第48話 雲海
控え室で休息をとったからと言って、精神が安定する訳じゃない。
現実問題として、香弥は待っている。
「状況は?」
『そうですわね。九連勝したプレイヤーは十人。その多くが休息中ですわ。それにリタイアしたもの。ログアウトしているものもいるわね』
「やはり手練れか」
『何々? どういうこと?』
「つまりだ。最後の一戦に備えて休息をとっているプレイヤーが多いのさ」
『じゃあ、康晴も休めば? 大変でしょ?』
「それはできない。香弥がいつ、他の誰かに捕まるかも分からないんだぞ!」
つい苛立ちから声を荒げてしまう。
『そ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない。私は心配なの。以前みたいに倒れるんじゃないか? って』
「ご、ごめん。確かに言い方が悪かった」
『コウセイ。何かあったの?』
「ああ。精神的に参ってしまって、倒れたんだ」
バツの悪そうに呟くと、シュティがガタッと音を立てる。
『そ、そんな無茶しないでくださるかしら!?』
シュティの本気で心配をしているのを聞いた気がする。
「分かっている。大丈夫だ。その証拠にPROギアの健康診断もクリアしている」
『確かにPROギアは脳波の異常も検知しているわね』
カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。
『ふーん。確かに脳波に異常は見られないわね。でも無理は禁物よ。いつどんな影響がでるか、分からないのだから』
『そ、そうだよ! 気負う必要なんてないよ!』
「ああ。そうだな」
そうは言っても次の試合で香弥の運命が決まるのだ。どうしても意識してしまう。
それにこうしている間にも、十連勝してしまう者が現れるかもしれない。
ボリボリと頭を掻き、消耗したアイテムの実体化と、インベントリの整理を始める。
『それにしてもジークさんは全く、活躍しておりませんわね』
『そんなことないもん! 私だって康晴の役に立っているもん!』
『あらあら? 具体的には何をしたのかしら?』
『G、Gpの譲渡とか?』
「なんで疑問形なんだよ。ちゃんと明言しろよ。Gpくれただろ。役に立ってないけど」
『うふふ。やっぱり役に立ってないじゃない』
『むむむ。で、でも私はリアルで康晴を助けているんだもん!』
やれやれと嘆息し、マッチングを開始する。
『ああ! 勝手に次の対戦始めているし!』
『あら。困ったわね。アタシもGpを譲渡しますわよ』
「おいおい。マッチング中にはメールやメッセは送れないぞ?」
『そうなの? メッセとかはどうなるの?』
好奇心旺盛な亜海が訊ねる。
「あー。戦闘開始後かな?」
【マッチングクリア。戦闘を開始します】
視界がかしぐ。
浮遊感がなくなり、地面に足がつくと、周囲を見渡す。
蒼穹の、空を浮かんでいるような感覚。
青い空がどこまでも広がり、白い雲が伸びている。
足下を見ると同じ雲の上に立っている。
「ああ。この雲にはあたり判定があるのか。じゃあ、あの雲にもあるのか?」
初期アイテムである薬草を雲に放る。
薬草は雲を突き抜けることなく、着地する。
うん? この場合は着地でいいのか?
まあ、いいや。着地で。
『聞こえますか? コウセイ』
「ああ。聞こえている」
『今、Gpを送信しました。受け取ってください』
「了解」
【シュティの100000Gpを受け取りますか?】
【Yes No】
Yesをタップすると、Gp画面が開き、一気に10万ものGpがなだれ込んでくる。
「おいおい。いったいいくら貯めていたんだよ……」
さすがに呆れるぞ。
『アタシだってコロセウムで無駄に戦ってきた訳じゃありませんわ』
「あー。シュティも上位者だったな。ありがとうな」
とは言え、この
恐らく、眼下に広がっている海は戦闘フィールド外。着水した時点でゲームオーバー。
つまり、相手を雲の外に押し出した方が勝つ。
雲から雲へと飛び移る。
「これ、高所恐怖症だったら、足が竦むだろ……」
比較対象がないからアレだが、高さはゆうに二千メートルを超えているだろう。
雲の高さは最低でも千三百だったはずだ。
どちらにしろ、落ちたら死ぬ高さだな。
リアルで考えると、空気が薄くなり高山病になっているだろうが、そこはゲーム。
しっかりと空気が吸える。息苦しさを感じることはない。むしろ開放感で溢れていて、自由に感じる。
だけど、
薬草を雲の
数メートル落ちただけで薬草は消耗エフェクトを発し、砕ける。
「やっぱり、この下は奈落か」
『状況は認識できたようですわね』
『何々。どうなっているの?』
「あー。雲の上にいる」
『わぁ~。まさにファンタジーだね!』
「しかも下に落ちると死ぬらしい」
『それは、怖いね』
「雲は数珠つなぎになっているわけじゃない。少しでも着地をミスると、あの世行きだな」
『こ、怖いこと言わないでよ。康晴は死なないよ』
「ははは。だといいんだがな」
これまでの戦闘でだいぶ消耗している上位アイテムも過半数を失っている。
キッと次の雲を睨めつける。
跳躍するとふかふかの、まるで布団の上に降りたような心許なさ。
着地した、という実感が薄い。
これではいざという時に踏ん張りが効かないじゃないか?
足の踏ん張りが効かないとつばぜり合いになった時や瞬発力が劣る。
ふとした瞬間にそれが足枷にならなければいいんだが。
「足場が悪いな。ふわふわしていて、踏ん張りが効かない」
『しかたないですわ。そういった仕様ですもの』
「ああ。分かっている」
『そうかな? 私的には足場は関係ないと思うけど』
「あのな、お前は弓矢と魔法がメインだろ? 武装がそもそも違うんだ」
『そうですわ。コウセイのような剣士には、地面の固さがなければ戦いづらいのですわ』
『へぇ~。じゃあ、弓や魔法を使う人が有利なんだね』
「ああ。そうなるな。それに呪術師や召喚師なども有利だな」
『アタシがそちらにいられたら、一瞬で氷漬けにして差し上げますのに』
「想像できてしまえるのが怖いな……」
苦い笑みを浮かべ、次の雲へ乗り継ぐ。
周囲を警戒しているが、未だに敵影は見えない。
「トラップ型も怖いな。どこに仕掛けてあるのか分かったもんじゃない」
『でも開けた視界なんでしょ? なら仕掛けているのを見つけられるんじゃない?』
「雲ごとに高さが設定されているからな。高い雲はよく見えないんだ」
『ええ。そうですわね。そうなると、高い雲に向かうのは危険かと』
「そうだな。だが、高い雲の方が見渡しはいいし、相手の動きも見える」
『それって危なくない? だって、目立つところに立つ訳でしょ? 下手をすれば相手に位置を知られるんじゃない』
「それが問題だ。”ピラミッド”ではいち早く、敵を見つけた方が有利になる。精神衛生上の観点から見ても、そうなるだろう」
『長期戦や見えない相手との対戦ほど精神の消耗はないですからね』
「ああ。そういうことだ。しかし、」
バトルフィールドが広大すぎるぞ。
今までの三倍はある。
さっきから警戒しつつも雲から雲へと移動を続けているはずなんだがな。
敵に出会うどころか、何もない。
高低差のある白い雲が広がるばかりのフィールド。
『見つからないの? 対戦相手』
つまらなさそうに呟く亜海。
まあ、そう思う気持ちは分かるが。
『あら。コウセイは辛抱強く探しているじゃないですか』
「あー。シュティ。何かのバグじゃないよな?」
『それはありませんわ。敵は必ずそのフィールドいます』
そういえば、”透明”というアビリティや特殊エンチャントのマントがあったな。
あれで隠れられたら、こちらに勝ち目はないぞ。
「参ったね。こりゃ」
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