第53話 二人の視線

 ”ピラミッド”最上階に行くとクリスタルで覆われた香弥が眠っている。

 これから彼女を奪うのがシュティの役割。

《これより優勝者インタビューを開始したいと思います!》

 テンションが高いアナウンサーが近寄ってくる。

 マイクを差し向けられると緊張感が増す。

《初の十連勝、いえ十一連勝した今の気持ちはいかがでしょうか?》

「え、ええと。はい。すごく嬉しいです」

『もっと朗らかに!』

『大丈夫よ。ニコニコしていなさい』

 二人の声がうっとうしい。耳元で騒ぐもんだから、耳がキーンってする。

 いや、それよりもシュティ。ダウンロードはうまくいっているんだろうな?

《すいません。もう少し肩の力を抜いてください。しょせんゲームですので》

「は、はい」

 まさかのダメだし!? アナウンサーからもダメだしされるとは思ってもみなかったぞ!

《えー! では勝つ秘訣などありましたら、教えて頂きたいのですが……?》

「それは難しい話ですね。まあ、俺の場合はスキルとアビリティ、ステータスの組み合わせを鑑み、その上でショートカットキーやアイテムで調節していますね」

《なるほど! これは全プレイヤーの参考になる話ですね! では最後にこの勝利を誰に一番伝えたいですか?》

『私だよね?』『いいえ。アタシでしょう? コウセイ』

「伝えたい相手ですか。それなら妹の香弥です」

『なんでそうなるの!?』『アタシだって頑張っているのにぃ!』

《へぇ~! 妹さんですか! いいですね! 仲が良くて!》

 朗らかに笑うアナウンサー。

 まあ、その香弥なら後ろで寝ているけど。一種のコールドスリープなのだろうか? ぴくりとも動かない。もともとデータ上の存在なのだから、プロテクトなどで意識を閉じ込めることもできるんだろうけど。

 それにしてもどうにかして解放してやりたいよな。

《それでは優勝賞品の授与に移りま~す!》

 アナウンサーの隣には仙人のような老人が立っており、いかにも重々しい雰囲気を醸し出している。

「それではこれより優勝賞品の”銀砂ぎんさつるぎ”を贈呈します!」

 銀色に煌めく切っ先を持った一振りの剣が空中から修験する。

 天から降り立ったそれを、俺は引き抜く。

「おおっー!」

 観客から一斉に声が上がる。

 剣格けんかくには赤いルビーのような宝石が埋め込まれており、柄にも精緻な彫刻が施されている。

 一振りしてみると、銀色の粒が舞う。

「軽いな……」

 非常に軽い。まるで鳥の羽でも持っているかのようだ。

 その光景に息を呑む観客たち。キレイ。かっこいい。様々な声が聞こえる。

《これにて優勝の義を閉めさせて頂きます! ご視聴ありがとうございました!》

 視界が揺らぐと同時に香弥が転移する。

 気がつくとピラミッドの前に立っていた。

「……終わったのか?」

 すぐにインベントリを開くと、そこには先ほどの”銀砂の剣”が格納されている。

 性能は”クロノス”とほぼ同等。ただエンチャントに違いがある。

「切り払う度に砂が舞う……か。中々に面白い性能だな」

 優勝トロフィーを確認すると、音声チャットを確認する。

 まだシュティとは繋がっている。

「シュティ。ダウンロードはうまくいったか?」

『ええ。アタシほどの技量を持ってすれば容易いですわ』

「ははは。そうは思えなかったけどな」

『康晴。そろそろ休息時間だよ? 戻ってきなよ』

『そうですわね。話ならリアルでもできますし』

「ああ。ちょっと待ってくれ。宿屋でリスポーン地点を設定するから」

 確か砂漠エリアにも街があったな。宿屋もあるだろう。



♦♦♦



《えー! では勝つ秘訣などありましたら、教えて頂きたいのですが……?》

「それは難しい話ですね。まあ、俺の場合はスキルとアビリティ、ステータスの組み合わせを鑑み、その上でショートカットキーやアイテムで調節していますね」

《なるほど! これは全プレイヤーの参考になる話ですね! では最後にこの勝利を誰に一番伝えたいですか?》

「伝えたい相手ですか。それなら妹の香弥です」

 遠巻きに見える彼の姿は輝いて見えた。

 わたくしもそうなりたいと、そう思うほどに。特に銀色の粒を煌めかせる姿はそれだけで異彩を放っていた。

 瞳に宿っている炎も一層、わたくしを駆り立てる。

 装備品を操作すると、すり切れたマントが解除され、銀色のロングヘアーがさらりと風になびく。

 着ている服は青と白を基調としたドレス風のもので、ステータスよりも見た目重視だ。

 エメラルド色の瞳が鏡に映る。

「うふふふ。先ほどの男性にもう一度会えないかしら?」

 剣を腰に携え、アリアは近くの街に向かう。



♥♥♥


《へぇ~! 妹さんですか! いいですね! 仲が良くて!》

 朗らかに笑うアナウンサー。

「妹か~。ボクにもいるな~」

 見た目は完全に女の子。だがその語り口調はどこか少年っぽい。SSFでは性別を偽ることができないので、アバターと同じ性別なのだが。

 髪は金糸のようにキラキラと輝く髪。肩に届かないくらいのショートヘア。斜めに切りそろえられたそれは動きやすさを重視してのことか。

 顔立ちは中性的。緑色の上着に白いパンツでさらに中性的に見える。胸も小さく全体的に小柄な少年風情をしている。

 口の端をつり上げ、映像に映る”コウセイ”とやらを注視する。

 どこか見たことのある姿。それもそのはず、同じ学校なのだから。

 これはボクにもワンチャンあるかな?

 くくくっと笑い腰に剣を実体化させる。

 飲みかけのココナッツミルクをゴミ箱に放り捨てる。VRゲームの現実味が、返って現実をフィードバッグさせている。本来なら仮想世界なのでポイ捨てをしても問題ない環境なのだが、それが現実に悪影響を与える。とのことで、リアルの常識をゲームに落とし込む形になった。

 SSFではポイ捨てをするとペナルティとして罰金が発生し、良識がマイナスポイントになる。最悪、二度とログインできなくなるので、ほぼ90%のプレイヤーが守っている。

「さてと、ボクも彼に会ってみるかな? 面白そうだし♪」

 攻撃的な笑みを浮かべたミネットは近くの街へ駆け出す。



♣♣♣



 砂漠の街に辿り着くと、皆からの視線が痛いほどに突き刺さる。

 無理もない。

 先ほどのピラミッド戦と、その優勝を見ていたのだろうから。

 今、銀砂の剣を手にしているのは俺だけだ。この運営からして、数ヶ月後には正式実装するとは思うが、先駆けて手に入れるのは単純に羨ましがられる。

 中にはそれ目当てでPvPを挑んでくる者もいる。

 とはいえ事実上、このサーバー一番のプレイヤーと見做されており、迂闊に手を出す奴は少ない。

「すいません。わたくしとPvPしませんか?」

 青と白を基調としたドレスの女の子が話しかけてくる。

「え? 俺と……?」

 つい先ほどまで思っていたことが覆った。いや、単純にバカなのかもしれない。あるいは、これ狙いでピラミッドに参加していなかったか。

「何が目的だ?」 

 ゴクリと唾を呑み込む。ともすれば、戦闘状況に入る。だが彼女は、

「いえ。ただお近づきになりたいだけですよ。わたくしの名はアリア」

 うふふ、と不適な笑みを浮かべる女の子。

「ならボクは観戦といこうか。ボクの名前はミネットさ!」

 後ろを振り返るとそこにはボーイッシュな女の子が立っていた。

 この二人、仲間か? 一人では倒せないと踏んで二人で攻めてきた? ならなぜPvPなのか。一対一で戦うメリットがない。

「そっちのミネット。お前は何が目的だ?」

「ボクもそっちの子と同じさ。友だちになりたいだけだよ」

 だが、こちらにも笑みに陰りがある。

 どうする? 何を企んでいるのかも分からない。もしかしたら魁の手先という可能性もある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る