第53話 小さな火3

『ケラーキ』とは、小さな蝋燭やその火を指す単語、だったと思う。誕生日ケーキにさすやつ。ずいぶん可愛らしい名前が浮かんでしまったけど、私の中の恐れがそうさせたのだと思う。


とにかく絶対に秘密にしなきゃ。

こんな危険な代物、誰であろうと知られるわけにはいかない。特に学院には。


「お、おい」ヨアニスが戸惑った声で話しかけてきたけど、今はそれどころじゃない。

「ケラーキ、そう呼んでいいのよね?」

「もちろんです。どうぞ、質問して下さい」

「あなたは『ダンジョンコア』なの?」

「その質問に答えるには、マスターと同期する必要があります」


ん?なんて?

私の古代語の知識に間違いがあったかも。かなり特殊な単語が飛び出てきたような。

小等部の頃から叩き込まれてきた古代語だけど、さすがに当時のままの会話をすべて理解するのは難しい。微妙に発音も違うし、知らない単語も多いし。


「えっと、もう少し詳しく説明してくれる?」

「はい、マスター。私の中に擬似人格を一つつくり、あなたの記憶と同期させます。それによりお互いの理解が深まり、スムーズな会話を実現することができます」

「もっと詳しく話して。具体的に何をするのよ?」

「脳内に接触することで知識や感覚を共有するのです。今後、私の判断で定期的に行われます」

「……え?ちょ、ちょっとそれは……害はないの?えっと、脳や精神に影響は?」

ケラーキは微笑む。「もちろん、なんの害もありません。私がマスターユリを傷つける事はありえません」


怯える子供に注射は痛くないと断言する看護士の笑顔にそっくり。そこはかとない恐怖が漂う。


うう……怖い、けど……仕方ない。

今のところ、このとんでも事態を収められるのは目の前の『未知の知性』だけだもの。


しかし油断もできない。本人はただの道具のように振舞っているけど、すべて嘘かもしれない。私が砂漠で『水晶』を手に入れたことだって、もしかしたら偶然でない可能性がある。

何が起こるかわからない。私の知らないところで何かとてつもなく大きな計画が動いている、そんな気さえしてしまう。


だからこそ『これ』が何者なのか、よく知っておく必要があった。最悪、人類が滅ぶかもしれないんだから。


私は息をのみ、それから決心して応えた。「わかった。何をすればいい?」

「そのままで結構です。なるべく考え事をなさらないようにリラックスしていて下さい。そうすれば痛みを感じることもありません」

ギョッとした。「痛み!?今害はないって言ったよね!」

「もちろんです。ご安心ください。ごく稀に幻痛を感じる方もいらっしゃいますが、物理的な作用はいっさいありません」


……怖いんですけど!!


いきなり決心が揺らぐ。

いやでも、このままじゃ埒があかないし。

彼との間にどれほどの時が流れているかを考えれば、確かに知識や常識を一致させておいた方がいい。それだけは確か。お互いに理解し合う必要がある。


「いいわ、やって!」私はぎゅっと目をつむった。

「では開始します。苔むした深い森を想像して下さい。または雲ひとつない青空を」


森と空のどっちにしようかと考えた、ほんの一瞬あとのことだった。「完了しました」という事務的な声が聞こえたのは。

しかも、ネイティブ並みに流暢で完璧なサノリテ語だった。


恐る恐る目を開けると、相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているケラーキがいて、「先程の質問にお答えします。はい、私はダンジョンコアです」と言った。


「す、すごい。もう言語を習得したのね」

「はい、マスターユリ」

「……嘘でしょ……信じられない……『ダンジョンコア』って言ったの?」

「はい、マスター」


ついに堪えきれなくなったヨアニスが私の肩を掴んで揺さぶった。頭がガクガク揺れる。

「お、おいユリ、こいつなんなんだ!?喋ったぞ!」

さっきから喋ってますけど。

「落ち着いて。彼は敵じゃないわ(希望的観測)。『ダンジョンコア』なんだって!」

「あん?それよりこいつ変だ。匂いがしないんだよ!それどころかなんの音もしない。心音も、呼吸音も、何もかもだ。まさか…精霊なのか!?」


匂い?心音って?

驚愕のあまり人外の能力を隠すのも忘れて人並外れたワードを繰り出すヨアニス。

まぁ驚くわよね。人工知能なんて概念ないはずだもの。私は面倒な説明を省くために適当に頷いておいた。

「そんなようなものよ。ダンジョンの精霊さん」

「うっそだろ」どこまでわかっているのか、ケラーキを穴が開くほど見つめている。私はそんなヨアニスをジロリと睨み、釘を刺しておいた。

「いい?もう一度忠告しておくわ。今日見聞きしたことと、私の水晶のことは絶対に口外しないで。もちろんジェンツやメイヤにもよ。秘密が漏れたら大変なの。下手したら人類滅ぶから」

「はぁ?何言ってんだ?」

「だから、これはダン……」すんでのところで言葉を飲み込んだ。


待って。わざわざ本当のことを話す必要なんてないんじゃない?

だってこいつ、私の敵だもの。


普段はおくびにも出さないけど、ハーフヴァンパイアであるヨアニスは、私を友人ではなく『獲物』だと思っている。

目的は私の体に流れる、魔力たっぷりの古代神人の血。最終的には恋人か妻(という名の奴隷)にして体裁を整え、生涯に渡って飼おうと考えているはず。

彼の口から「血が欲しい」と言われたことはないけど、過去の言動や彼らを知る人たちの言葉から、おそらく間違いない。


今は私との距離をなんとか縮めようと画策しているようだけど、穏やかな方法では無理だとわかれば手段を選ばないだろう。

以前、この男のことを心から信じきっていた何も知らない無邪気な私に、『精神支配』という卑劣な闇の力を使おうとした事実を、私は忘れない。


「……まぁいいわ。あなたには難しい話なの。要するにあれよ。魔術的なやつよ」

「ははっ、適当だな。さっき『ダンジョン』だって言ってたろ。誤魔化すな」

「くっ」しまった。聞いてたか。

「なあ、聞いていいか?」ヨアニスは悪戯っぽい流し目をして、クスリと笑った。「なんで馬車なの?」

「……うるさい!」

何もかも見透かされているようで頬が熱くなる。細部まできっちり表現されているイメージの塊が、私の心情を如実に表していた。


あの時の私はヨアニスの手のひらの上だった。でももう違う。この超希少なアーティファクトを駆使して、なんとかこいつから逃れてみせる。


改めて決心し、居間を占領している馬車に目を向けた。危険がないと判断したのか、馬車の幌の上ではナッツが珍しそうに這い回っている。


「ふぅん。どこもかしこもただの荷馬車だなぁ」

「ちょっと!まさかナッツに調べさせてるわけ?危険だったらどうするのよ」

「そりゃ使い魔だから」ヨアニスはこともなげに言う。「で、これどうするんだよ」

「どうって」私は顎に手をやって考えた。「……しばらく、このままでいい?」

「いいわけないだろっ!」






とりあえずいったん落ち着こうという話になり、ヨアニスに二人分のお茶を入れてもらった。

奥のキッチンはかろうじて破壊を免れたみたい。微かに花の香りがする洒落たお茶を啜りながら、謎の人工知能と更なる会話を試みる。


「で、ケラーキ。ずっとそこにいるけど、あなたもしかして、馬車から出られないの?」

「人格を切り離す事を禁じられています。私は『ダンジョンコア』ですから、『ダンジョン』が崩壊してしまう危険があります」

「うぇ。出られないのかよ。窮屈な人生だな」ヨアニスは彼の存在をイマイチ理解できていないみたい。

「あのね、彼は『物』なの。『ダンジョンコア』っていう道具で、ただの擬似人格なのよ。生きている人間に見えるけど、意思なんてないわ。そう見せかけてるだけなの」

「はぁ?『物』ってお前、それはひどすぎるだろ。これだから魔術師は」

「ちょっと。私をあんなイカれた連中と一緒にしないでくれる?ようするに、ケラーキはダンジョンそのものなの。だから外に出られないんじゃなくて、ある意味既に出てるっていうか。ダンジョンだから、彼は」


ヨアニスはまだしっくりこないようで、眉間に皺を寄せて疑うように私を見ている。

そりゃコンピュータを知らないのだから、バーチャルの概念だって持っていない。地球の文明を知らないヨアニスにこれ以上どう説明したらいいかわからなかった。さっき精霊だって言っちゃったし。


ま、いっか。


「そうねぇ、たしかに窮屈そうだわ。ずっとそこに座っているというのもね。姿を消すことはできるんでしょう?」

「もちろんです。容姿を変える事も出来ます。この姿はあくまでマスターの性別によるデフォルトですので。男性であった場合は女性の姿で現れます。この後はお好みで変更なさって下さい」

「あ、そうなんだ……ちなみに、他にどんな姿になれるの?」

「イメージなさっていただければ、その通りにいたします」

「あーえっと、まぁいいわ。で、この馬車なんだけど、こっちの変更はできる?このままだとちょっとまずいのよ。元に戻したいの。つまり、結晶の状態に」

「もちろん可能です」

「ふんふん。私の望みはある程度自由に叶えられるわけね。よかったわ」

「では次に、ご使用にあたっての注意点をご説明します」

「うん」

「基本的に、『私』を利用できるのはマスターユリだけです。他者が使用する場合はマスターであるあなたの許可が必要になります」

「ふんふん。じゃあもしよ、もし私が死んじゃったらどうなるの?誰も動かせなくて、いつか壊れる日までそのままなわけ?」

「はい。その通りです。現段階での強度は7ミリ以下の鉄骨に相当します」

「えっと?」

「あなたが素手で壊すことはできませんが、ガーレン大森林に生息するいくつかの魔物が体当たりをすれば、致命的な損傷を免れません」

「あ、なんだ。その程度なの」


正直がっかりだった。ダンジョンだというから、どんな魔物の攻撃だって容易に耐えられるものと思っていた。


この世は魔物でいっぱい。私の横で窓際にもたれかかって茶を飲んでいる危険人物(ヨアニス)から逃げ切るには、人里から遠い、誰も辿り着けないような未開の地に最低でも10年は潜伏する必要があるというのに。


ケラーキが軽く首を傾げて言った。「強度が必要ですか?」

「できればね」

「では説明を続けます。まずは、私を初期化または最小化をする権限についてです。マスターであるあなたは自由に変更することができます。また、譲渡されたい場合……」

「譲渡?」

「はい。登録事務所へ必要な書類を提出していただければ、条件付きでの譲渡が可能です」

「……書類って?」

「ご契約いただいたおりにまとめてお送りしております」

「それ再発行できる?」

「私には権限がありません。登録された事務所に依頼してください」

「それはちょっと難しい……今はいいわ。じゃ、次の質問。その馬車だけど、中身を変える事はできる?つまり、もっとダンジョンらしくってことだけど」

「自在にデザインすることができます。ただし、現在の状態では大掛かりな物はつくれません。例えば、この街の地下にあるようなダンジョンをつくるには、バージョンアップされるか、別途オプションを購入されるか、資源を取り入れる必要があります」


……絶対無理なやつ。

いや、まだわからない。可能性があるとすれば3つ目の『資源』とかいうやつだけど、まずは一つづつ可能性を見ていこう。


「そのバージョンアップだのオプション購入ってどうやるの?」

「バージョンアップに関しては条件が揃い次第自動で行われますが、オプションの購入にはデバイスが必要です。現在確認できておりませんが、お持ちでしょうか」

「……持ってない」


やっぱダメか。古代のネットワークに繋げられる端末が必要なのね。

支払先については心当たりがあったから、もしかしたらダンジョンで出てくる金貨や銀貨が使えないかと思ったんだけど。

いや、これほど発達したテクノロジーを持っていて『金貨』はないか。あれはきっと、金でできた高価な景品のメダルにすぎないんだわ。


となると私のダンジョンはこの先も購入時のスペックのままってことになってしまう。

せめて強度だけでも上げたいんだけど。


「現段階で実現可能な方法を教えて」

「はい。外部から資源を取り入れてリソースを増やすという方法はいかがでしょう」

「リソース……?」

「有機物、無機物、どのようなものでも構いません。しかし生命は取り込めません」

「ええっと?」

ヨアニスがテーブルの残骸にカップを置いて言った。

「そうかお前、確かにダンジョンなんだな。わかったぞ。要するに、成長するには食い物がいるってことだろ」


私は唖然とヨアニスを見つめた。

こいつ、なんでわかるの?予備知識もないのに、なぜ私より先に理解するのよ。


そっと下唇を噛んだ。ここまで知能が高いなんて思わなかった。この人はあまりにも自分を隠しすぎる。

おそらく、ヒューマンの群れの中で生きるためには目立たないほうが生きやすかったんだろう。でも、それだけじゃない。

そしてもう、隠す必要もないんだわ。


ヨアニスは私の方を向いて肩をすくめる。

「だからさ、ダンジョンだろ?あれは死体でもなんでも取り込むじゃないか」

「そうだけど……。つまり、無から有を生み出せるわけじゃないってことなのね。でも、馬車になれたんなら他のこともできるはずよね」

「はい。現在の状態ですと、人が生存可能な空間を用意することができます。陸地、飲料水、空気、いくつかの木材など」

「……やっぱり最低限の状態か。もしかしてケラーキって、お試し品?」


彼は『契約』と言っていたけど、荒野で導かれるようにして入った部屋では、引き取る際に『お金』に相当するものを要求されなかった。

曲がりなりにも『ダンジョン』だってのに、このスペックの低さ。ただのサンプルの可能性がある。


しかしケラーキは即座に否定した。

「そういうわけではありません。必要に応じてカスタマイズ出来る仕様になっているのです」

「ああ、そいういうこと。じゃあ、今最大限使える空間ってどのくらいの広さまでいいの?」

「約100平方メートルです」


んん?結構広い気もするけど、すぐには想像できない。


「もちろん資源を取り込んでいただければ拡張することも可能です。時間がかかり、限界もありますが」

「資源ねぇ。それってなんでもいいの?」

「生きた生物でなければ」

「人の死体でもいいんだものね」

「はい。私は本来かけられるべき制限のいくつかを省かれています」

「へぇ。商品としてお店にあったのに?」

「特注品ですから。あなたのお望みでは?」ケラーキは微笑みながら首を傾げた。

「……」


言葉に詰まる。どう答えればいいの。私は契約者じゃない。

このAIは私を『マスター』と呼ぶけれど、契約者本人とは別人だと知られたら使えなくなってしまうかも。


いやもしかしたら、この体の半分がその人だった?

可能性は高い。なにしろ『特注品』だもの。高価だったはず。


私がお店のオーナーか代理店の店長だったら、絶対に本人確認をする。

あの砂漠の謎のお店がケラーキのいう『登録事務所』(変な言い方だわ)だったとしたら、私を招いた時点ですでに確認済だったんじゃないかしら。

途方もないテクノロジーを持っていたんだもの。離れた場所から契約者かどうかを見分けられたとしても今更驚かない。

ならば、ギリギリ本人と言えなくもないと思うけど、改めてそれを確認する勇気はない。


答えられずにいると、うまいことヨアニスが別の質問をしてくれた。

「ダンジョンってのは魔物がいるだろ。あれお前らが生み出してるのか?」

「いいえ。おそらく外部から取り入れた装置を組み込んでいるのでしょう。持ち込んだ生体を繁殖させることならできますから。また、それらから発生した資源は有効活用され、徐々にダンジョンのリソースも増えていきます」

「なるほどなるほど。それ、魔物じゃなくて家畜でもいいのね?」

「もちろんです。森林や川を作り、野生動物を繁殖させるのも良い方法でしょう。ただし、必要な資源はデザインによって変わりますのでご注意ください。現段階では『物質変換』ができません。ご利用になられる場合はバージョンアップされるか、個別にオプションを購入してください」

「……わかったような、わからないような。とにかく、好きな家を建てるにはそれに見合った木や石が必要ってことね」

「小規模な建築物であれば現在でも建設可能です」

「あ、そうなの?いえそういうことじゃなくて、例え話っていうか。もしかしてあなた、まだ精度が低い状態なの?」

ヨアニスが笑った。「どんな質問だよ」

「いいのよ。彼は人間じゃないんだから。考慮すべき情緒なんかないし、この見た目にもたいした意味はないの」


確かに人間相手ならば侮辱とも取れる言い方だけど、思った通り、ケラーキは穏やかな表情を崩さないまま答えた。

「はい。私はマスターの性格にあわせて成長するように設計されています。会話を重ねることであなたの望む人格に調整することができます」

「はぁ、そうなのね。うまく出来てること。じゃ、これからよろしくね」

「はい、マスターユリ。こちらこそ、よろしくお願いします」


これだけのことがあったというのに妙に余裕のあるヨアニスが、なんとなくひと段落ついた雰囲気を察して、気軽な口調で言った。

「とりあえず、帰るまでにこいつは片付けてってくれよ。この部屋もな」


そうだった。なんとかしないと。

居心地のいい居間だった空間は、今や荷馬車に占拠され、半壊したテーブルや潰れた椅子が壁際に押しやられて、みるも無惨な有様になっている。


いくらなんでもこのままってわけにはいかないか。


「うっ。わかったわよ。ケラーキ、とりあえず『水晶』に戻って」

するとケラーキは微笑みを深くし、恭しく進言した。

「その前に提案があります。一度再現された形は記録されますので、次回発動する際の形を今決めておくというのはいかがでしょう。『馬車』の状態では都合が悪いのでしょう?」

私はすっかり感心して「ほぅ」とため息を漏らした。「……さすが古代人のナビゲーター!気がきくのねぇ」

「ご希望をおっしゃって下さい。言葉にされることでイメージも明確になり、読み取る際により希望に近い形にできます」

「そう。……あなたと会話するには『水晶』のままではダメなのね?」

「その通りです。マスターユリ」

「やっぱりね。『形』の条件は?」

「人が入れる大きさであることです」

「ふむ」


どうやらこの道具は、『人が入って使う施設』として造られているらしい。

まぁ、『水晶』の状態ならポケットに入れて持ち運べるし、それはそれで構わないか。


「『水晶』の状態に戻しますと、『ダンジョン』内に持ち込まれたものはすべて外に廃棄されますので、ご注意ください」

「え」


今、私の思考を読み取った?

そんなまさか!

ううん、偶然よね。たんに、最初に言っておくべき注意事項の一つに過ぎないんだわ。驚かせないでよね。

いやでも、さっき『同期』とかいうのやったっけ。あれのせいなの?


……ちょっと待ってよ。私の考えは読まれるのに、私はケラーキの思考を読めない。それってフェアじゃないわ!


しかし考えを読んでいるにしては、澄ました微笑みを浮かべたまままったく動じる様子もなく、ケラーキは淡々と説明を続ける。


「リソースによってダンジョン内に作られた物ならば、ダンジョンの一部ですので、そのままの状態で維持されますが、持ち出すことはできません。また、初期形状では持ち込まれたものを保持することはできません」


まだ確信が持てない。あんまり取り乱すのもなんだし、今はあえて疑問を口に出さずにおこう。この『ダンジョンコア』が私の味方かどうかはまだわからないんだから。

とりあえず、目下確認したいこともあるし。


「待って。『水晶』の状態にすると『ダンジョン』以外のものは外に出ちゃうし、それから、そのリソースとかいうので作ったものはダンジョンの外に持ち出せないってこと?」

「はい」

「でも、飲み水はあるって言ってたじゃない。それはどうして?ダンジョンから出た途端干からびちゃうんじゃないでしょうね」

「私が人の健康を害することはありません」

そこでヨアニスが口を挟んだ。「ちょっと待てよ。『ダンジョン』は完全に害してるだろうが」

「安心して下さい。私はしません」

「……『個性』があるってことか。あなたも『特注品』だったわね。で、水は?」

「許可されています」

「じゃあ、なんらかの方法で『許可』されれば、ダンジョン内で作られたものを外に持ち出せるってことね?」

「リソースで作り出されたもの以外でしたら現在でも可能です。例えば、内部で繁殖させた家畜から得た食肉を持ち出す、などです」

「ふむふむ。色々制約はあるけど、やれることも多そうね。これは研究のしがいがあるわ」


私はチラリとヨアニスを見た。彼は私の視線に気づいてにっこり笑った。

もっと話していたいけど、彼がいる前ではダメだ。これ以上情報を渡すわけにはいかない。

私はケラーキの提案に従って適当な形状を指示してから『幌馬車』を『水晶』に戻すと、とりあえず、めちゃめちゃになった居間を片付けてしまうことにした。


人の家を破壊するというとんでもないことをしでかしたというのに、賠償金を請求するでもなく、怒るでもなく、むしろ機嫌よく率先して作業のほとんどをやってくれるヨアニスが気持ち悪い。

どういうつもりなのか知りたくもないけど、人として謝ったら、彼は「いいんだよ。ここにあるものは全部、俺も含めてユリのものなんだから」とすごくいい笑顔で答えられて絶句した。


結局、残骸となった家具を集めて街の集積場まで捨てにいく作業だけで夕方までかかってしまった。


庭でアパートの大家に貸してもらった手押し車に最後の家具の残骸を積んでいると、通りがかったマッチョのハンター、ムサンドウさんが、大きな声で豪快に笑いながら「また喧嘩かい?」と茶化してきた。


……どんな喧嘩だ。

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頑固な魔術師の異世界冒険奇譚 ひとつぶがえる @wbm56572

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