第46話 過ち
俺がまだSSFを始めて二週間。
森林エリアが実装された頃。
深く生い茂った木々が行く手を阻む。狭い獣道を縫うように歩き、モンスターとの接触を警戒する。
ごくりと唾を呑み込む。
ヒヤリとした風が抜けていく。
汗で濡れた衣服がべちゃりと肌に張り付いて気持ちが悪い。
目を細め、手持ちのアイテムを確認する。
手を樹木につけると、魔法陣が淡く光り浮かび上がる。
「しまった! トラップか!」
まだコロセウムによるPvPがなかった頃。
そのためフィールド内で時折起こるPK。
幾重にも重なった魔法陣が収束していく。直後、強烈な光りを放ち、爆発する
痛みと熱で喘ぐ。
耳がキーンとし、一定時間の”消音”デパフが発動する。
この時を狙って敵は攻めてくるだろう。
警戒の色を濃くし、手に握った剣先を木々の隙間に向ける。
HPゲージはまだ九割。
まだまだ戦える。
周囲を睨めつける。
がさ。
葉擦れの音がし、頭上を見上げる。
そこには迷彩色のマントを羽織った、小柄の男が一瞬映る。
「あいつか!」
アースガンを放ち、空気を裂く。もう一発放つが樹木にあたるのみで、その男にはあたらなかった。
「くそ。こんなところで苦戦している場合じゃないのに……」
俺にはオヤジの遺書の意図を、意味を知らなければならない。いや、知りたい。
だが、それにも時間制限がある。
やみくもに放ったアースガンは光の粒子となり、樹木を穿つ。
小柄な男を追いかけるが、先ほどからトラップは発動しない。
訝しげに思っていると、クナイが飛んでくる。剣で過たず弾く。
相手は手練れじゃない。たまたまトラップを設置している序盤に会ってしまったようだ。
これはラッキー。
このまま追い詰めれば、俺が勝つ。
突然、ひときわ巨大な樹木が目に入る。その周囲には木々がなく開けた土地になっている。
おかしい。トラップ系の魔法を使うプレイヤーなら、先ほどの入り組んだ森の中で戦うはずだ。
そして、いつの間にかあの男を見失っていた。
「で、できれば、ぼ、僕と友だちに……なって、ください……」
その男はどもりながらも、頭を下げる。
しかしSSFにおいて、先に攻撃をしかけた者とはPvPになる。そう言われている。実際に暗黙のルールとして成り立っているのだ。
後になって思えば、この男は初心者だったのだろう。この世界がどんな世界なのか、まだよく分かっていなかったのだ。
だが、俺は違った。
それを何かの作戦と思い、剣でその体を斬ってしまったのだ。
「な、んで……」
はにかんでいた顔は、絶望のそれへと変わっていった。それを見て、俺はようやく思い至ったのだ。
これは純粋なフレンド申請だったのだと。誤って魔法陣が展開してしまったのだと。
ガラス細工の世界。
今の俺も、あの時と同じようにトラップ系の魔法使いと相まみえている。
一歩でも動けば、攻撃を受けるかもしれない。かといって、立ち止まっていても状況がよくなる訳じゃない。
相手はこちらの行動を予測して、トラップを仕掛けている。なら、相手の予想の範疇を超えた動きをしなければならないのだろう。
俺は後ろにバックステップを踏む。
途端に三つもの魔法が発動し、連鎖し、爆発する。
視界が爆煙に呑まれ、HPゲージがわずかに減る。
「この程度なら耐えられる」
しかし何が目的だ?
逃げ道は完全に塞がれている。この建物内から逃さないつもりなのだろう。
背中に触れた硬い感触に驚く。
「しまった! 追い詰められた!」
背中に触れた壁に二回りも大きい魔法陣が展開される。
爆発の渦に呑まれ、地面を転げ回る。
「かはっ」
空気の漏れる音。自分の、と認識した頃には次の魔法陣が展開している。
逃げ場はない。
連鎖する魔法。建物の奥へ奥へと追い込まれていく。
HPがどんどんと減少していく。
二階に続く階段へ逃げ込む。が、突然階段が吹き飛ぶ。
その木片が降り注ぎ、ダメージエフェクトが連続で光る。
「こんなの!」
剣で防ごうとするが広範囲にばらまかれたそれを防ぎきれない。
「ぐっ! 背中から!?」
背に痛みを感じ、振り返る。
五つもの火球が飛んでくる。それは遮蔽物をかわし、確実にこちらへと向かってくる。
聞いたことがある。操作系の攻撃魔法だ。ただし、そのコントロールは精密さが求められ、空間把握能力や想像力などが求められる。
つまり、一部の天才肌にしか扱えない魔法だ。
火球の一つが俺の左腕で爆ぜる。
残り四発。
急いで柱の後ろに隠れるが、柱に埋め込まれたトラップ魔法が爆炎を上げる。崩れ落ちる柱に押しつぶされる。
「がっ! こんなの! このままじゃマズい……」
HPゲージはすでに四割を切っている。
ミシミシと音を立てて建物が傾く。
「しまった! これが狙いか! 建物ごと、俺を押しつぶす」
目の前が真っ暗になり、ついで炎が燃え盛る。
圧と熱で痛みが襲う。
HPゲージは二割を切っている。
我ながらよくもっているものだ。バランスよくステータスを上げていたのが功を奏した。
これが敏捷性特化や魔法特化、あるいは攻撃特化なら三度は死んでいる。
屋根を突き破り、建物から抜け出すと、目の前には火球が迫ってくる。
「くそ! かわせよ!」
体をねじり回避行動をとるが、それに合わせたように火球も追尾してくる。
「かわせない! なら!」
ポーチから薬草を取り出し、投げる。
俺の代わりに薬草が火球に呑まれ、爆ぜる。
「なんとか直撃は避けたぞ」
爆風を背に走り出す。追い風となり、いつもよりも早く走れる。
追ってくる火球を建物の残骸でかわす。
未だに相手の姿すら見えてない。
「こいつも”透明”のアビリティを持っているのか?」
あのチートアビリティを?
ありえる。あいつと同じチーム、ギルドに所属していれば、全員にそのアビリティが配られてもおかしくない。
俺が勝ち取った”田舎の城”では初級者向けということもあり、Gpとクリスタルくらいだった。
ある意味、香弥という大きな利益はあったが。
かぶりを振り、栓のない考えを止める。
「とりあえず、どうしたら敵を見つけらるものか……」
このガラス細工の世界は全体的に薄暗い。
目を凝らし周囲を探るが、それらしい影は見えない。
「バカな。あの操作系魔法を使える範囲など、限られているんだぞ」
操作系は目視できる範囲で使うのが一般的だ。
しかし、その攻撃範囲は広く、喩え見ない位置からでも攻撃が可能なのだ。
もし本当に目視範囲外からの攻撃だとすれば、俺は近づくこともできずに一方的に蹂躙される。
『コウセイ。コウセイ。聞こえますか?』
「ああ。なんだ。この忙しい時に」
『対戦相手は九連勝していますわ』
「はっ。つまり俺が負ければ、あいつが優勝。そんでもって、香弥とのご対面、ってか?」
『そうなりますわ。今から相手の情報を操作して、』
「待て。不正はしない。チートはしない!」
『で、でも、このままじゃ……』
その声音に焦燥を感じ取れる。
「何。勝ってみせるさ! だから安心しろ」
『今の状況を見て、どうしてそう思えるのですか?』
「今の、ならな。まあちょっくら会ってみますか。通話終了」
音声回線を切断すると、ステータス画面を開く。
いくつか魔法をプックアップし、深呼吸。
これからやることは無茶なことかもしれない。
だが、やるしかないんだ。
妹を、香弥を他の誰かに奪われる訳にはいかない。
”感知”
そして、残りの全てのマナを”速度上昇”につぎこむ。
バフの多重がけ。
ピコーン。
俺を中心に広がっていく赤い波紋が飛んでいく。
返ってきたそれはまさしく、ソナーのそれ。
「……見つけた」
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