第32話 学院の七不思議2

夜の教員棟は静まりかえっていたものの、まだ明かりがついている部屋もいくつかあって、昼間と同じ感覚で人の話し声が聞こえてくることもあった。

肝試しをするにはちょっと早すぎたかも。


若干興がそがれて暇つぶしに二人に声をかけた。「今更だけど、幽霊ってどんななの?」

噂話し仕入れ当人であるファーシも首を傾げる。「黒髪を垂らした女の人で、真っ白なドレスを着てるんだって」

「それはまた王道ねぇ」ファーシも嘘っぽいと思ったんだろう、「学院で白を着てる人なんていないよ」と呟いた。

「もしかしたら医務室の方だったんじゃない?あそこなら白魔術師がいるわ。白衣だけど」

ファーシが鼻で笑う。「どっちにしろドレスなんて無しだよね。どこの貴族女だよ」

「きっと噂を作った人は良いとこの家の男の子に違いないわ。女といえばドレスなんでしょ。ここは魔術師の聖域だっていうのに」


会ったこともないその『男の子』についてぺちゃくちゃ悪口を言いながら3階まで上がってまた降りて、しばらく歩き続けていると、いつの間にか生徒が通らない、おそらく教師たちでさえ滅多に近づかない廊下を歩いていた。


壁には蝋燭たてすらないし、等間隔にある木窓は固く閉ざされている。月の光も入ってこず真っ暗だし、外が見えないからはっきりと判断できないけど、たぶんここは一階のどこかのはず。

おしゃべりが妙な感じて途切れてしまうといっそう静寂が気になる。戻れないわけないのに、生者が立ち入ってはならない禁忌の場所に迷い込んでしまったような気がして不安になった。二人も同じみたい。パルマが持っているオイルランプの小さな灯りだけが頼りだった。


いつの間にか今までの無機質な廊下とはどこか違っていた。

並んでいる柱には、大森林に生息しているだろう動物の精巧な彫り物がしてあって、ただの彫刻なのになんだか意味ありげで、フクロウの目がこちらを向いているような気がするし、突然照らし出された装飾の鹿が巨大な角を持つ邪悪な魔物に見えて悲鳴をあげてしまいそうになった。

望み通りお化け屋敷のスリルを満喫できてはいるけれど、そろそろ帰りたい。


角を曲がったところで、どこからか古いドアが開く蝶番の軋む音が響いた。思わず立ち止まる私たち。互いに身を寄せ合って息を殺す。ごくりと喉を鳴らす音が誰かに聞こえそうなほど大きく鳴った。


人の気配はないのに小さな足音がこだまする。それはあまりにも微かな音で、教師がたてる足音というよりどこか遥か遠くの別世界から聞こえてくるまったく別の音のようだった。不吉で、規則的で、こっちに近づいて来るみたい。それはどんどん早くなって、しまいに駆け足になった。まるで私たちを獲物と認識して襲い掛かろうとしてるみたいに。


逃げることもできずに固まっている私たち。その時背中のフードが動いた。暖かい小さなもの、ナッツが寝返りを打ったらしい。

少しだけホッとして二人の黒ローブの裾を引っ張った。小さく囁く。「帰ろう」私たちは急いで頷き合った。


踵を返して迷路のような真っ暗な廊下を進む。だけど足音は追いかけて来るのをやめなかった。私たちはほとんど駆け足で何度目かの角を曲がった。


先頭のパルマが何かにぶつかって悲鳴にならない息を漏らした。なのに甲高い悲鳴が上がった。ファーシの声じゃない。私のものでもない。パニックを起こしかけて一瞬逃げようとかと思ったけど、足元でか弱い呻き声が聞こえて踏みとどまった。


掲げ持ったパルマのランプが照らしだしたのは尻餅をついた黒ローブの学生だった。それもまだ子供。

恐怖が怒りに変わったらしいファーシが嫌味ったらしくその子に声をかけた。

「あれれ?テン君じゃない!一人で肝試し?ねぇそれって楽しいの?」

私は目をしばたたかせた。本当にテンくんだった。まだ青い顔をしていたけれど、すっと立ち上がると誤魔化すようにローブの埃を払い落とし、「そんなわけないだろ」とむすっと返した。


なんでも、教師のお気に入りであるテンくんは倉庫に教育資材を片付けるよう言い付けられていたらしい。私の授業を優先したせいで遅くなってしまったのだ。こんな時間までお疲れ様だわ。夕食はちゃんと取ったんだろうか。


ファーシは馬鹿にしたように鼻を鳴らしてなおもしつこく絡んだ。「優等生も大変ねぇ」

テンくんも負けてない。冷ややかに言い返す。「君と違ってね」

私はハッとして彼女を見た。悔しそうに唇を噛んでる。天才ファーシが優等生じゃない?チラリとパルマを見やると彼女は眉を顰めていた。


中等部に上がって魔術の実技が増えてくると、暗記が得意なだけでは高得点を取れなくなるらしい。少しづつ魔術の才が必要になってくるのだ。なんとなく納得した。ファーシがテンくんをことさらに嫌うのは嫉妬心からだったんだわ。


冒険はここまでにしてこのまま寮に帰るべきだったかもしれない。だけど私は妙な義務感に駆られてテンくんを誘っていた。

「私たち噂の『鏡』を探してるの。ほら、女の人が鏡から飛び出して首を絞めるってやつ。一緒に来ない?」

優しく言ったつもりだったけど、テンくんは怯えたように自分の手首を抑えて僅かに後ずさった。そんなに強く握ったかしら。


さらにファーシが追い打ちをかける。気に入らない子を追い払おうと肉食獣みたいに唸ったけれど、パルマが聞こえないふりをして素早く取りなした。

「助かるわ。男の子がいてくれたら心強いもの」

彼女はたいていの子供に優しい。ちっちゃなテンくんなんて『男』のうちには入らないと思うけど、そう言われれば彼も悪い気がしないようで、「しょうがないな」なんて言って微かに胸を張った。


4人になった私たちは暗い廊下を歩き出した。だけどさっきとは明らかに雰囲気が変わっていた。テン君が「馬鹿らしい」と文句を言えば、それに対してファーシが怒る。それでも二人ともどこか楽しそうだった。


ホッとしたファーシはお菓子を持っていることを思いだして、ポシェットから包みを取り出した。ハンカチにくるまれていたのは細長く焼いたプレツェルのような焼き菓子だった。みんなの顔に明るい笑みが広がる。

可愛い自慢の娘のためにパン屋のパパが焼いて持たせたんだろう。こんな時のファーシはいつだって幸せそうで気前が良い。嫌いなテンくんにも分け隔てなく平等に配った。

それを齧りながら出口を目指す。もはや肝試しではなくなった。遠足にでも来たような楽しさに自然と会話も弾む。


そろそろロビーが見えるのではないかとという距離まで歩いてきて、ふとテンくんが立ち止まった。「あ、あれ?ここどこだ?」

反射的にファーシが非難がましい声を上げた。「やだ!道間違えたの?」

「暗くてわかんなかったんだ。それに僕が案内してたわけじゃないだろ」

冷静なパルマが場をとりなそうと明るい声を出した。「この柱のフクロウは見覚えがあるわ。さっきの場所に戻っちゃったのね」

「じゃあ反対方向に戻ればいいんじゃない?」私が言うとファーシが泣きそうな声で言った。「どっちに?」


はっとした。ずっと木窓のある外側に沿って歩いているはずだった。なのにここには窓なんてどこにもない。今いるのは十字路で、もうどっちから来たか確かには言えないし、先にも薄ぼんやりと十字路が見える。

天井が高く、やけにギシギシなる廊下の両側には分厚い大きなドアがある。倉庫のように見えるけど、なんだか変な場所だった。


「あっここは……」テンくんがつぶやいた。それからほっとしたようにちょっと笑った。

「なんだ。改築前の古い方の棟だよ。いつ渡り廊下を通ったんだろう。とにかく、なんとなく場所はわかった。さ、こっちだ」

テンくんはさっさと帰ろうとしたけど、逆にファーシは興味をそそられたみたい。暗闇に目を凝らす。「ねぇ、ここには何があるの?」

「知らない。でも立ち入り禁止だろ」

私は肩をすくめた。「一階で探していないフロアはここだけだわ。ちょっと行ってみましょうよ」

すごく珍しいことにパルマも同意してくれた。「そうね。ここまで来たんだし、最後にざっと見て納得してから帰った方がいいわ。どうせまた来ようって話になっちゃうんだから」

勢いよくファーシが両手を上げた。「さんせーい!」


しかし結局どこの扉も鍵がかかっていて開かなかった。

最初の印象とは違い気味の悪い装飾のある廊下もそれほど長くは続いていなかったし、もうお開きだなと思いながら一番奥まで行って、最後の他よりも小さな両扉のドアノブをテンくんが握ると、意外なことにあっさりと開いた。


まさか開くとは思わなくて心臓が飛び跳ねた。テンくんはこっちを振り返って不安そうに私たちの表情を伺ったけれど、無慈悲なファーシはあごで「先に入れ」と指示を出した。すごく仕方なくというふうに皆が入れるようにそっと大きく扉を開け放つ。


興味津々で中を覗いてから、ファーシが安堵とがっかりが入り混じったため息をついた。

「なぁんだ。これ会議室じゃない?一応入ってみるか」

ぞろぞろと入っていくと、彼女の言う通り中はがらんとしていて、古い椅子が壁際にいくつか置いてあるだけだった。ただそれだけ。

それでもゴールとしては悪くない。私たちは冒険の最後にお互い苦笑いをして誰ともなしに「帰ろうか」と呟いて出口に向かった。


扉を潜る時一人かけていることに気づいて振り返ると、ファーシが呆然と立ちすくみ、反対側の壁をただ見つめていた。そして言った。「見て、あれ」

初めは暗いせいでわからなかった。微かに震えるファーシの小さな指が指し示した先、それは向かいの壁の端っこにあった。

紫の暗幕が壁に張り付いている。壁際の大きな何かを隠しているように見えた。


「いやだ、まさか、違うよね」

ファーシがややヒステリックに叫んだ。「テン、男でしょ!見てきてよ!」

「な、なんだよ」狼狽えるテンくん。完全に雰囲気にのまれている。

私とパルマは顔を見合わせて頷き合った。これを確認せずに帰るわけにはいかない。私たちは同時に向こう側の壁まで大股で歩き、布を掴むと一気に引き剥がした。


息を呑む。予想通り、それは鏡だった。

二人ぐらいなら余裕で映ることができる巨大な鏡。波打つ金色の華麗な装飾が施されていて、どこかの貴婦人の部屋にでもありそうな豪華さだった。


その鏡が私たちを映し出している。パルマと私、その奥に小さくファーシとテン。4人だけ。

「ただの鏡だったわね」震える声でパルマがいい、怪異が起こる前にさっさと覆ってしまおうと暗幕に手を伸ばした時、冷たい風が吹いた。鏡から。


細い、白い影がゆらめいた。背後の誰かが「ヒッ」と悲鳴っぽい息を吐く声がした。鏡の中のそれが瞬時に形をとる。人の形に。間違いない。白い服、黒い髪、華奢な女。噂は本当だった。

逃げる間もなく鏡に現れた正気のない女は両腕を伸ばして鏡の縁を掴んだ。信じられないことに、鏡の中の幽霊は現実のこちらの世界に出てこようとしている。


後ろでテンくんが甲高い悲鳴を上げた。私は凍りついたように動けない。女は手だけでなく体全体を押し出してこちら側に現れた。そして伸ばした手を咎めるように私たちに向け、言った。

「あなたたち、ここで何をしているの!」


聞き覚えのある声だった。唖然としているとその女性は舌打ちして「どきなさい」と冷たく言い放った。慌てて下がる私とパルマ。

私は目をパチパチさせて改めてその女性を見た。

憮然として私たちを睨む女性は、生成りの繋ぎの作業服を来た魔導師メイシスだった。そんな服を着ているから一瞬わからなかった。ドレスじゃないし、黒髪だけど結ってある。


「テン、これはどういうことです?なぜここに彼女らを連れてきたの」

「あ、あの」テンくんは後ろで尻餅を付いていた。幸い腰が抜けたわけじゃないみたい。そろそろと立ち上がると萎縮して肩を窄めた。「も、申し訳ありません!実は迷ってしまって、偶然なんです!」と必死に釈明をはじめる。

パルマも恐る恐る助太刀した。「あの、私たち肝試しに来たんです。噂の鏡を探して。テンくんに道案内を頼んだのですけど、方向を見失ってしまって。本当に申し訳ありません」


メイシスは細い眉をさらに釣り上げた。「まったく!あの噂ときたら忌々しい!せっかくこんな遠い場所まで鏡を移動させたというのに。いいこと、あなたたち。この装置は開発途中でまだ登録前の段階なの。他の研究室に知られるわけにはいかないのよ。各教師長へ連絡されたくなければ、今夜見たことは決して口外しないように!」


結局、怪談話の真相はメイシスが新しく開発している魔導具だった。鏡にしか見えないけれど、実は登録した人間だけを通すようになっている特殊な扉なんだそうな。

繰り返し通って不備がないか確かめていたところをたまたま目撃した研究科の誰かが面白がって噂を広めたらしかった。


「でも、鏡を通って移動するなんて。まさか『空間転移』ですか!?」

パルマとテン君が興奮してる。難しい魔術の話みたいだけど、よくわからなかった。

メイシスはありえないと首を振った。「そんなわけがないでしょう。これはあくまで扉です。奥に部屋があるのよ」


彼女の背後にある鏡はこの会議室じゃない別の部屋を映していた。

かなり狭くて両方の壁に棚が置かれている。『鏡』の検査に使っているのかたくさんの正体不明の魔導具が積まれている。そこは準備室の小部屋のようだった。それもすぐに揺らいで消えた。


現在、よりセキュリティの厳しい扉として開発中なのだそう。

要人の脱出経路や金庫のセキュリティ装置として開発しているけれど、まだ発表前でライバルにこれ以上知られたくなくて鏡をここまで移したらしい。

重ねて口外しないように言われて、今夜は解散となった。


道がわかるというテンくんに続いて廊下をぞろぞろと歩く。私はさっき聞けなかった疑問を口にしてみた。

『空間転移』とは伝説の魔術技術なのだそうで、大昔に開発されたもののその秘技は秘匿とされ、現在では禁忌魔術の代表格になっているという。

実際に魔導具として実用化されていた時代もあったけれど、なぜかすべて破壊されたらしい。


何かしら重大な欠陥があったのだろう。蝿人間のホラー映画を思い出して背筋が寒くなった。

「夢みたいな技術だけど、別の場所から別の場所に移るってことは、体を細分化して移動したのかもよ。なら再現される時に完全には元に戻らなかったのかもしれない。見た目にはなんともなくても、何度も行き来したのなら体のどこかに異常が現れてもおかしくないわ。知らずに羽虫が混ざったりしてね」

ファーシが嫌そうに言う。「気持ちわる」パルマも不愉快そうに顔を顰めた。

だけどテンくんだけは興味をそそられたみたい。ふむふむと頷いて「細分化か」と呟いた。

「ちょっとやめてよ。造ってみようなんて思ってないよね?」

「まさか。僕は魔導具士にはならないよ。でも面白いアイディアだ。現実的じゃないけど」


難なくロビーまで戻った私たちはランプを返して外に出た。

すれ違いにくたびれた顔をした教師の男性があくびをしながら教師棟に入って行った。あんなに怖がっていたのが馬鹿みたい。

私たちは互いに笑い合って帰り道を歩き、それぞれの寮がある分かれ道で「バイバイ」と手を振って別れた。


翌週、メイシス様から呼び出された。私とテン君は罰としてメイシス様の研究の手伝いをするはめになってしまったのだった。

期間は1ヶ月。週末だけだし、派閥の下っ端だけど研究員生ではないので仕事をする代わりにちょっとだけどお小遣いも出るらしい。そうなるとアルバイトみたいなものだ。


もちろん開発中の魔導具に触れるわけじゃない。単なる使いっ走り。工具を磨いたり掃除したり、台車を引いて粗大ゴミを捨てに行ったりの肉体労働。

触るのは禁止されたけど、メイシスの研究室には開発途中で投げ出されている魔導具がたくさんあって、見ているだけで面白かった。


その間メイシス本人に会うことはなく、だだっ広い研究室にはいつも痩せ細った研究員生が一人だけいて、その人も菓子を食べながら設計図の巻物をぼんやり眺めているだけ。

作業はきついけど雰囲気はのんびりしたものだった。彼によるとこのバイトは一種の『見せびらかし』だそうで、派閥入りしたばかりの新人を誰かが横取りしないよう周知する意味合いがあるらしい。


強制労働の3日目にお菓子をもらって休憩していると、研究科の学生が慌てた様子で飛び込んできた。すぐ後からメイシスも入ってきた。彼らは真剣な顔つきで何やら話し合っている。


何事かと耳を澄まして聞耳を立てた。

どうやら魔物研究を行なっている研究室から大量の魔物が逃げ出したらしい。警備員が総出で回収にあたっていて今学院は大騒ぎになっているみたい。

しかし本当に騒いでいる理由は危険だからではないようだった。『キンイロズトウヘビ』。逃げ出したその魔物は五十匹以上。魔物研究専門の研究室が苦労の末に繁殖に成功したのだけど、急に数が増えて管理しきれなかったらしい。

なぜか学院中の教師や研究科の人たちが血眼になって探しているという。


真面目に床に散らばっている釘を集めて回っていたテンくんを捕まえて耳元で囁いた。

「ねぇ、キンイロの蛇だって。危険なのかな?」

「『キンイロズトウヘビ』だろ。魔物の蛇だよ。頭に王冠のような金色のトサカのある蛇で、好事家に売れば一匹で金貨と同じ価値になるんだ。生きたままならもっと高く買い取られるだろうね」

「それってすごいよね?繁殖に成功したって言ってるけど」

「どうかな。大袈裟に宣伝されるようなやつはいつも虚言に過ぎないんだ。本当なら隠しておくはずだ」

「でも逃げたって。みんな探してるって」

「嘘だろ?」テンくんは何人かで固まっているメイシスたちの方を見て屈めていた腰を上げた。何か考え込んでいる。

「よし。僕らで捕まえよう」

「いいけど、売るの?」

「馬鹿。メイシス様に差し出せば僕の株が上がるだろ」

「……そっちこそ馬鹿よ」


それでも金貨なんて庶民は一生持つ事がないと言われるほどの価値がある。捕まえて研究資金の足しにしようという者が争奪戦を繰り広げているらしい。まだかなりの数が野放しになっているというから、探して遊ぶのも楽しそう。これはパルマとファーシに知らせないと。

しかしアルバイトを終えて二人を呼びに行った時にはもうあらかた捕獲された後で、まだ騒いでるのは遅れて聞きつけてきた学生だけだった。


ファーシはかなり真剣になったし、敷地のあちこちにある荒れた藪の中では感覚の鋭いエルフのパルマが活躍した。私も草むらに分け入って探してみたけれど、結局大きなバッタが1匹飛び出してきて驚いただけだった。

まぁそんなもんかと捕獲のために用意した虫籠をまだ諦めていない近くの学生にあげて、皆で街に繰り出して夕方まで遊んだ。


その頃にはテンくんはもう私たちの友達の一人になっていた。

変な気負いがなくなると意外といい子で、私の勉強を見てくれる時もずっと穏やかで普通になった。やっぱり寂しかっただけなんだなと思う。


その後この事件が忘れさられた春頃になって、捕獲を免れた『キンイロズトウヘビ』が冬を乗り越えて密かに繁殖しているという噂が流れたのは別の話。

しかも話に尾鰭がつきすぎてすごく嘘っぽい。尻尾が二股になっていたとか、翼が生えていたとか、しまいには巨大なドラゴンに成長して地下牢(そんなものがあるとすれば)に繋がれ、復讐の時を待っているとかいう話に変わり、夏には昇格を果たして学院七不思議の一つに加わっていた。

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