第26話 勉強会

「うーん。確かに脅迫メールですわね……」

「やっぱりそう思いますか? シュティ」

 例のメールといくつかの添付ファイルを広げる。

「どうにかして対策をたてないと、亜海にも危害が及ぶかもしれません」

「そうね。この様子だと、コウセイ周辺の人間関係も調べ尽くされているでしょうし」

「しかし、シュティは直接来ても大丈夫なんですか? 危険では?」

 シュティだけでない。金剛型AI。つまり香弥も心配だ。

「間違いなく、金剛に関わっているでしょうね。困ったわ」

「なんとかなりませんか? 俺、なんでもしますよ?」

「最近、SSFにはログインしているのかしら?」

「いえ。俺の目的はあの、香弥だけでしたから」

「一度、ログインしてみない」

「はい!? こっちからアクセスするんですか!? 危険でしょう?」

「そうも思うけど。でもPROギアには危険を感知するシステムが内臓されているし。こちらの情報を遮断しているなら、向こうの狙いや話も聞けるかもしれないわ」

「……つまり、俺に囮になれ? と」

 自分でも表情が強ばっているのが分かる。

「でも、これでは時間を浪費するだけよ? それにコウセイのストレスになっているわね。そう長くは持たないでしょう?」

 その予測はおおよそで当たっている。

 慢性的なストレスが疲労として現れている。

 今はまだ睡眠不足ていどですんでいるが、長期化すればするほど、俺の体が持たないとも考えていた。

 しかし、

「なんの策もないというのはあまりにも無謀だ」

 シュティはくすっと悪戯っぽく笑う。

「あら? 誰が、ここでログインしろ、と言ったのかしら?」

「え。それじゃあ、どこで?」

 シュティは顔を近づけ、耳元で囁く。

「アタシの家なんてどうかしら?」

 その声音にドキリとし、仰け反る。

「あ~! 逢い引きしている!」

 ややこしいのが現れたよ。てか、

「ノックくらいしろ! 亜海」

「そんなことよりもなんで、シュティがここにいるのよ!」

 ドカドカとがに股でシュティに詰め寄る亜海。

「そんなこと、って。ここ俺の部屋だよ」

「あらあら? 子猫ちゃんはそんなにコウセイが気になるのかしら?」

 あくまでも挑発的な笑みを浮かべるシュティ。

「ち が う わよ! 私はシュティの毒牙を危険だと思っているの!」

 顔を怒りで真っ赤にする亜海。どうやら俺に恋愛感情はないらしい。

 そこまで否定されるのもけっこう傷つくぞ? 亜海よ。

 一瞬、こっちを見た亜海がさらに顔を赤くする。

「康晴も、康晴よ! なんでシュティと内緒で会っているわけ!?」

 なんだかこっちにも飛び火した!?

「い、いや。分からないことがあって。ほら! シュティは学者だろ? なら勉強くらい楽勝だと思ってな!」

「うふふふ。そうよ。アタシにしかできないのよ。残念~♪」

「きぃー! こいつ殴るかぶん殴るかして! 康晴!」

「それってどっちも同じじゃね?」

「いいもん! 大人の余裕を見せたって、康晴はロリコンなんだから!」

「おい! 人の性癖をばらすな!」

 突然の発言に、今度は俺が顔を真っ赤する番だった。

「へぇ~。ロリコンねぇ~」

 シュティは俺を舐めるように眺める。

「でも、アタシは童顔、幼児体型らしいわよ?」

「はっ! しまった!」

 その様子とは裏腹にシュティはあどけない顔立ちをしている。

 確かにロリっぽい。一部を除いて。

「で、でもその脂肪袋は大人のそれじゃない!」

「し、脂肪……」

 言葉に詰まり、眉をひそめるシュティ。

 なんでこんなことになっているの? 俺の部屋は。

 亜海は熱風のように熱くなっているし、シュティは冷気のように冷たい雰囲気を放っているし。

 シュティの雰囲気が弛緩し、柔らかな笑みを向けてくる。

「それじゃあ。さっきの約束、忘れないでね? コウセイ」

「あ。はい」

 シュティはそれだけ言い残し去っていく。

 やっと落ち着いた。

「さっきの約束ってなに?」

 ずいっと顔を近づける亜海。

「こっちはまだ収まってないのね……」

 どうにか亜海を宥めると、いつの間にか遊園地に行く約束をしていた。

 亜海が去ったあと、どっと疲れが押し寄せてくる。

「はぁ~、疲れた」

 スマホが鳴る。

「もしもし?」

『コウセイ? アタシ、唐屋敷よ。次の日曜日に研究所に来てもらえないかしら?』

「すいません。今度の日曜は亜海と遊園地に行くことになりました」

『……』

 シュティの音声が途切れ、もしや脅迫者からの攻撃か? と焦る。

「シュ、シュティさん!?」

『あ。ええ。分かったわ。それなら、一日前倒しになるけど、土曜日はどうかしら?』

 きっと学校を考慮してでの話なのだろう。助かる。

「分かりました。土曜ですね。ただし、ちゃんと事前に説明はしてください」

『大丈夫よ。これから徹夜で仕上げてみせるから』

 て、徹夜?

「いったい何を?」

『ええ。こちらにも策があるの。安心なさい』

「分かりました」

『また土曜日に』

「ええ。また」

 電話を切ると、パソコンに向き合う。

「さてと、勉強しないとな」

 ゲームに熱中しすぎた。

 次のテストで赤点をとると、来月から小遣いが減る。

 ちらりと部屋の端に積まれた求人誌をみる。

「高校がバイト禁止じゃなかったら良かったのに」

 こればかりは嘆息するしかない。

 パソコンで分からないところを調べつつ、勉強を進める。

「ん? 一瞬、画面が乱れたぞ?」

 モニターと本体をつなぐケーブルを確認する。

「なんだ。ただの接続不良か。しっかりと差し込まないとな」

 きっとこの間の、シュティの研究所への移動で接続がうまくいってなかったのだろう。

 脅迫メールもあり、あまりパソコンに触れてなかったもんな。

 学生なら勉強しているのが普通だし、監視されていても問題ないだろう。

「ええと。微分方程式は、」


 翌日。

「お前も少しは勉強したらどうだ?」

「ん? 大丈夫。大丈夫! 先生の話をちゃんと聞いていれば問題ないよ?」

「それができるのは亜海だけだろ」

 亜海はけっこうな高スペックなんだよな。運動もできるし。

「でも、勉強会がしたい! って言い出したのは亜海じゃんか」

「うん。だから康晴が分からないところは私が教えるの」

「専属の家庭教師って訳か? なら、この問題が分からないんだが」

「ん。どれどれ? ああ。電子工学ね。でも、この仮説はシュターリンの説が有力になりつつあるのよ。ほら、この間のノーベ賞で受賞した人」

「ああ……。なんだか、そんな人がいたな。確か、電気的な生物を」

 あれ? なんだっけ?

「生物的な電気信号パルスを生み出したの。詳しいことは論文にのっているけど。簡単に説明するなら、ほぼ完全な生物の模写ね。もちろん電気的に、だけど」

「……で。この問題となんの関わりがあるんだ?」

 問題集とにらめっこしても分からん。

「だから、それは古い仮説をもとにしているのよ。まあ教科書が前の年に作っているから、今年の初めの話なんてのっていないの」

「今年の初めか。丁度、SSFが発売された前後だな」

「もう! 康晴はゲームばっかり! 少しは勉強しなさい!」

「今、勉強していたンだけど!?」

 思わず、話をそらした人に目を向ける。

 当人は煎餅せんべい片手に週刊誌を読んでいるけど。

「おいおい。けっきょくは一人で勉強かよ。なんのためにきたんだよ……」

「いえないわよ。そんなこと」

 小声で呟く亜海。

 もしかして、父親と何かあったのだろうか。それとも母親?

 時折、亜海の家族はケンカするからな。

「あー。夕食は食べていくか?」

「え! ご、ごめんね。多分お母さんが天ぷらを用意しているから」

 申し訳なさそうにする亜海。

 なんだか違ったようだ。

「まあ、それならいい」

「よ、よくないよ! せっかく誘ってくれたのに」

 随分と残念そうだな。

 どうしてだ?

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