第50話 ミネルバ
困り果てた俺はとりあえず、雲に身を隠す。
再び、ミネルバの前に姿を晒すのは危険だ。
何せ相手は間合いのとれる魔法使いだ。俺の剣士タイプとは相性が悪い。しかし、懐に飛び込めば、あとは滅多打ちにできる。
まずは敵に近づくのを考えるべきだろう。なに大丈夫だ。相手もそう遠くに離れていないはず。
距離をとって遠距離からHPを削る。そんなところだろう。
だからこっちも相手の位置を把握する必要がある。
「”感知”」
小声で魔法を使うと、光の波紋が広がるモーションが発生する。その波紋は周囲に拡散し、消えていく。
近くに敵影なし。
つまり、感知の魔法の範囲外へ逃げたということ。
「マズいな。相手は離れた位置からも攻撃できる手段を持っているということか」
独りごちる。
攻撃範囲が広ければ広いほど、マナ消費量も大きくなるし、それを扱えるだけの技術がある証拠だ。加えて、マナが枯渇しないよう配慮をしているはず。
それらを踏まえた上で考えると、俺よりも高レベルで、スキル・アビリティともに優れている可能性が非常に高い。
九連勝したほどの腕前なら、無策で逃げる訳もない。
さらにこちらの位置を一瞬把握してから退く。あの動きに迷いがなかった。一対一の個人戦なら、先に迷った方が負ける。
せっかくの攻撃のチャンスを逃す。それなら思いっきりがいい奴が勝つ。向こう見ずなくらいが丁度いい。
それくらいでなければ、対戦そのものに向いてない。
感知圏内にいないことも確認したし、
「こういう時、ミリタリーのVRやっておいて良かったよな……」
『ミリタリーってなに?』
「おわっ! びっくりした……」
急に耳元で亜海の声がしたので、心臓が増える……じゃなかった。心臓が止まるかと思った。
当の本人は気にした様子もなく会話を続ける。
『ねぇ。ミリタリーって?』
「あー。基本的にガンアクション、戦車、戦闘機、軍艦とかの、広義的な
『へー。それでほふく前進とか呟いていたんだ』
「い、いいだろ。別に。独り言は精神を落ち着けるんだから」
恥ずかしくなり、つい口走る。
『あら? そんな研究結果がるのですね。うふふ』
こいつ! 絶対にそんな研究がないのを知っているな!
「さあ、調べている奴はいるんじゃないか」
テキトーに返し、周囲を警戒する。
『うふふ。コウセイの理屈ならアタシが話し相手になってあげますわ』
『ああ! ずるい! 私も康晴と話すんだから!』
「おいおい。今、最終局面ってこと、分かっているのか?」
緊張感どこいった?
『もちろん分かっていますわよ。でも気負うよりは肩の力を抜いた方がよろしいのでは?』
『そうそう。康晴はいつも一人で抱え込み過ぎるんだから』
「そ、そうか? 普通にしているつもりだが」
『それを普通と言えるのは康晴の性格なんだろうけど、それって損な性格だよ』
『確かにそうかもしれませんわね。アタシたちにも打ち明けていいのですわ』
”感知”
「いやいや。困ってないから」
『今まさに困っているのではなくって?』
『香弥ちゃんを助けるのは俺だー! とか思っているんでしょ?』
ぐうの音も出ない。
「ん? 感知圏内に敵影なし、か。どこまで行ったんだ。もしかして逆方向に逃げたのか?」
マズいな。相手の位置が分からない以上、こちらからの奇襲はかけられない。
『うふふふ。やっぱりお困りのようで。アタシのハッキング・クラッキングで救ってあげましょうか?』
「それは犯罪だろ。俺はそんな不正で勝ちたい訳じゃない」
『でもどんな手段を使っても勝ちたいでしょ?』
「それは……」
『香弥ちゃんを取り戻したいでしょ?』
「ま、まあ、そうだけどさ。でも犯罪は違くね?」
『うーん。そう言われると私的にはそうなんだけどね』
『あら? 先にクラッキングをかけてきたのはあちらですわ。こちらがしても問題ないでしょう?』
「その発言が問題だ。何時代の考えだよ。目には目を歯には歯を、って」
『ハンムラビ法典ですわね。紀元前1792年から1750年にバビロニアを治めていたハンムラビ王が発布した法典のことですわ』
「まさかのマジレス!?」
『ハンムラビ……ってなに?』
「おい待て。亜海は歴史の授業を受けていないのか?」
口笛が聞こえてくる。
誤魔化そうとしているよ。こいつ。
『そんなんじゃ、コウセイと同じ大学に行けませんよ? ジークさん?』
『なっ! そ、そんなの別に関係ないし!』
『あらら? せっかくアタシが家庭教師をして差し上げようと思いましたのに』
『なんであんたが家庭教師なのよ……』
『アタシはこう見えても、研究者ですからね。それなりに頭はいいのですわ』
『そっか……。そっか! お願いします。先生』
「で、シュティの歴史の成績はどうなんだ? さっきの話はネットで調べられる範疇だろ」
今度はシュティが鼻歌を歌う番だった。
『あー! この人、私をだまそうとした!』
「オマエモナー」
さらに移動したところで、”感知”!
光の波紋にヒット!
「見つけた! 家庭教師の話はあとだ! 一気にたたみかける!」
意外と近い。相手もこちらの気配に気がついた様子はない。
立ち上がると低姿勢のまま雲の切れ間を飛び越える。さらに駆け抜け、鞘から剣を引き抜く。
放たれた矢のごとく、ミネルバの背後をとる。
「勝ち取ったり!」
剣を横薙ぎ、一閃。
煌めく光の粒子を纏った剣は、その軌跡は過たずミネルバの手を切り裂く。
「くっ! やるわね! でも!」
地面に投げつけた二つの玉。
「しまった! 閃光玉と煙玉か!」
閃光が視界を奪い、煙が辺りを覆う。
”ブラインド”と”スモーク”のデバフがかかる。
時間にしておよそ十秒。幸いにも”覇者の指輪”で効果時間は短い。
HPゲージがみるみる削れていく。
視界を奪われる前を思い浮かべ、ステップを踏む。一歩間違えれば、雲の切れ間から転落。ゲームオーバーだ。
いくら近いとはいえ、ミネルバも攻撃をあてづらいだろう。
視界が開けると、ミネルバは離れた位置から火球を放っている。
なんとか、かわせていたみたいだ。
でも、
HP:520/9304
か。
マズいな。視界を奪われた時にだいぶ持っていかれた。
「なんて堅さなの……」
「世の中にはもっと硬い奴もいるんだぜ?」
ユウなら、この程度の攻撃防いでいるのだろうな。
何せ、最大HPが二万超えているんだから。
ミネルバの火球を無視し、ジグザクに接近を試みる。
「そうはさせないんだから!」
火球が追尾してくる。
「くそ! 追尾性能か!」
逃げるように、雲から雲へと飛ぶが、未だについてくる。
「金魚の糞みたいにしつこい!」
ポーチから薬草を取り出し投げつける。
火球は薬草に触れると爆発し爆煙を残し消える。
「まだよ!」
両脇から火球が迫る。
「あらよっと!」
俺は剣を垂直に突き刺し、その柄を支えに逆立ちする。
下で火球同士がぶつかりあり爆発する。熱波に襲われHPが削れるが直撃よりはマシだ。
「そんな、まさか……!?」
降りると剣を持ち替え、一気に距離を詰める。
我に返ったミネルバは火球を放ち続ける。
通常弾に交ぜて追尾火球を撃つあたり、いやらしい先方だ。
でも、
「見切ったぞ。黄色い光なら通常弾。オレンジなら追尾性能だ!」
「なっ! この一瞬で見極めたというの!?」
ミネルバの顔には焦りの色が伺える。
「おいおい。この程度で全力かよ。正直、期待外れだ」
これなら、今まで戦った奴らの方が強かった。
最後にしては呆気なかったな。
ミネルバの懐に飛び込む。
剣を振るう。
悲鳴を上げる間もなく、ミネルバの四肢は散る。
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