第27話 囮

「ごめんなさいね。土曜日だというのに呼び出してしまって」

「いえ。今回の作戦はうまくいきますかね?」

「大丈夫! アタシを信じなさい!」

「話を聞いてみた限りだと、シュティとセキュリティAIの性能によりますよね?」

「ええ。そうなるわね。でも、この研究所のシステムは最新式だから」

 少し不安はあるものの、

「分かりました。信じます」

 PROギアをかぶり、自分のアカウントでログインする。

「ゲームスタート」

 視界がブラックアウトし、浮遊感に包まれる。


 地に足がつくと、目の前には荒廃した世界が広がっている。

 朽ちた建物。赤茶けた大地。あちこちに散らばる瓦礫。

「おかしい……」

『どうかしました?』

 耳にイヤホンでもつけているようにシュティの声が響く。

 外付けマイクにより接続しているのだ。

「あー。本来、リスポーン地点は中央広場の噴水前、もしくは各地にある宿屋のはず」

 状況の説明に戸惑いつつも確認の意味もこめて一から話す。

『ええ。そうね。もしかして違うのかしら?』

「ああ。荒廃した世界になっている。昔みた”環境破壊が進んだ未来の地球”というシュミレーション動画に似ている」

 後ろを見ても同じ光景が広がっている。

「アップデート情報は?」

『公式サイトには何も記述されていないわね』

 岩に触れると【オブジェクト】と表示される。

 そのエフェクトは、間違いなくSSFのゲームであることを示している。

「それに人がいない」

 ここがリスポーン地点だとすると、大勢のプレイヤーで賑わっているはずだ。

 明らかにここにはそういった喧騒はないし、店や宿といったシステムが見えない。

『検出したわ。ログインIDによるリスポーン地点の操作を確認したわ』

「どうする? 完全に罠じゃないか? 一度ログアウトするか?」

 正直、怖い。

 どんな手段を使って接触してくるにしても、この強引なやり口は普通じゃない。

『いえ。このまま探索を続けて』

「本気ですか?」

『アタシとの通信が途切れたらすぐにログアウトしなさい。そうでなくとも、こちらから強制的にログアウトしてみせるわ』

 それは電気的にも、物理的にも、だろう。

 PROギアは緊急時にログアウトできるように外部スイッチが設けられている。

「分かった。サポートを頼む」

『分かったわ』

 コンソロールを操作し、魔剣”クロノス”を実体化させる。

 警戒しながら歩いていると、一面砂漠の海。

 じりじりと身を焼く日光と、地面からの照り返しで徐々に体力を奪われていく。

 数分も歩くと、ピラミッド型の建物が見えてくる。

「あれはなんだ。ピラミッド?」

『何かあったのかしら? ただのオブジェクト。それとも建物かしら』

「分からない。行ってみる」

 その建物の外観はガラス細工のように煌めき、砂漠ではいびつな存在感を放っている。

 一つだけ出入り口らしきものがあり、内部は真っ暗で見えない。

 マップで確認しようとするが、【未踏エリア】。

 つまり、誰も立ち入ったことのないエリア。

 マッピングというマップデータを作り、Gpで売り出す。他のプレイヤーはそのマップを買う。

 だが、マッピングがされていない未踏エリアであるなら、俺が最初に入るしかない。

 ゆっくりとピラミッド内部に侵入する。

 闇属性の暗視スキルにより、暗くても周囲を把握できる。

 冷たい空気が満ちており、外とは打って変わって寒い。

 湿度が低く、日差しの強い砂漠ならではの気温ではあるが、ここまで再現しなくてもいいだろ。

 横合いの影が蠢いた。

「くる! スキアだ!」

 影の獣”スキア”。

 黒い丸が二つ連なり、その丸二つから二本一対の異様に長い脚が計四本生えている。鮮血のように赤い双眸がギラリと光る。

 このゲームのボスでもあるスキア。


 スキアに侵略された未来の地球で、剣と魔法を使い、世界を救う。


 それがこのゲームのコンセプトであり、正しいあり方だ。

 スキアは長い脚。その先端にある鋭利な爪で切りつけてくる。

 難なくかわすが、ダメージを受けた。

「く。120レベか。高いな」

 ストーリーモードでは最大でも99だった。

 魔剣で、スキアの身体を切り裂く。

 ダメージエフェクト。

 ぎぎぎ、と不快な音を発し、カサカサと素早く動く。その姿はまるで虫のようで本能的に気持ち悪さを感じる。

 スキアの背中から無数の針が飛び出し、弾かれたように飛んでくる。

「くそ! 走るぞ! この先の道は分かるか?」

『分からないわ。こちらのデータでは存在しないエリアだわ。いったいどういうことかしら』

 坂になっているので、足の踏ん張りがきかない。

 スキアの攻撃を剣で受け止め、アースニードルで応戦。

 空中から発生した岩の棘は一直線上に飛翔する。

 あたる!

 そんな確信はいとも容易く裏切られる。

 スキアの体。その中心部が別れ、二つの球体になる。球体には一対の脚が生えており、その状態で自走し始める。

「な、なんだよ。あれ」

 今までに見たことのないタイプのスキアだ。

 二つのスキアがカサカサと壁を、天井を徘徊する。

 大技でマナを消費したくはない。なら、アースニードルで応戦するしかない。

 岩の棘をスキアに向かって放つが、どれも回避される。

「早い! それに、強い」

 飛んでくる影の棘を防御しつつ、思考を巡らせる。

 出入り口は完全に閉じている。

「脱出不能エリアかよ! 奥へ進むしかない!」

『待って! そんなデータ……』

 坂道をわざと滑り、スキアの攻撃を避ける。

 脱出不能エリアとなれば、ダンジョンの奥に転移エリア。もしくはクリアによる転移が可能だろう。

「それよりも、相手の情報は引き出せているのか?」

 本来、俺が囮になり脅迫犯からの情報を引き出す。そのための接触でもある。

『ええ。今、最優先でとっているわ』

 ボコボコ。

 変な音が聞こえ、周囲を確認する。

 大量のスキア。

「くそ。なんだって、こんなに」

 スキアにはいくつか種類があり、各種エリアのボス・中ボスを担っている。その多くが単体でのスポーンであり、四体以上のスポーンは始めてみた。

 それに今回のスキアは始めてみるタイプの、しかも高レベルのモンスターだ。

 足止め用のトラップでスキアの動きを封じつつ、奥へと突き進む。

 邪魔なスキアは切り裂き、先へ先へと進む。

 暗闇に灯る一条の光。

「回復エリア? それとも転移エリアか?」

 どちらでもいい安置なら少しは休息がとれる。

 光るエリアに飛び込むと、そこには外の素材と同じガラス細工みたいな棺桶が一つある。

「おいおい。この感じ、中ボスエリアだろ」

 柄を握る手が汗ばむ。

 ゲームなのだから、ザコキャラのあとには中ボス・ボスがいて当たり前なのだ。

 だが、普通は休息エリアを用意しておくもの。少なくともこのSSFではそれが当たり前だった。

『コウセイ! 大変よ!』

「どうした! シュティ?」

『サイバー攻撃を受けているわ! こちらの情報が盗まれている!』

「何!?」

 大声を上げたその時、目の前の棺桶が砂埃を上げ、ゆっくりと開く。

 中からは人型の骨モンスターが現れる。

「アンデッドタイプのモンスターか!」

 しかし、おかしい。

 さっきのスキアといい、この中ボスといい、HPゲージやモンスターの名前すらも表示されないのだ。

 それに中ボスなら警告がでるはず。

『ダメ! 入り込まれる! 物理的に回線を切断するわ!』

「分かった! こっちもログアウトする!」

 コンソールを操作。

 ……。

「ログアウトが、表示されない?」

 それどころか装備品とストレージくらいしか表示できない。

『回線を切断したわ! 五秒以内にこっちに戻れるわよ!』


 5

 4

 3

 2

 1


 ……。

「も、戻れない。……なぜだ!?」

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