第47話 執念
感知の魔法で敵位置を把握。
距離はそんなに遠くない。
速度上昇の魔法で敏捷性は四倍にまで跳ね上がっている。
飛び交う火球。
隣の建物。その屋上。
ワイヤーフックを使い、壁伝いに屋上を目指す。
最短距離で屋上につき、周囲を警戒の色で染め上げる。
「見つけた!」
周囲に溶け込んでいるガラスのようなマント。
背丈からして小柄だが、男のようだ。
「これでおしまいだ!」
剣を振りかざす。
手が止まる。
「僕を殺すの? あの時みたいに」
「なっ!」
そこには俺が数ヶ月前に誤って攻撃した男が立っていた。
カーソルが表示される。
プレイヤー名:カイト
見覚えがある。あの時、森林エリアでPKと勘違いした時の、まさしくその人だ。
「お前……、あの時の」
「やあ、僕はキミを殺すためにここまできちゃった」
不気味なほどに完璧な笑みを浮かべるカイト。
その手には死神を連装させる
「マズい!」
咄嗟に後方へ逃げる。鎌の攻撃範囲外へと。
振られた鎌は空気を一文字に切り裂く。
「あ~あ。外しちゃった。残念」
俺はこいつをトラップ系のプレイヤーだと思っていた。だが違う。本当は攻撃タイプだ。操作系とトラップ系はサブスキルだ。
「僕はねぇ。キミを探して、探して……。ようやく見つけたンだよ!」
斬りかかってくるカイト。
その小柄さに似つかわしくない大きな鎌が異様な雰囲気を作っている。
マントをはためかせて近づいてくる。
魔剣を握っていた手が痺れている。それほど強く握りしめていたのか。
頭上を切っ先が擦過していく。
「くっ! なぜ戦う! お前はエンジョイ勢だろ!」
「ははは。そうだったね。そうだったよ! キミが殺してくれるまでは!」
歪んだ笑みで襲いかかってくる。
左腕で鎌の柄を抑え、剣を振るう。が、カイトは鎌を手放し、後方へと飛翔する。
見たことのない装備品だ。マントも、鎌も。どちらも恐らくレアドロップか、あるいは生産職の限定品だろう。
一般市場には出回っていない類の装備品となれば、それだけでも能力付与がされていてもおかしくない。
事実、ガラス迷彩のマントなどありえない。この”ピラミッド”自体が新規エリアなのだから。まだまだ未踏の地であることに代わりはない。
もちろん、ダンジョンもあるだろうが、こちらのPvPを行っているなら、そちらを探索している余裕などない。
「そのマントと、この鎌はいったいなんだ?」
手元を見ると、柄を握っていたはずの鎌が消えていた。
カイトの背中に鎌が移動している。
「まさか、持ち主のところに帰るなんて、賢い鎌だな……」
「ふふふ。これは攻城戦で手に入れた“魔女狩りの鎌”。持ち主に帰還するエンチャントが施されているから、楽だよね~」
クスクスと笑うカイト。
ふわふわと漂っていたカイトは着地する。飛ぶ、というよりは滑空に近いのかもしれない。
「このマントもレアドロップでね。フィールドPvPで得たものなんだ! いいでしょ?」
愉悦。子どもがプレゼントをもらって喜んでいるような顔をしている。
「これで、キミを切り裂いてあげるね。大丈夫。これで同じ腹を切られた者同士になれるよ」
何を言っているのか分からない。分かりたくない。
こいつは歪んでいる。
「なら、負けるわけにはいかない!」
ここで負ければ、こいつの歪みを認めてしまうことになってしまう。
それは俺にとっても、カイトにとっても、間違っている。
「お前は歪んでいる!」
床を蹴り、一気に距離を縮める。
「そうしたのはキミだ!」
鎌を振りかぶる。
「キミのせいで、惨めな思いをしてきた!」
鎌の攻撃範囲内に入る。
「だからキミを殺す! 僕が僕であるために!」
横合いから鎌の煌めく切っ先が見える。
「もっとだ。もっと近づかなくては!」
そうでなければ、魔剣”クロノス”の攻撃は届かない。
ふわりとした浮遊感とともに、さらに加速する。
「な、何……!?」
驚きの声を上げるカイト。
それもそのはず。今まで走る速度を抑えていたのだ。それを一気に解放した。つまり、今は最大加速状態。
カイトの目の前まで迫ると、鈍く黒光りするクロノスを突き刺す。
「ぐっ!」
痛みで呻くカイト。そして手をかざす。
魔法陣が展開し、火球が放たれる。
「クロノス!」
叫んだ瞬間、さらに加速する。
”速度上昇”のバフを多重がけしたのだ。そう簡単には捉えきれない。
とはいえ、
「扱う方も、キツイけどな!」
剣で背中を切りつける。
もはや、0か1しかない。立ち止まるか走るか。
一度走り出したらもう簡単には止まれない。速度を落とすこともできない。
カイトが苦し紛れに鎌を振るう。
一度完全に止まり、ほぼ直角に回避運動をとる。
「なっ! そんなのアリなのか? キミはいつも邪魔ばかりする!」
あの森林でのトラップ。あれはモンスターに対して使ったものだろう。対モンスター用の魔法だった。だから、俺への被害は少なかったのだ。
そう。邪魔をしたのは俺だ。
「だが、負けるわけにはいかない! 俺にはやらなければならないことがあるんだ」
カイトの周囲を駆け抜け、すれ違いざまに切りつける。
二度。三度と続く攻撃に業を煮やしたのか、カイトは
跳弾性能を持つ火球が辺り一面を炎の海に変えていく。
ステータス下に”高温”の状態異常が発生する。
こちらにマナはない。この剣に頼るのみ。
「お前は間違った」
一閃。
「俺たちのやっているゲームはSSFだ」
そう。公式でPvPを推奨しているようなゲームだ。
「お前がやるべきゲームは”ファーム・ファンタジア!”辺りだったんだよ」
カイトの鎌が俺の足を狙う。
跳躍。
足が切り落とされる。
慣性で宙に舞う俺は、狙いを定める。
剣を逆手に持ち替え、力をこめる。
「はあぁぁぁぁ!」
気合いを入れて、望む。
鎌を振るったカイトは、硬直時間が発生している。
カイトの頭上から襲いかかる俺。
かわしきれないと覚悟を決めたカイトは左腕をこちらに向け、魔法陣を展開する。
手のひら中央から放たれた火球は、俺の体を焦がす。
「さようなら。カイト」
彼の思いは分からない。でも、彼は間違えたのだ。
そして俺も。
カイトの頭を穿つ剣。
ダメージエフェクトが連続で発生し、次いでカイトは光の粒子となって消えていく。その時、カイトの唇は動いた。
――また裏切られた。
それが誰に対してなのか、なんに対してなのかは分からない。
だが、熱せられた鉛でも呑み込んだように、腹が熱く重たい気持ちになった。
胃が収縮し、回転しているかのような気持ち悪さ。
【You Win】
その言葉がなんとも素っ気なく、無甘味な響きか。
後味の悪い戦いだった。
もしかしたら、俺はどこかで道を間違えたのかもしれない。
オヤジの遺産。香弥に固執するあまり、何か、大切なものを置き去りにしているのかもしれない。
どうすれば良かったのだろう。どうすれば後悔のしない選択ができたのか。今の俺にはそれが分からない。
白塗りの控え室に転移すると、俺は近くの椅子に腰をかける。
ため息が漏れる。疲労だけではないだろう。
マスタングは、この世界を”ゲーム”とそう言い切った。
でも現実に折り合いのつかない人もいる。それを実感した。
そして俺がこれからやることも恐らく……。
『お疲れ様ですわ。コウセイ』
『お疲れ。康晴! 次が十回戦目! いよいよ最後だね!』
「ああ。そうか。次が最後か」
嫌な汗がどっと噴き出す。
『忘れては困りますわ。コウセイには何が何でも勝ってもらわないといけないのでしから』
『そんなこと言って。康晴。気にする必要はないよ! 気軽に行こう!』
二人の声が遠くに聞こえる。
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