第28話 ログアウト不能
「くそ! くそ! どうしてログアウトできないんだ!?」
シュティは接続を切ると言っていた。
きっと、物理的にネットワーク回線を切断したのだろう。
ハッキングはネット回線が繋がっていない端末に対しては行えない。
SSFゲームは基本的にデータをフィードバックしつつ、ゲームを行っている。そのため、ゲーム側に異常が生じた場合にも、PROギアがそれを感知し切断する。
そもそも、データを送信しているのはネットワーク側だ。
その間を切断すれば、プレイヤーは現実に引き戻される……はずだった。
しかし、俺は未だにネットゲーム内にいる。
首を捻っていてもしょがない。
目の前の棺桶から現れたモンスターは攻撃をしかけてくる。
地族製の魔法”ボーン・ラッシュ”
骨でできた剣を振り回す。
その剣戟をかわす。あるいは、いなす。
接触した瞬間、【”ボーン・スケルトン”が”ボーン・ラッシュ”を発動しました】という履歴が流れた。
”ボーン・スケルトン”がモンスターの名前だろう。
察するにスケルトンの上位種か。
となれば水属性の魔法には弱いはず。とはいえ俺は地属性を極めている。
水属性の攻撃魔法は使えない。
物理体制も高く、上位種ともなればHPも高いだろう。
唯一の弱点は素早さか。
速さでは勝てる。
走り回り、スケルトンの視界から隠れる。
出口はなし。入り口も封鎖されていた。モーションありの登場。
明らかに中ボスだろう。
「シュティ。聞こえるか?」
無音。
「ちっ。シュティのサポートなしかよ」
これから先、どれほど道が続いているのかも分からない。
ここで大技を放てばマナの消費は大きいが、突破できる確立も高い。
だが長い道のりならここでマナを温存しておくのがいいだろう。
未実装のモンスターを相手どるには少々、きついものがある。
岩陰から飛び出すと、跳躍。
すれ違いざまにスケルトンの頭を斬る。
着地し、再び物陰に隠れる。
『はっ! 弱気だな! 志摩コウセイさんよぉ~!』
声!? あのモンスターからか?
スケルトンはこちらを探しているように見える。
どうやらモンスターではなくプレイヤーらしい。しかも、通常のプレイヤーではない。
志摩という苗字を知っているのはシュティやジーク。あるいは運営。
「これは仕組まれたことかよ! 運営さん!」
『そうだ。今さら気がついたのか? 頭の鈍い奴だな~。おれらはあんたが奪ったAIを探しているんだよ! さっさと返せよ! ええ?』
「誰が返すかよ! あいつは俺のものだ!」
『ただのAIごときに
下卑た笑いがドーム状の室内に響き渡る。
そういえば、シュティとゴーレムをやったときには天井に仕掛けがあったな。
ちらりと天井を見上げるが、精緻な頭上絵があるだけで、特別なものは何もない。
周囲を見渡しても動かないオブジェクトが雰囲気を演出している。
『あれがないと、このSSFも崩壊しっちまうぞ~?』
「……それはどういうことだ?」
『SSFを始めとする、様々なゲームはAIによる補正がかかっている。モンスターのレベルやドロップ率など。様々なデータを調整するだけでなく、プレイヤーのデータを保存・破棄したりする』
「そんなの今までのゲームでもできていただろ!」
『待て。慌てなさんな。VRMMORPGという新たなジャンルにはそれだけ瞬間的な処理能力が要求される。それを一手に請け負うのがAIだ。それも瀧士博士が開発した最新AIでなければいけないんだよ!』
「なぜ? 父のAIにこだわる! AIならいくらでもあるだろ!」
『はっ! なんも知らねーのな! AIは単なる補助装置じゃない。プレイヤーの脳波。固有脳波の解析とそのフィードバックに関するデータもAIが使われている』
「固有脳波?」
『固有脳波は個々人で異なる脳波のことだ。パソコンで言えば、パソコンごとの違いだ。OSの役割を果たしているのがAI、いや人工脳だ! つまりてめーのせいでこのゲームは崩壊してんだよ!』
「……娯楽と命を秤にかけるか!?」
『てめーはそれでいいかもしれねーが、おれらも食っていかなきゃいけねーんだよ! 家族を養うってのはそういうことなんだよ!』
スケルトンは辺りを攻撃し始める。
「家族。家族ね……」
『は。なんか文句あんのかよ!』
「いや、父親がこんなことをして稼いでいると思うと、情けなく思うんだろうな!」
怒りに身を任せ、攻撃を続けるスケルトン。
お陰でこちらには居場所はバレるし、無駄に体力を消耗している。
あいつらがMOBで動かしていないのもAIを失った影響なのかもしれない。
ストレージにあるアイテムを確認し、閃光玉を二つ実体化する。
ダッシュし、スケルトンの背後に回る。
剣で足回りを一閃。
『ぐっ! こんなところで!』
「俺さ。まだ学生なんだよね」
さらに一閃。
『それがどうした?』
「だから仕事のつらさはわかんねーよ」
足の部位破壊を確認。
「でも、自分でなんとかしようとは思わないのか? これがあんたたちの言う仕事なのか?」
『ガキが! 知った風な口を聞く!!』
スケルトンの剣は空を切り裂く。
「少なくとも、俺のオヤジは、自分の仕事に誇りを持っていた! これまでを積み重ねて! つらいことも」
魔剣クロノスが鈍く光り、スケルトンの手を攻撃。
『そんなの強者だけだ! 何が分かる!』
「強者? はっ! はははは! あのオヤジが?」
『な、何がおかしい……』
「あいつは俺たちに手を差し伸べようとはしなかった! あいつは研究者であっても、人の親じゃないんだよ! そいつを強者!? 笑わせてくれる!」
一閃。
スケルトンの頭にヒビがはいる。
「オヤジに比べれば、あんたの方がまだ親をしているだろうさ! でもな! それほどの覚悟をあんたは仕事に注いでいるようには思えない!」
『な、何を!!』
図星なのか慌て出すスケルトン。
「ないなら自分でAIでもサポートシステムでも作ればいいだろ! それを他人に求めて、甘い汁を吸おうだなんて。そんな虫のいい話があるものか!」
頭蓋骨に突き刺し、そのまま切り裂く。
真っ二つになったスケルトンは、だがしかし再び一つに戻る。
HPゲージも、ダメ―ジエフェクトも発生しない。
つまりはチートだ。
HPを無限にし、破壊不能なモンスターとして設定している。
もちろん、通常のゲームでそれをやれば、批難を浴びるだろう。が、ここには俺しかいない。
「くっ! 子どもを人質にとるのが、大人の仕事かーっ!」
スケルトンの赤く光る双眸が揺らめく。
それが涙を流しているように見えて。
『すまん。おれには判断がつかない』
スケルトンはうなだれたように壁に背を預けると、入り口と出口が開く。
「……俺はあんたが子どもを可愛がってくれたなら、それでいいと思っている。あんなAIなんかに頼らずに」
オヤジは俺に何もしてくれなかったから。
それだけを言い残し、奥の道を進む。
『もう。わかんねーよ……』
冷たい壁に床。
半透明な石でできた回廊を進んでいくが、恐ろしいほどに静かだ。
耳に入るのは自分の足音くらいだが、それも押し殺している。
モンスターには音で反応するものも多い。だから自然と足音を殺す歩き方を学んでいた。
まあ、実生活には一切役に立たないが。
「くそっ! 嫌なこと、思い出しちまった……」
オヤジの顔が脳裏に浮かぶ。
常に無表情で、何を考えているのか分からない。
無口で必要最小限の話しかしない。
学校の話も、香弥の話もしなかった。
腹の底に溜まった檻は未だに残り続けている。
俺は暗闇へと向かって歩き続ける。
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