第6話 はじまりの地3

この白い荒野に送られたあの日から、かれこれ半年が経過していた。


滞在地は変わらず、砂漠の中にポツンと佇む古びた教会で、住人は神に仕える寡黙な老人と私の二人だけ。


私を助けて今も助け続けてくれる優しい老人の名はヘンレンスさんという。それが苗字なのか名前なのかいまいちわからない。私の語学力の問題もあるけれど、そもそも苗字自体持っていない可能性がある。


私はヘンレンスさんにはただ『ユリ』とだけ名乗った。前世での私の名前は百合子だけど、百合子は既に死んでいるんだもの。新しい世界ではじまる新しい人生だし、心機一転、名前も変えた。


そしてこの半年の間にたくさんのことを学んだ。

ヘンレンスさんが砂の上に描いてくれた地図によると、世界には3つの大陸があって、ここは真ん中に位置するニムオン大陸という無人の大陸なのだそう。

なぜ無人かといえば、はるか昔にこの大陸に存在した古代の超文明が何やらやらかしたせいらしい。

ヘンレンスさんの詩的な表現によると、「太陽の神に愛されすぎた」からなんだそうな。


彼らは神の如きテクノロジーを持ち、誰もが美しく健康で、永遠に老いを知らないスーパーな人たちだったらしい。現在存在する多くの種族は彼らの文明が生み出したというのだから、どうやら地球の技術さえ軽く超えるほどの途轍もなく発達した文明を持っていたようだ。


そんな彼らは今では『古代神人』と呼ばれていて、ヘンレンスさんの所属する正教会という宗教団体は彼らを神の一員として崇めている。ヘンレンスさんがたった一人でこの教会に住んでいるのも聖地であるこのニムオン大陸を守る役目のためなんだそうな。


私の選んだ『古代人』はどうも彼らと関係があるらしい。

ヘンレンスさんは私を『神人』と呼んだ。今でも『ヒューマン』の古い家系の中にはごく稀に古代人の血が強く出る者が生まれることがあって、歴史上『神人』と認定された者たちは、皆一様に伝説の通りの特徴、高い魔力と長い寿命を持っていたと記録されている。

もちろん『古代神人』そのものではないけれど、その出現には何か重要なメッセージが含まれているのだと信じられていた。


見た目は『ヒューマン』と変わらない私だけど、見る人が見ればすぐに違和感に気付くとヘンレンスさんはいう。特に寿命に関しては隠しようがないと。

早めに何かの団体か力のある人間の庇護下に入るといいとアドバイスをもらったけれど、言外に『結婚』を示唆されていることに気付いて慌てて話を逸らした。

今後の人生プランについてはじっくり考えたい。


彼はまた、私のように外の世界からきた『来訪者』についても知っていた。

誰もが知る情報ではないけれど、知識人の中では割と常識の範疇らしく、どちらかと言えば『来訪者』はあちこちで迷惑な振る舞いをする厄介者として認識されているんだとか。

あんまり大っぴらに口に出さないほうがよさそう。まったく、何をしたんだか。


この『ニムオン大陸』には人はいないけれど、両側に存在する二つの大きな大陸には人がたくさん住んでいる。

月に一度海岸に物資を積んだ船がやってきて、食べ物や生活必需品を乗せた荷車を教会まで運んでくれるのだ。その船員のおじさんたちによると、ヘンレンスさんはとっても偉い人らしい。


私たち人間が教会の外を歩けるのは昼間だけ。砂漠には『魔物』と呼ばれる特殊な生物がいる。

『魔物』は体内に流れる『魔力』を重要な栄養源の一つにしているらしく、主に魔物同士で生態系のバランスをとっている。

魔物が動物を狙うことはあまりないそうだけど、人間は魔力が高いために彼らの捕食対象になってしまう。

『魔物』の動きが活発になる夜はもちろん、本当は昼間でも危険なんだけど、物資を届けに来てくれる船乗りの人たちは正教会に雇われた信心深い信者であるらしく、自分たちの役割に誇りを持っていた。


当然だけど、戦う手段を持たない私には外出禁止令が出ている。

なんでも、この教会だけは『聖なる力』に守られているから安全なのだそうな。しかし一歩でも敷地の外に出れば常に死が付き纏う過酷な環境の只中にいるのは間違いなく、初日であっさり死にかけた私は外の危険性を十分に理解していた。

ヘンレンスさんや船乗りのおじさんらによると、ここには本当に砂しかないというし、あえて冒険をしようとは思わない。


そんなわけで、砂漠の教会で暮らして半年も経つというのに、宗教関係の人にしか会ったことがない。彼らは本気で神を信じている。ちょっと怖いんだけど、話してみれば善良な普通の人たちなのだ。


でもここは異世界。神さまだって本当にいるかも、と思うことがある。

実は、私が助かったのもヘンレンスさんが神からの『お告げ』を受けたおかげらしいのだ。

船が来る日でもないのに、なんとなく海岸に行かなきゃいけない気がして荷車を引いて行ってみたら、血まみれの私が倒れていたのだと言う。

しかも、ニムオン大陸を預かる大司教であるとっても偉いヘンレンスさんは、高度な『癒しの魔法』を使うことができる。つまり、私を助けたのは『神』、ということになる。


無神教の私からするとなんとなくむず痒いような気分になってしまうんだけど、『お告げ』自体はそれほど珍しいことではないとヘンレンスさんは言う。

神々と繋がる聖職者には信奉する神の意思をなんとなく感じとれる器官が備わっているらしい。


受け取り方は人それぞれで、ヘンレンスさんはあんまり感覚の鋭い方ではないらしく、受け取った『お告げ』も曖昧で、海岸に倒れているズタ袋姿の私を見て、命からがら隣の『魔大陸』から逃げてきた奴隷ではないかと思ったそうだ。


なんとこの『魔大陸』と呼ばれる不吉な大陸、多種多様な種族が混沌と混ざりあう、野蛮な暴力が支配するものすごく危険な無法地帯なのだそう。

ヘンレンスさんの故郷である『サノリテ大陸』でも、南側の海岸付近では『魔大陸』からやってきた奴隷狩りが子供を連れ去るという恐ろしい事件が多発しているらしい。


幸いヘンレンスさんが所属している教会は奴隷制を認めておらず、そうした不幸な子供を救う活動を積極的に行なっていると教えてくれた。


私をこの教会に住まわせてくれるのもそんな保護活動の一環。

とは言え、この世界の『ヒューマン』の成人は15才。自分ではよくわからないのだけど、どうやらそのあたりの年齢に見えるらしい。なのでそんなに子供でない私は、とりあえず人の街に行く前にせめて言葉だけでも話せるようにと語学を習いながらヘンレンスさんのご好意でお世話になっているのだった。


それでもただ養ってもらうのは悪いので一応仕事をもらっている。

仕事といっても、普段暮らしている小さな教会の掃除っていうだけなんだけど。ただ、どうやらヘンレンスさんは重い肺の病気を患っているようで、普通に動くのも辛いらしく、私がいることでとても助かると言ってくれている。


今日も朝からどんどん急上昇する気温を肌で感じつつ日課のお掃除をする。

昼間は暑過ぎて外に出れないという事情があるので、掃除は朝と決まっている。

教会内に入り込んだ細かい砂を丁寧に掃き出した後は拭き掃除。私は雑巾を片手に外に出て、敷地内の石でできた用水路のふちに腰掛けた。


日常で使う飲み水を含むすべての生活用水はこの教会をぐるりと囲むように設置されている用水路を使っているのだけど、このラインが安全地帯の目安にもなっている。


不思議だけど、この用水路には常に綺麗な水が流れている。特に掃除をしなくても水垢がつくこともなければ砂漠から吹き付ける細かな砂がたまって流れが滞るなんていうこともない。

なんでもこの水は、例の古代の超文明の名残なんだそうだ。ようするに、古代遺跡。


絶えず地下から噴き出る清らかな水を見ていると、地下に何が眠っているのか気になるのだけど、ヘンレンスさんは『神の奇跡』とひとくくりに考えているらしく、古代のロマンについてはさほど興味がないみたい。


この水、持っているだけで魔物が嫌がって近付かないらしい。

物資補給係のおじさんの船が来る日は朝からこの水を壺に汲んで海岸まで迎えに行く。ただ、時間の経過とともに効果も薄くなるらしく、やはり教会の外に出るのは命懸けなのだった。

それでも古代の技術でどこからか流れてくる謎の水だけがこの砂漠の唯一の命綱なのだ。


魔物を遠ざけてくれるというこの『聖なる水』を使って教会内部を磨きあげるのが教会に住む者の主な仕事になっている。

ちなみに、教会が主に崇めている光の主神は相当な綺麗好きらしく、整理整頓はもちろん、信者自身の身だしなみにもこだわっているようで、いつも優しいヘンレンスさんもこの点だけは厳しい。

こんなに貧乏…慎ましい生活をしているのに、体を綺麗に保つためのアイテム(石鹸とか爪の間を掃除するブラシとか)だけは倉庫に山ほどの予備が用意されているのだ。


今私が着ている服もヘンレンスさんが用意してくれたもの。

やたら重ね着するもんだからものすごく暑いんだけど、ヘンレンスさんは絶対に着崩すことをゆるしてくれない。


『サノリテ大陸』では一般的な女性の服装らしいんだけど、はっきり言って砂漠の気候とまったく合ってない。

下着はチュニックとペチコートとズロース。腿までくる長さの靴下を紐で縛り、ワンピースをかぶってステイズ(外側につけるコルセット的なやつ)を縛り上る。

地球の感覚ではこれでもう十分すぎるほどなんだけど、なぜかその上からペチコートとスカートを一枚づつ履く。さらに髪はまとめ上げて一つにしなければならず、頭から肩にかけて帽子やスカーフで丹念に覆うのだ。

しかもこれで最低ライン。季節や階級に合わせてこの上にスカートを何枚も追加したり、エプロンや長手袋やガウンを着用するというから眩暈がする。


とにかく生地が厚いし、いちいち丈が長いのだ。女性が足を出すなんて言語道断であるらしく、くるぶしさえ見せてはいけないというから時代錯誤、いや文化が未熟な証拠だと思う。きっとゾッとするほど男性優位の社会なんだわ。今から気が重くなる。


私は木製のたらいで水を汲むと、最近では唯一の、そして最も親しい親友となった使い古しの雑巾を水に浸した。

地下から湧き出る水はものすごく冷たい。ぎゅっと絞って、まずはこの用水路の乾いている石の部分を拭き上げるところからスタートする。


掃除が終わった後のスケジュールは決まっている。

一杯のお茶と遅めの朝食を取る。あんまり食生活は良くない。ヘンレンスさんが修道士のような生活をしているせいかもしれないけど、遅い朝の時間に硬いパンを少しかじるだけで、昼はなく、夜は根菜を煮込んだスープだけ。しかも9割はドロリとした芋で、そこにわずかな塩を加えただけって簡素なしろもの。

もちろん文句は言えない。養ってもらってる身だもの。


朝食の後は語学のレッスンにうつる。教わるのは『サノリテ大陸』で主に使われている言語、サノリテ語。

その後は自由時間という名のお昼寝タイム。ヘンレンスさんはかなりのご高齢で体力がないし、昼間は暑すぎるし、何より特にこれといってやることがないからだ。

夕方が近づくと暗くなる前に食事の支度をする。そして食べたら食器を片付けて、また寝るだけ。


夜は怖い。砂漠の夜は魔物の世界と化す。日中は強い日差しを避けて砂の中に隠れ潜んでいる魔物たちが活動をはじめるからだ。

与えられた小さな部屋の暗闇の、砂漠特有の凍えるような寒さの中一人でいると、だんだん感覚が狂ってきて、すぐそこに魔物がいるかのように叫び声やカチカチという不気味な音が聞こえてくる。

怖すぎて頭がおかしくなりそうだけど、そんな時は毛布を頭まで被って無理やり寝る。


そして日が昇ると、砂漠は嘘のように静まりかえる。

そんな毎日をもうずっと続けている。


砂だらけの用水路の縁を苦労して拭き終わり、ちょうど良い高さの石のブロックを選んで座った。口を覆う砂よけのマフラーを首元に押しやって、ほっと一息つく。しばしの休憩タイム。

まだこの時間は涼しい方。ギラつく太陽が本領を発揮するまではもう少し時間がある。


チョロチョロと涼やかな音を立てて流れる澄んだ水を覗き込んだ。(自分で言うのもなんだけど)可愛らしい14歳ぐらいの女の子が映った。

いまだに自分とは思えない。子ども体型を危惧していたけれど、本当に子どもだったとは思わなかった。『古代人』の血が強く現れると成長が大幅に遅れるらしい。


住んでいる環境が特殊すぎてこの世界の文明がどの程度進んでいるのかはいまだに不明なんだけど、バスルームにある小さな鏡は恐ろしく曇っていて、私はいまだに自分の顔をまともに見たことがない。

それでも体の特徴が変化したことはわかる。髪は綺麗なダークブロンド(これは嬉しい)で、目の色も暗い茶色ではあるけど、なんとなく緑っぽいような感じもする。どうやらこちらの世界に合わせてつくり直されたみたい。多少以前の面影が残っているもののほとんど別人の見た目になっていた。


もちろん若返って嬉しくないわけではないけれど、それより42年経ってもまだ子供という事実が恐ろしい。

この教会を『卒業』したら、一人で生きていかなきゃいけない。仕事に直結する技術もなければ伝手もない、こんな若すぎる私が。とても生き抜ける気がしなかった。今後の事を考えると怖くなって眠れなくなる夜もある。

あの霧の世界で聞いた声の冷たさがその答えのような気がする。だからわざわざグループを組ませたんだわ。協力して生きていけるように。


まったく、私ってばよくよく馬鹿だと思う。

有無を言わさず授けられた新たな人生に感謝するには少々スタートが悪すぎた。だけど、今更どうにもならないじゃない?私は大きなため息をついて立ち上がった。次は教会を磨かないと。


すべての掃除が終了するタイミングを見計らって、ヘンレンスさんが礼拝堂兼居間のテーブルにいつもの食事を用意してくれていた。

食事中に話をするのは禁止。ヘンレンスさんの祈りの言葉をなんとなく一緒に呟いた後は黙々と乾燥しきったパンを咀嚼してお茶で流し込み、そのまま流れ作業のように無言で食器を片付ける。

別にヘンレンスさんの機嫌が悪いというわけじゃなく、単に話すことがないのだ。お互いお喋りはあんまり得意じゃないってだけ。


そうして流れるようにお勉強タイムに入る。

お茶を入れ直したヘンレンスさんは私を向かい合った椅子に座らせると、一口カップに口をつけて唇を湿らせ、なんとなく苦しげな呼吸を繰り返しながらも背筋をしゃんと伸ばしていつもの物語を朗々と語り出す。


「世界を創ったのは原初の神だ。名もなき原初の神は完璧な存在である自らの体をあえて引き裂き、光と闇を創った。光と闇は神となり、たくさんの神々を創った。神々は大地や海を創り、大地と海から精霊と最初の人と動植物が生まれた」


ちなみに、この世界に便利な紙とかペンはない。いや、あるんだけど、紙とインクは高級品なので一般人には普及してない。こうしたお勉強も先生が喋るのを生徒がひたすら聴いて暗記するというスタイルが主流になっている。


一度だけヘンレンスさんが持っている羽ペンを使わせてもらったことがあるんだけど、本当に先端を切り取っただけの鳥の羽だった。衝撃。

なので書くほうは外に出て砂をなぞることで覚えた。その文字はかなりアルファベットに似ていて、『この世界は地球のパラレルワールド説』が私の中で濃厚になった。


聖職者であるヘンレンスさんの知識は宗教関連に偏っている。なので、サノリテ語のお勉強も聖書の朗読がほとんどなのだった。しかも丸暗記しているみたいで本も読まずに話すからすごい。おかげで神代の時代の出来事にはやけに詳しくなった。


すでに何十回も聞かされている天地創造のお話が終わると、次は生徒側の質問タイムに入る。とはいえこの物語をこれ以上深掘りしたいとは思わない。

私は聖書から話をずらそうと躍起になって、光の司祭が使えるという『魔法』について質問してみた。

「ヘンレンスさん、神様が『魔法』で世界をつくったのはわかったけど、どうして人間も『魔法』を使えるの?」


この質問も初めてというわけじゃない。とはいえ語学学習が目的なんだし、話せればなんだっていいのだ。ヘンレンスさんはいつも通り目尻に優しさを滲ませながら、穏やかな口調で答えてくれた。


「『魔法』を使えるのは何も神々だけではないよ。神の血が入った一部の神族の使う『魔術』は『魔法』の一種だという説があるぐらいだからね。しかし、ヒューマンに限っていえば、長い修行を重ね神に認められた司祭以上の聖職者だけに力が授けられる。神に祈りを捧げ、天におられる神々に願い乞うのだ。御力を一時的にお借りするのだよ」

「つまり、人間の体が媒体になると?その人の能力でなく?」

「能力も関係する。そして信仰の深さも。神が授けてくださる『神聖魔法』は、特別な力なのだ。魔力や精霊を操る術は他にもあるが、神の力はそれらとは比較にならない。理を超越した神の御力とは、まさしく奇跡なのだよ。興味があるかね?」

「あります。でも神に仕えたくはないわ」


不遜とも言える言い方だけど、ヘンレンスさんはこのぐらいで怒ったりしない。むしろ声を立てて笑った。咳混じりの苦しげな笑い声を聞くと胸が痛む。

「なら諦めることだ。お前には『魔術』を扱う天性の素質がある。『神人』だからね。神からの贈り物だ。そちらを伸ばしなさい」

「教えてくれる?」

「『生活魔術』ぐらいならね。しかしまだ先だね」

「どうして?」

「魔術に使う言語はまた別だからだよ。古代の人々が使っていた特殊な言葉を習得する必要がある」


思わず天井を見上げてつぶやいた。「勉強ばっかり」

「人生とは、学びなのだ」

気になる『魔法』や『魔術』の話題はこれで終わり。ヘンレンスさんは容赦なく聖なる朗読を再開した。


『魔法』と『魔術』ははっきり区別されている。

『魔法』は、神や御伽噺の中の妖精が使う摩訶不思議な力の事をいう。そして『魔術』とはこの世界における科学のようなもの。

百合子が生きていた地球とは根本的に違う。肉体を持たない神や精霊といった知性が存在していて、世界全体を覆う濃厚な魔力がこの星に生きるすべての生命に直接影響を及ぼしているのだ。


死にかけた時、私は大量の血を失ったことでトランス状態に陥った。魂が抜けかけたとも言う。

生と死の間、体と精神の間。

あの時私が経験した不思議な体験は魔術の片鱗だった。

世界の一部となり水や火や大地や空気とつながったあの日、確かに存在しないはずの誰かの意識を確かに感じとっていた。あれが神なのかどうかは定かじゃないけれど。


ヘンレンスさんはあんまり私に『魔術』を教えたくないみたい。

というのも、未熟な子供が『魔術』を使うのは普通に危険だし、本当かどうかわからないけど、魂が世界に取り込まれて帰ってこれずにそのまま死んでしまう場合もあるという。学ぶ場合は熟練した教師に頼むか、専門の教育機関に入る必要があった。


それでも生徒側の質問タイムを待って少しでも『魔術』の勉強をしたいと懇願してみた。

ヘンレンスさんは困り顔で「私も『魔術』には疎いんだよ。簡単な『生活魔術』が多少使えるぐらいなんだ」と言いながらも、結局は古代語だけならと了承してくれた。


ヘンレンスさんの言う『生活魔術』とは、専門教育を受けた魔術師でなくともある程度勉強すれば使えるようになる魔術の簡易版みたいなやつで、冷たい水を温めるとかその程度らしいんだけど、それでも地球での記憶を持つ私には充分すぎるほどすごいと思う。


明日はいよいよ『魔術』に近づくことができる。

ヘンレンスさんは古代語だけだと言ったけど、この調子でねだればもっと踏み込んだ知識を与えてくれるんじゃないかな。


この世界は秘密に満ちている。『神』や『魔法』、『魔術』に『魔物』、まだ会ったことのないたくさんの種族。私の物語は未だスタートしたばかり。未知への冒険が巣立ちの時を待っている。

不安もあるけど、せっかくもらった新しい人生だもの。今度こそ思いっきり好きに生きようと思う。

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