第19話 三十分間の戦い 前編
「シュティ、それよりも香弥のことは何か分かったか?」
「ええ。それが解析不能なロックがかかっていますわ。現状、分かっているのは人工脳四番機”金剛”で間違いないことかしら。それ意外は……」
「なら、香弥の記憶があるのか、とか。どんな目的でここにいたのか、とかも分からない訳だ」
「ええ。そもそも、なぜゲーム内に閉じ込められているのかも分からないわ。ただし、このゲーム内でHPがゼロ。つまり死ぬと完全にデリートされてしまうわ」
「は……? 普通はバックアップとか。ネット回線へ飛ばすとか。できるんじゃないのか?」
「それが……、この仮想世界じたいが、人工脳の一部みたいなの」
よく分からずに、訝しげな視線を投げかける。
「つまり、この世界じたいが金剛そのものなのよ……。学習も繋がっている全ユーザーの意識に寄るところが大きいわ」
「なに?」
それじゃ何か? PvP・GvG推奨するようなゲームで金剛は、香弥は勉強をしているのか? 人の心を。人とのコミュニケーションを。
なんだ。それ……。
オヤジは香弥の分身とも思える金剛に、何を見せている? 人と人の殺し合いか?
擬似的とはいえ、憎悪のぶつかり合いを? そんなことしてなんになる。
ドン。
「見つけた! この城は頂きだぁ!!」
勢いよく入ってきた長身の女性をぶった切る。
「黙れ!! 邪魔だ!」
「きゃああ! ……こんなんじゃやられないんだから」
「くくく。この程度じゃ死なないか……。ならよ!」
拳を床に打ち付ける。
刹那――砂塵が舞い上がり、周囲の視界が遮られる。
「なによ! これくらい」
長身女は火球を闇雲に放つ。
見えるんだよぉ。その魔法で、さ!
「大地の化身よ。我が声を聴き給え。撃滅の奔流を解放せよ」
小声で呟くと、マナゲージが一気に半分近く減る。
「”エールデ・ハスタ”!」
ひゅん。
風を切るような音とともに、長身女のアバターが枯れ葉のように宙を舞う。
肢体が散り散りになり、HPゲージがゼロになる。
砂埃が晴れる頃には、長身女は跡形もなく消え、静寂が訪れる。
入り口で待機していたらしい仲間も呆気にとられ、固まっている。
数は十二。
「この剣のさびにしてくれる……」
熱。
体の奥底から吹き出す熱。
敵のみならず、自身も身を焦がすような熱にうなされ、床を蹴る。
瞬間、消えたと思ったローグはダガーを構える。
隣にいた魔道士にダメージエフェクト。
続けざまに切りつけられた弓兵が投げ飛ばされ、魔道士にぶつかる。
顎下から貫かれた剣士が、背中を横一文字に切られてたファイターが、もてあそばれるように切り刻まれていく。
まるでトランポリンでもやっているかのように、空を飛ぶプレイヤーたち。
乱戦。
一人で場をかき乱している。仲間同士の距離が近すぎて同士討ちを躊躇っている。
ローグはその様子をただ見ているだけ。敵の姿を視認できずにいる。
その視界も床を見ていた。
十二いた敵を切り終えると、俺はシュティのもとに戻る。
「ふぅ……。厄介な奴らだ」
時計を見る。
残り三十分。
「待てよ?」
「どうかしましたか? コウセイ」
「この世界じたいが金剛なら、デリートはされないんじゃないか?」
「いえ。金剛の学習プログラムだけがこの仮想世界で、当人のパーソナルシステム、自我みたいなものはあのアバターに入っているわ」
「ふむ。じゃあ、アバターと世界を切り離し、……例えば、他のところに保存はできないのか?」
「できなくは、ないですわ。でもここでは端末がないので……」
「パソコンやスマホがあればできるのか?」
「ええ。……待って。簡易的ではあるけど、プログラミングができる環境があるかも」
「ホントか? どこだ?」
「中央掲示板です。あそこには多くの情報が集まっていますが、プログラムを打ち込むこともできるはず……」
「なら、AIを情報として掲示板に保存できるのか?」
「え! い、いえ。そんなことは……。分からないわ」
「やってみる」
コンソロールを操作し、Gpで掲示板の一部を購入。
それをメモ帳として機能させる。所有権を”シュティ”に譲渡。
それを受け取ったシュティはさっそくプログラミングを始める。
「三十分以内に終わらせてみせるわ! 敵の侵入を防いでちょうだい!」
「あいよ」
コンソロールを操作し、剣を別のものに変える。
レアドロップアイテム。魔剣”クロノス”。
ずしりとした重さが心地よい。
大ぶりのそれの
透明感のある、黒々としたそれは陽光に照らされて輝く。
「ここからが本気だ!」
マップと音声チャットから、敵の位置を予測。
ワイヤーフックを使い、最上層の窓から飛び降り、二つ下の窓に飛び込む。
突然の
その隙を見逃さずに懐に飛び込む。クロノスを振るう。
ダメージエフェクトが表示される前にもう一度、斬る!
パラディンが斬撃を放つが、それをいなす。
剣を横薙ぎにするパラディン。その勢いを利用し、割って入った窓の外に追い出すと、同時に飛び出す。
「き、貴様! 何をするつもりだ!」
「あんたには悪いが、死んでもらう!」
分厚い鎧を腕尽くで剥ぎ取り、剣を突き刺す。
「ぐっ……」
痛覚制御により一定以上の痛みは感じないものの、痛いことに変わりはない。
ワイヤーフックを城壁に引っかけると、俺は上空から離脱。
パラディンは地面に激突し息絶える。
「どうだ? ジーク」
「もう最悪。矢がなくなったから、魔法で応戦しているけど、あっちも弓や魔法を使うからね~」
どこまでも元気な声で応じるジーク。
苦笑しつつも、マナポーションを渡す。
「これであと三十稼いでくれ!」
「えと。あと三十分なんだね?」
その質問に答える前に、矢が飛んでくる。
すかさずかがみ、城壁の外を確認。
弓が三十。魔道士が二十。
”アースジャベリン”
土くれでできた槍が七、空中に浮く。
まるで爆発で弾かれた銃弾のように槍は空を裂く。
風切り音と風圧を持って、敵プレイヤーに降り注ぐ。
地面にぶつかり砕けた岩の破片が、変則アルゴリズムにより、飛び交う。
破片一つでもダメージになる。
大量の破片と土煙をあげ、地上は混乱状態に陥る。
そこにシュードの爆破トラップが発動し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うプレイヤーたち。
「撃て! 撃て! 撃て!」
ジークの遠距離魔法と一緒に、俺も地属性魔法の岩を投擲。
次々と死んでいくプレイヤーを一瞥。
「俺はもう行くが、大丈夫か?」
「うん! ありがと!」
テンションの上がったジークはハイタッチを求め、応じる。
城壁の上を駆け抜け、正面入り口を目指す。
マスタングの後方三百の位置に敵兵士。
あの光。モーション。属性。
「”ディレイ・フレア”。やらせるかよ!」
城壁から身を投げ、着地地点をマント一つで操作。
定まった!
マントを離し、剣の切っ先を地面に向ける。
落下速度を利用し、兵士の頭部から串刺しにする。
「けっ! 余計なせわすんじゃねーよ!」
「なら、やられていた方がマシだったか?」
「ああ! そうだね! オレは強敵と戦いたいからな!」
マスタングは横にいた騎士を殴る。
「へ! これが終わったら、俺が相手してやるから我慢しろよ」
飛んでくる火球。
俺は下敷きになっている兵士を盾にする。
「なっ! おのれ!」
「おっと! どうやら味方だったらしい」
「けっ! てめーも大概だな」
「うっせー。すぐに仲間のもとへ送ってやればいいのさ」
魔道士に肉薄すると、横薙ぎ。
「貴様! よくもアイシアを!」
「へぇ~。やっこさん、アイシアってんだ!」
魔道士の杖をたたき折る。
「くっ! レアドロップが……っ!」
「自分の心配しろよ!」
剣で胸板を貫く。
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