第12話 二つ名
「さてと。おれたちも攻城戦に備えておくか……」
ユウが立ち上がるのを見ると、リリィとバウも立ち上がる。
「おっしゃ! 腕がなるぜぃ!」
「えへへへ。楽しみだな~♪」
三人がカフェを出るのを見届けると呟く。
「”炎の反逆者”か」
「え。何それ?」
「あの三人組の二つ名だよ。まあ、今回の攻城戦は五人以上のパーティであるのが条件だったから、こちらの二人組と利害が一致したんだろう」
「へ~。あの人たちってそんなあだ名があったんだ」
ストローでメロンソーダをかき回すジーク。
「でも、なんだか怖いあだ名だね。炎の反逆者、なんて」
「二つ名なんてそんなもんだぞ? そもそも
「ふーん。でもあの子は怖いなー」
「あの子?」
「うん。リリィだっけ? あの緑色の髪をした」
「そうか? 俺は普通のゲーマーに見えたけどな……」
確かにエンジョイ勢からしてみれば、ガチ勢は怖いのかもしれないが。
「俺もガチ勢なんだけどな……」
怖くみえるのだろうか
カフェを出て、宿を目指す。
「そろそろログアウト時間だな」
「それじゃあ。また一時間後かな」
どん。
誰かにぶつかり、尻もちをつく。
「いてて。すまん」
「あん。てめーは……」
視線を上げると、そこには短い赤髪の男が眉をひそめている。
「マスタング……」
「おい! てめーっ!」
マスタングは俺の胸ぐらを掴むと、高く持ち上げる。
「なんであれ以来、コロセウムに参戦しない! オレはずっと待っていたんだぞ! てめーと戦えるその日をよ!」
「い、いや。俺はこれから攻城戦の準備があるから……。コロセウムにはしばらく参戦できないんだ」
「攻城戦? ああ。あの実装予定の……。待てよ? てめーは……そうか! そりゃ楽しみだな!」
マスタングは高笑いをし、雑踏の中に消えていく。
「なんだったんだ? 今のは」
「さ、さあ。でもそんなに悪い人じゃないかも?」
「おい。俺の胸ぐらを掴んだの、忘れたわけじゃないよな?」
明らかに攻撃の意思があっただろ。それで悪い人じゃない、というのもおかしな話だ。
なんだか亜海が何をもってそう言っているのかが分からない。
「それで? 上がったレベルで何をするつもりなんだ?」
現実世界で、俺はカルボナーラを作りながら、訊ねる。
「うーん。Gpも貯まったし、弓スキルの強化もいいかな~?」
「でも攻城戦だと、建物内部での戦闘もありえる。遮蔽物が多い上に、天井も低い。戦いにくいぞ?」
弓というからには、その軌道も弓なりになってしまうのだ。となれば、放物線を描き、天井に突き刺さる場合もある。
「じゃあ、別のスキルを取得して育てる? それともサブで使っている魔法スキル上げる?」
「おい。さらっと大切なことを言うな。魔法のスキルがあるなら、それを強化したらいいじゃないか」
弓は遠距離の物理攻撃に属するが、魔法は遠距離の特殊攻撃に属する。硬い鎧ですらも貫通するその性能は確かなものがある。一方でマナの消耗が激しいことや、大技が多いため多人数相手には不利になる。
「魔法はDPSあたりのダメージ量が少なめだからな……。ソロでは厳しいが」
「でぃーぴー……何それ?」
「1秒あたりのダメージ量……。連射のできる弓だと、一発一発の威力が低くても積み重ねると大きなダメージになる。一方で、魔法は一発の威力が大きいが、連射できない」
「あー。なんとなく分かった。毎日コツコツと勉強する康晴が弓で、私のような一夜漬けが魔法なんだね!」
「間違っていないが……。いや、ちゃんと勉強しろよ……」
「それよりもできた?」
「もうちょい」
「そっか、いい匂いがするからできらのかと思った」
亜海は俺の家のソファで寝転び、女性向け雑誌を読んでいる。
ちなみに服装がラフな恰好で、Tシャツと短パンだけ。うっかりすると大事なところが見えてしまいそうだ。
おっと。いかんいかん。煩悩よ、滅せよ!
夕食のカルボナーラを二人で食べる。
「でも大変だね。康晴のお母さんも……」
「ああ。母の手一つで育ててくれているからな。稼ぎもけっして多くないし。それよりも亜海は自分の家はいいのか? 確か家族旅行だろ?」
「いいよ。毎年行ってたし。それにキャンプ苦手だもん」
「ああ。虫がいっぱいいるもんな」
「そうなの! 虫がうじゃうじゃ飛び交っていて…………食欲なくなった」
「自分で言い出しておいて……、ゆっくりでもいいから食べろ。しっかり食べないと胸も育たないぞ?」
「いいもん! 胸はアバターで大きくできるし!」
あれ? いつの間にかゲームに毒されているぞ? 誰のせいだ?
そう言いつつ、カルボナーラを口に押し込む亜海。
もっとキレイに食べて欲しいなー。
「しかし、俺の家に泊まるのをよく許してくれたな。オヤジさん」
若い男女が一つ屋根の下なのに。
「ん? 康晴の家なら安心だろって」
オヤジさん。俺のことを信じて
「だってヘタレだし。だって」
一瞬でもオヤジさんを信じた俺がバカだった。
夕食を終えると、ゆっくりと風呂に浸かる。
「ふぅ~」
体の芯から暖まり、ため息が漏れる。
疑似人工脳。
それらしい論文を手当たりしだい探してみたものの、見つからなかった。
シュティの言っていたのは本当の話なのだろうか? それとも、あの言葉じたいが嘘?
人間の脳を一から作り、電脳世界――コンピュータレベルに落とし込む。
そんなの絵空事だ。
人間の脳は複雑かつ個体差があり、その解明と複製は不可能とされている。
現代技術でも、再生医療で回復が見込めるのは躯にある臓器や目までだ。神経系の再生まではできない。
しかし、オヤジが脳科学の最先端をいっていたのも事実で、現に何度かニュースで話題にもなった。
俺も、母も捨てたおの男のことを許せなかった。だからニュースで取り上げられていた時も極力見ないようにしてきた。
あの時、ニュースを真面目に聞いていれば、何かしらの手がかりになったかもしれない。そう思うと、逃げずに向き合うべきだった、と今さらながらに後悔する。
ぎぃ。
「やっほー! 康晴いる?」
「待て待て! いる? じゃねーよ! いたら問題だろ! てかいるし!」
慌てて大切な部分を隠す。
ここは風呂場なのだ。俺はすっぽんぽん。そしてなぜか亜海はタオル一枚。
「やぁ~背中でも流そうじゃないか~」
「何それ!? 超展開なんだけど! 現代の父親ですら、そんなことしねーよ!?」
父親。
その言葉に鈍痛を感じ、顔をしかめる。
「ほら。また暗い顔している……。そんなんじゃ、私心配になっちゃうよ」
「何が目的だ? 痴女」
「ち、! 何言っているの! 昔から一緒に入っていたじゃない!」
「子どもの頃な! 幼稚園くらいの話を持ち出すなよ。ラノベかよ……」
亜海がアホすぎて、呆れかえる。
「いいじゃん。康晴はモテないんだし」
「うぐっ!」
今までのゲームの中で一番のダメージだ。いや、ここは現実世界だけど。
「このまま康晴を好きになる人が現れなかったら、私がもらってあげるよ?」
「そう言いつつ、お前は結婚してそうだな」
鼻で嗤うと、亜海は不機嫌そうな顔になる。
「そんなことないもん。私、そんな軽い女じゃないよ?」
「いや、裸で風呂に侵入している時点で、説得力ゼロなんだが……」
「ばか」
「え?」
「バカッ――!」
タオルを投げてくる亜海。
「待て! そんなことをしたら――」
隠していた布がなくなる。その言葉を発する前に、亜海はその裸体を晒してしまった。
仮想世界に飛び込み、攻城戦用の城を眺める。
「なんなんだよ。さっきの……」
明らかに亜海が悪いのに、なんで俺が叩かれなくちゃいけない。
痛みのひいた頬を撫でる。
「さて。いくか」
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