第45話 九回戦目

 体が痺れて自由に動けない。

 残り時間は00;57

 約一分もの間、矢による集中砲火を浴びることになる。

 ”覇者の指輪”で時短になっているにも関わらず、一分近い。

 それなら、

「あんた。”デバフ効果上昇”のスキルを上げているな」

「あれ? すぐに気がつくんだね。弓矢と毒のコンボは基本だし」

 そう、この男のやっていることは基本に忠実なのだ。ただ一点を除いて。

 ”透明“のアビリティ。それが視覚的にも、聴覚的にも、情報を遮断している。とんだチートアビリティだ。

 きっと、攻城戦ごとに難易度が違い、それに応じたものが支給されるのだろう。だがそれにしたって過剰な性能を持っている。

 対象が自分一人ならまだしも、配下に置いたNPCにすら有効とは。反則級だろ。

「へへへ。おいらの勝ちだね」

 四方八方から矢の集中砲火を浴びる。

 太ももに、二の腕に突き刺さる。

 状態異常回復アイテム”Dポーション”を手にするが、すぐに撃ち落とされる。

「ちっ」

 小さく舌打ちをする。アイテムを使う余裕もない。

「おいらの勝ちは揺るがないよ」

「だが、俺にもできることがある!」

 コンソールを操作して、Gpを消費。

 敵のNPCを買い取る。それらは攻撃目標を変え、別方向へ矢が飛んでいく。

「な、何をした!?」

「へっ。俺の二つ名を知らなかったようだな」

 まあ。俺も忘れたけど。

 どうやらNPCには”透明”のアビリティでも見えているらしく、攻撃が次々とヒットしていく。

 麻痺毒の効果もあり、敵は地面に突っ伏す。

「く。くそ……。こんなはずじゃなかったのに……」

 痺れているのか、敵は動けない。

 最大HPの差で敵が砕ける。

「へ。アビリティに頼りすぎなんだよ」

【You Win】

 控え室に転移させられると、音声を戻す。

『ど、どうなったの? 康晴』

『こちらのモニタリングによるとコウセイの勝ちですわね』

『やったじゃん! 康晴!』

「だぁー! 耳元で騒ぐな!」

 大人しくなると、俺は自分のアイテムを確認する。

 いくつか使ったもの、破損したものがある。

 頭をぼりぼりと掻き、困った。八回戦目をクリアしたのはいいが、残り二回も戦う必要がある。

 Gpは敵のNPC購入で2万にまで減っている。

『コウセイ。アタシのGpを譲渡しますわ』

「あ、ああ。そう言えばまだだったな」

 コンソールを開き、Gpの画面を開く。

【シュティの90万Gpを受け取りますか?】

「きゅ、90万!? なんでそんなに持っているんだよ!?」

『舐めてもらっては困ります。アタシもあのコロセウムで勝ち残っていた上位プレイヤーですわ』

『ただのゲーマーじゃん』

「そう言えば、そうだったな。シュティは魔法のレベルなら、俺を超えているし」

 ブツブツと文句を言っている亜海を無視し、会話を続ける。

「じゃあ、ありがたく頂くな」

『ええ。その代わり必ず勝ってくださいね。そして香弥さんを取り戻しましょう!』

「ああ。期待してくれ!」

 サムズアップするが見えている訳もなく、なんだか虚しい気持ちになる。

「ええと。次の対戦は、と」

 マッチングを開始する。

「そう言えば、まだ十連勝したプレイヤーはいないんだよな?」

『今のところはいませんわ。ただ九連勝しているのが続々と現れてきています。コウセイも含めると八名です。急いだ方がいいかもしれません』

「分かった。ありがとう」

『私にはお礼はないの? あ。駅前のクレープ屋さんでいいよ!』

「お前は何もしていないだろ。亜海」

『えへへへ』

「えへへ、じゃないだろ。ちゃっかりしているな。まったく」

【マッチングクリア。戦闘を開始します】

「それじゃ、行ってくるわ」

 白塗りの控え室から転移し、黒々とした世界に飛び込む。


 目を開けると一面のガラス細工。

「また、このフィールドか」

『もしかして、ガラスとか言ってた奴?』

「ああ。このフィールドではお足音が聞こえやすくなる。つまり、相手に位置情報が漏れる可能性が高い。”隠蔽”系の魔法やスキル、アビリティが活躍できるだろうな」

『どういうこと?』

「足音もなく素早く敵に近づき、攻撃する。電撃作戦が有効なんだ」

『へぇ~。隠蔽系ってあまり活躍する機会がなかたけど、そういったことへの考慮かな?』

「まあ、使えない・使いづらいものを活躍させるのも運営の見せ所だからな。いつまでも不遇な、下位互換、などと言われていれば、必要性もなくなるからな」

 しかたない。そう呟き、周囲を警戒する。

 目視できる範囲内には敵影は見えない。

『それじゃあ。その内、私の持っている”精製”のスキルも役立つようになるのかな?』

「え! 精製のスキルは普通に使えるぞ!」

『そ、そうなの? でも素材アイテムを掛け合わせても”失敗作”にしかならなかったよ?』

「それは熟練度と経験値、レベル不足か、あるいは掛け合わせるアイテムの問題だ。今、SSFの生産職は少ないんだ。上位アイテムの精製に成功すれば、それだけで儲かるし、普通に使えるアイテムも精製できる」

『詳しいね。康晴は持っていないの? 生産職』

「持ってないな。全部戦闘用のものだ」

 そうしないと香弥は取り戻せないからな。

「そろそろ切るぞ」

『う、うん。分かった』

 通話回線を切る。

 人と話すことで意外と、心が落ち着くのが分かった。これなら、前回みたいに精神的に参ってしまわないだろう。

 まずは身を隠すために家屋へ隠れる。

 突然、足下に魔法陣が浮かび上がる。

「しまった!」

 脱兎の如く、慌ててその場から遠ざかる。

 魔法陣が爆発し、その爆風を背に受ける。

 床に手をついて踏ん張る。

「なんだ!? 攻撃力が低いのか……」

 ピピピ。

 二つ目の魔法陣が起動する。

「なっ! ま、マズい!」

 立ち上がり、剣を盾にして爆発を防ぐ。

 腹に響くような重低音。

 皮膚をチリチリと焼く熱波。

 耐えしのぐと、頭上の魔法陣が展開。

「なんだ!? この連続攻撃は!」

 まるで、俺の行動を予測していたかのような、トラップの数々。

 爆発に次ぐ爆発。

 幸いにも攻撃力が低いのでHPゲージは未だに八割残っている。

 ゲホッと肺の中を掃除する。

 壁に手をついて体勢を整えようと、額の汗を拭う。

 壁が光りを放ち、急激な収縮。そして膨張。

 純粋な熱エネルギーが肺を、目を焼く。

 これがゲームでなかったら確実に死んでいたであろう光。

 天と地が数回入れ替わり、地面を転げ回る。

 通常よりも痛みが抑えられているとはいえ、不愉快さは拭えない。

 立ち上がると、その場に立ち止まる。

 下手に動いた方が危険性は高い。とはいえ、じっとしてもいずれ時間切れになってゲームオーバー。今までの八連勝が無駄になってしまう。

「くっ。どうすればいい」

 この攻撃はトラップ系の魔法だろう。威力も、マナ消費量も少ないので、この”ピラミッド”では使い勝手はいいのだ。

 これが砂漠エリアのフィールド内PvPやコロセウムのPvPなら問題ないのだ。

 フィールド内では、相手の未来位置を把握するなんて不可能に近い。それこそ、太平洋に落とした針を探すようなものだ。

 コロセウムなら、バトルフィールド自体が狭いので、設置している間に接近されておしまいだ。

 だから、遮蔽物が多くバトルフィールドの広い、ことピラミッドにおいてトラップ系の魔法はその真価を発揮する。

 魔法なのでGpで買い取るという荒技も使えはしない。

 ずっと立ち止まっていると、矢が飛んでくる。

 剣で弾き返す。

 やはり、立ち止まることも想定したスキルを持っているようだ。

 こちらが手をこまねいている間にも、相手は着々と倒す準備を整えている訳だ。

 長期戦はマズい。さっさと敵の位置を割り出し、こちらから仕掛けないと。

 汗が伝う。

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