第49話 雲海に飛ぶ炎

 蒼穹を流れる雲。

 その雲と雲を渡る人影一つ。

 俺は雲から雲へと移るが、未だに敵影は見当たらない。

 ”感知”の魔法は一定範囲内の敵しか見つけられない。この広大なフィールドではすぐに見つけるのは難しい。

 ならば、マナを温存しつつ、敵を探した方がいい。奇襲をかけづらいような開けた視界なのだから。

 雲に埋もれ人心地つく。体力を温存しなければ、この戦いに勝利はない。

 広大なフィールドゆえ精神が削れるような長期戦になる恐れがある。

「しかし、敵はどこにいるんだ? 相手も動いているだろうから、余計に見つかりづらいぞ」

『そいですわね。お互いに動いているとなると、いずれ出会うでしょうけど』

『でも、キレイな背景だね。そこで遊んでみたいよ』

「ん? 見えているのか? 亜海」

『うん。なんだか公式サイトとつなぐと康晴とその周辺が見えるんだよ』

『補足すると、三人称視点。つまり第三者の視点からの映像になるわ』

「ほー。そんな機能もあるのか。便利だな」

 思わず関心してしまう。

 コロセウムのような観客導入システムがないので、イマイチ盛り上がりに欠けると思っていたが、しっかりと代わりを用意しているみたいだ。

 しかも、こちらの手の内がバレないように、情報の共有ができないらしい。それに、こちらから観客の回線を切断することができる。今回はフレンドにしか入れない設定を使っているが、完全なシャットダウンもできる。その反対に、誰でも観覧自由にもできる。まあ、さすがはゲームと言ったところか。

「それにしても見つからないのは厄介だな。花火でも上げたくなるが……」

 トラップ系の魔法を使い、相手の反応から位置を特定する。

 よくやる手法だが、こちらの位置がバレるし、マナも消費する。それに広大なフィールドでは対戦相手まで届かないリスクもある。

 困ったな、と頭をガシガシと掻く。

『きます!』

「何!?」

 遠くに人影が見える。そこから火球が放たれる。

 それは真っ直ぐにこちらに駆け抜けてくる。

「ちぃっ! 遠距離魔法か!」

 火球が頭上を擦過し、上体を起こす。

「ひぇー。アブねぇ……」

 先ほどの人影を探すが、再び見えなくなる。

「くそ。雲がふわふわしているせいで意外と身を隠せてしまえるのか」

 喩えるなら、ベッドの上から掛け布団でガードするようなもの。しかもどちらも白い。

 視覚的な特徴を消されているせいか、反応がどうしても鈍る。

「マズいな。相手は遠距離系か。俺は接近戦が得意だからな」

『確かに、コウセイの技では難しいかもしれません』

『そんなことないよ。康晴ならやれるって!』

 怒りを滲ませる亜海。

『アタシはあくまでも、状況判断をくだしただけですわ。勝てないとは言ってません』

 整然と言い切るシュティ。

『でも負けるような物言いだったじゃん!』

『それはあなたの解釈の問題では? 理解力が足りてないのですわ』

『なにそれ? むかつくんだけど』

 はぁ。

 ついため息が漏れる。

 二人の会話を聞いていると、先ほどまでの緊張はどこ吹く風。

 雲に隠れているせいか、相手も迂闊に攻撃できないようだ。

 なにせ、遠距離系魔法の最大の弱点はマナの消費量にある。多用すれば、すぐに枯渇し、マナポーションに頼らざるおえない。もし、ポーションがなければ己の肉体で戦うしかない。

 相手が同じ魔法使いなら、五分の戦いになるかもしれないが、俺は剣士だ。正確には魔法剣士だが、主体は剣での攻撃になる。そんな奴を相手に素手で挑むバカはいない。

 少なくとも九連勝するような奴が、そんな初心者みたいなことをする訳がないのだ。

 匍匐ほふく前進で、ふわふわの雲の切れ間から顔を出し、周囲を覗う。

 敵影なし。

 さらに前進し、できるだけ接近を試みる。強襲ができるかもしれない。あるいは奇襲か。

 とにもかくにも、近づかなければ勝ち目はない。

『周辺に対戦相手はいな――』

 亜海の声が雑音に紛れ切れる。

「なんだ? どうした?」

【音声チャットによる不正行為とみなし、一時停止させていただきます】

 ポップアップで表示が現れる。

 なるほど。AI処理による不正の判断が起きたのか。

「シュティ。どうやら情報のリークは不正扱いらしい。気をつけてくれ」

『そのようね。どうやら、本当に観戦しかさせないつもりみたいね』

「それよりもそっちはどうなっている?」

『今、解析中よ。八十パーセントまで進んでいるわ』

「そりゃ良かった。頼むぞ。香弥の今後を」

『ええ。任せなさい。いつでも香弥さんを受け入れるよう、整えておきますわ』

 それにしても、なぜ魁は挑発するようなメールを送ってきたんだ? 俺に情報を漏らさなければ、香弥がここにいることは知り得なかった。

 まるで、奴の手のひらで転がされている気がして気持ち悪い。

 頭を上げ周囲を覗う。

 ゴウ。

 風が熱を運んでくる。その方向、後ろを振り向く。

 そこには火球を撃つ出す人影。

 その人影をよく見ると、白いフードつきのローブをかぶった中肉中背の女性アバター。フードと火球で顔ははっきりと見えないが、その銀糸にも似た長い髪は見えた。

 カーソルには”ミネルバ”と表示されている。

 火球が近づいてくる。

「く。かわしきれない!」

 剣で打ち返すと、火球は遙か彼方へ飛んでいく。

「くそ。沈め!」

 再び火球が飛んでくる。

 立ち上がり体勢を整えると、サイドステップでかわす。

 距離からして中距離魔法。さほどマナを消費しないので連発もできる。

 連続で襲いかかる火球をかわし、打ち返す。

「フィジカル・フル・バースト!」

 銀の敵は、前面に炎の壁を現出させる。

「おいおい! マジかよ! 全てを焼き払うつもりか!」

 ”フィジカル・フル・バースト”は火属性の魔法の中でもトップスリーに入るマナ消費量だ。その代わり、攻撃範囲は全ての魔法の中で一番。横幅最大100m。高さ最大300mの超大な炎の壁。中距離で使われたらまず回避する術はない。

 しかもこの魔法、威力が高い。通常の上位魔法の二倍から三倍はある。

「くそ! どうする!?」

 炎の壁が弾かれたように、飛んでくる。

 その速度は走るよりも素早く、だが矢よりも遅い。

「回避できないなら!」

 なら、ガードに徹するしかない。

 足下の雲に剣を突き刺し、刃のない広い峰を盾にする。

『コウセイ!』

 悲鳴に似た声を上げるシュティ。

 炎に呑まれていく。

 視界が真っ赤になり、HPゲージが削れていく。

 肌をチリチリと焼き、髪や衣服が燃えているような感覚が襲う。

 体が吹っ飛びそうなくらいの暴風。熱波。

「くっ。まだだ」

 HPを回復するSポーションを手にし飲む。

 体を満たす、甘い香り。

 HPが減少しつつも回復していく。そのせめぎ合い。やや回復速度が速いのか、100

食らう度に120回復していく。

 なんとか耐え忍ぶと、視界が開ける。

 先ほどのミネルバは消えている。

「くそ。隠れたか」

『大丈夫ですか? コウセイ』

「ああ。なんとか耐えた。しかし、相手に隠れられるとはな」

『困りましたわね。今頃、マナポーションをあおっているでしょうね』

「ああ。俺もそう思う」

 恐らくミネルバはマナポーションを最大数である三個、確保していたのだ。でなけば、消耗の激しい大技を、この局面で使う訳がない。

 切羽詰まった状況でもなかった。

 ただ距離をおきたい。それだけの理由で使えるのだ。

 状況は圧倒的にあちらが有利。

 こちらの攻撃範囲外から攻撃し放題なのだから。

「ははは。参ったね。こりゃ」

『コウセイも遠距離系の魔法で応戦してみてはいかが?』

「いや、無理だ。熟練度が違いすぎる。当たっても二桁だろう」

 それでは意味がない。

 マナの無駄遣いでしかない。

 どうするか……。

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