのだ」

「そんな……」こと言われても。


『浄化』ってなによ。もしかしてそれって『殺す』ってこと?教会ってそんなに怖いことするの?ヘンレンスさんもビターナ司祭も穏やかなで優しい人柄だったけど。


「おい!」乱暴な声がした。振り向くと、いつの間にか戻って来ていたヨアニスが腕組みをしてふんぞり返っていた。すがるように私を見つめる老人たちをゆっくりと見渡すと、尊大に言い捨てる。

「あんた達の問題に巻き込まないで欲しいな。子供に頼るような事か?大体そいつに解決できるような問題ならあんたで解決してるだろ」最後に鋭く付け加えた。「何が目的だ」







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