第20話 吸血鬼の憂鬱2
結局待つしかないみたい。さっそく暇を持て余した私たちは街の散策に出て時間を潰すことにした。
通りに出てすぐ、ヨアニスがポツリと言った。「不穏な空気だな」
「え、そう?」
真珠などの交易品があるせいか街は結構賑わっている。旅人の出入りも多いし、他の貧しい村や街よりずっと風通しがよく、裸足で道端で座り込んでいるような人もいない。ずっと健全な雰囲気だった。
何より魚を焼く香ばしい匂いがする。ふんふんとどこからか漂ってくる匂いを嗅ぎながら、感じるといえばちょと小腹が空いてきたぐらいだわなんて思う。
どうもヨアニスには神経質なところがある。後ろ向きな性格というか。それともまだ神経が昂っているんだろうか。あんな事があったばかりだし当然だけど。
果実水を飲みながらたいていの大きな街の広場には必ずある噴水を見物する。
どこも同じようなデザインなんだけど、これは街の権威を示すために造る物らしく、古ければ街の歴史を、豪華ならば街の財力を誇示しているのだ。
それと同時に人々の憩いの場でもあり、待ち合わせ場所でもある。
市場もあるから自然と人が集まってきて、それを目当てに大道芸の人や吟遊詩人もたくさんいて技を競っている。とても賑やかなのだった。
この街の広場はすごく良い匂いがする。正体は市場から漂ってくる魚や貝を焼く香ばしい匂い。
誘われるように屋台に吸い寄せられ、念願の魚の串焼きを手に入れた。その場で焼いてもらった熱々の魚を頬張る。すごく美味しいのに、ヨアニスは食べている間もずっと鋭い視線を街中に走らせていた。
警戒しすぎ。ちょっと呆れてしまう。聖騎士たちは迷惑ではあるけれど、街の治安に一役買っているのは間違いない。今現在この街は周辺のどこよりも安全な場所のはず。
魚を食べ終わって満足し、真珠のお店を冷やかしたりしながら新しい街を歩いた。
いつもなら楽しい時間なのに、ヨアニスは私の話の半分も聞いていないし、ちょっとどうかしちゃったんじゃないかと思うほど神経を尖らせていた。
翌日は何もせずに部屋でゴロゴロしていた。旅の疲れが溜まっていたし、そういう日も必要だもの。ヨアニスはそんな私を残して「部屋から出るなよ」と言い含めてからふらりと出ていった。
次の日もその次の日も。何をしているのかと聞いても、情報を集めていたと言うだけで口を閉ざしてしまう。
なんとなく目つきが暗い気がして心配になる。彼にだって知られたくない事の一つぐらいあるんだろうけど、今までは私を残して長時間いなくなるなんてことは一度もなかった。やっぱり何かおかしい。
ただ時間だけが過ぎていったある日、以前やってきた聖騎士の人がハンター協会の人を連れて訪ねてきた。
協会の人は大柄な聖騎士の半分もない痩せた初老の職員だった。
前のめりの熱心な説明によると、新しく発見された巨大血煌貝が貝に分類されるか魔物に分類されるかで功績も査定額も大きく変わるんだそうな。
ちなみに、化け物貝を倒したのは私なので、貝は私の物ということになったみたい。一応ハンター証も持ってるし。
現在も近隣に住んでいる学者を呼び寄せて調べさせてはいるけれど、マーマンたちが中身の大部分を食べてしまったせいで調査も難航しているみたい。
残りの身や貝殻は学術的な価値があるためぜひ買いとらせて欲しいと言われた。もちろん構わない。あんなどでかい貝殻を返されても困るもの。
嬉しいことに、あの怪物からかなりの量の真珠が採れたという。ただこの真珠も魔石の可能性があるんだそうで、私の表情を見て言いにくそうにしながら、出来れば真珠も買い取りたいと言われてしまった。
真珠は貝殻よりずっと価値がある。研究材料としても。職員はかなりの金額を用意しているというけれど、何もかも換金してしまうのはやっぱり寂しい。
結局気をきかせたヨアニスが間に入ってくれて、一番大きい真珠は売らずに手元に残すということで話が進んだ。
約束のひと月まであと数日という日の午後、窓の木枠に腕を預けて外を眺めていたヨアニスが深刻な顔をして「聖騎士の連中がまだいるな」と言った。
宿から提供される食事もすべて教会持ちと聞いて毎日のように高級な茶葉を片っ端から頼んでいた私は、美しい花柄の陶器の茶器を傾けながらこたえた。
「そりゃあ、花はもうほとんど枯れちゃったみたいだけど、今年の被害も大きかったし、あの人たちも色々仕事があるんじゃないの。ねぇ、お茶飲まない?」ポットからは良い香りの湯気が漂っている。これって紅茶よね。だけどヨアニスはそっけなかった。
「いらない。あいつらは湖の事件だけで来ているわけじゃないんだよ」
「ふぅん。なんで?」
ヨアニスはますます暗い顔をして言う。「『血の教えの会』だ。まだ生き残りがいるらしい」
「……あらまぁ!」
この世界には神様が実在する。とされている。だから邪神とはいえ信仰を抑える事はなかなか難しいみたい。
光の神々はこのサノリテ大陸、闇の神々は魔大陸をナワバリにしているらしく、正教会はなんとか闇の勢力を抑えたがってはいるけれど、闇の神自体を否定しているわけじゃない。
死者の埋葬には死や眠り神が活躍するし、人気の高い海の神は大昔には闇の神の代表格だったこともあるそうな。
だから光とか闇とか言っても直接善悪に結びついているわけではないし、どちらの大陸にも信者がいて、地域や個人の職業によって信仰先が変わる、ということらしい。
『血の教えの会』もどの神を信仰していたかではなく、彼らの起こす血生臭い事件が問題となっているのだ。
聖騎士のジェンツがまた訪ねてきた。
今までも散々事情聴取をされたし、来るたびに話は長いしうるさいしで正直歓迎はできない。
ただ殺された被害者やその家族を思えば協力しないわけにはいかない。渋々部屋に通した。
この人は笑っている顔が想像できないぐらいいつも深刻な顔をしている。話す時はたいてい顔を顰めているし、最初はヨアニスを嫌っているんじゃないかと思っていたけど、どうも考えごとをしている時の癖らしかった。
「もう一度確認したい事がある。君の話では血煌貝の幻術を破り、さらに魔力の暴発で貝を倒した事になっているのだが、間違いはないか」
「何度聞くのよ!事実ですから。っていうか、隠し事がある前提で話すのやめてもらえません?」
ジェンツの眉間の皺がますます深くなった。
「だが現実に、魔術師でもない君にハーフバンパイアでさえとらわれた強力な幻術を解く事が出来たなど到底考えられないのだ。君はヒューマンに見えるが、ありえないことに、聖なる光輝を放っている……『神人』の可能性がある。いや、間違いなくそうだろう」
「だから何?」
自分でも態度が悪いと思うけど、初日の不当な拘束を思えば口調も荒くなる。彼を見るヨアニスの目つきも恐ろしく冷ややかで、部屋には不穏な空気が流れていた。しかし聖騎士ジェンツの方はまるで気にする様子がない。どうせ何も出来ないだろうとたかを括っているのか、それとも単に鈍感なのか。なんとなく後者な気もする。
「正式な書類を書き残すにあたって君の意向を確かめたい。今日はそのために来たのだ」
「おっしゃる意味がわからないんですけど」
彼は身を乗り出した。真剣な顔付き。「今正式に『神人』であると認められてしまえば、君の将来がある程度決まる恐れがある。私の知る限りここ100年以上『神人』は出ていない。ガーレンに向かっているようだが、魔術師になりたいのではないか?」心なしか声を潜めている。声量はたいして変わらないけど。
曖昧に濁してはいるけれど、ガーレンに着く前に正教会の総本山である聖教国に知られてしまうとまずいことになると忠告しているのだ。きっと有無を言わさず攫われて、権力者の道具にされてしまうんだ。
私は目をぱちくりさせた。思いがけない突然の親切。不意を突かれて言葉に詰まった。この人、私のこと心配してるの?これまでずっと愛想がいいとはとてもいえない態度をとってきた私を。
「え、ええ、そうなの。魔術師になろうと思って」戸惑いながら答えると、彼は重々しく頷いた。「では書類には『強い魔力を持った子供の魔力暴発』とだけ記しておこう。それでも別の調査員が派遣されるかもしれん。隊員の口止めはできんからな。今年の事件ももうすぐ方が付くはずだから、終わったらすぐに街を出るといい」
彼はそれだけ確かめると席を立って礼儀正しく一礼してから部屋を出ていった。やけに姿勢の良いその広い背中を眺めながら思った。人は見かけによらないわね。
正直この提案はすごくありがたい。私を逃したって彼にとっては少しも得にならないというのに、私の意思を尊重してくれた。嫌な印象ばかりの聖騎士だけど、中には良い人もいるみたい。
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