第54話 香弥との対面?
どうする?
後ろにはミネット。前にはアリアがいる。
額に汗が伝う。
【四時間のプレイ時間を確認しました。今すぐに休息をとってください】
「……は?」
【SSFを強制終了します。なお現時点でのデータは一時的に保存されます】
あれ? もしかして仮想世界にいすぎた?
【一時間の休息ののち、またのご利用をお待ちしております】
淡々とメッセージが流れる中、視界が暗くなる。
揺さぶられるような感覚のあと、俺はPROギアを外す。
「あ! お帰り康晴。今シュティさんから連絡があって、香弥ちゃんと会えるそうだよ」
「ほ、ホントか!?」
前回はガチガチにプロテクトがかかっていて、香弥とは一切会話ができなかった。
なら、いきなり解凍ができているのはなぜだろう。
とにもかくにもシュティの研究所に行ってみれば分かることか。
「よし。さっそく出かけよう」
「うん! 香弥ちゃんと会えるの楽しみだね!」
鼻歌交じりに亜海は一階に向かう。
亜海が出ていったあと、軽く支度を調える。
「ほら。行くよ」
俺と亜海は一緒に研究所に乗り込む。
研究所は嫌に静けさを保っていた。
全体的に白塗りの壁や天井と相まって病院を連装させる。
シュティとの連絡は済ませてある。受け取ったメールを手がかりに研究室を探す。
「ええと。Bの032はどこだ?」
「ここがDだから、もう一つ先のブロックだよ」
研究所ということもあり、よそ者にとっては迷宮みたいだ。いっそ、こっちがゲームなんじゃないか? とさえ思う。
Bー032
「あった。ここだ。うん。間違いない」
「同じような部屋が多いからわかんなくなってきちゃったね」
俺はドアをノックすると、中から「はーい」とシュティの声が聞こえる。
ドアを開けると、俺と亜海は恐る恐る入る。
「し、失礼します……」
「よく来たわね。歓迎するわ。コウセイ。亜海さん」
『こんにちは! 亜海お姉ちゃん! それに康晴お兄ちゃん!』
シュティ以外の声に驚き、そちらへ目を向ける。
そこには大型のモニターがあり、そこには見覚えのある、当時の香弥の姿が映っている。
『す、すいません! 驚かせてしまって……。でもお兄ちゃんに会いたかったの』
「香弥……?」
『はい! 香弥です!』
長い髪を靡かせ、淡い水色のワンピースを着た彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべ敬礼をする。
「この子があのアバターから復元した金剛型AIよ。正確には完成形ではないけどね」
「……でも、どこか本当の香弥とは違う雰囲気なんだけど?」
「言ったでしょう。完成形ではない、と」
「つまりどういうことなの? 香弥ちゃんはどうなっているの?」
「本来なら、AIというものは様々なシミュレートを行って、経験を積み重ねていくことで成長するのだが、この子はSSFでの偏った知識を得てしまった」
「それで雰囲気が違うんですか?」
「恐らく、死んだ時からの数年間をSSFなどのVRゲームで情報を蓄積してきたのでしょうね」
唖然としてしまう。ここ数年ずっとゲームの中に閉じ込められていたか?
「香弥さんには適切な教育がなされていないわ。だから、そのためのプログラム開発を依頼しているところよ」
「依頼。信用できるのか?」
「ええ。アタシと同じ研究チームよ。そもそも瀧士博士の下でともに研究していた昔なじみよ」
まあ、魁もその一人だけど。
気になる言葉を残し、シュティはパソコンに向き合う。
「なんだか変わっちゃったね。香弥ちゃん」
亜海はずっと香弥と会話していたのか、戸惑っている。
「これから正しい教育を受けさせるそうだ。そのためのプログラムも開発中だそうだ」
「それまではあなたたちが香弥さんの面倒を見てあげるといいわ」
手招きをするシュティ。
俺と亜海は顔を見つめ合わせ、パソコンに近づく。
「それにしてもやけに静かですね。他の職員はいないんですか?」
「今日は休日よ。研究者といえど、休みくらいはあるわ。それにここは生物系や環境系と違ってネットワークセキュリティやプログラム、AI。つまり電子工学が専門なの」
「だから、電子化された香弥についても詳しい、と」
「ええ。とりあえず、こちらのパソコンにあなたたちのスマホを接続してちょうだい」
言われるがまま、スマホとパソコンをブルートゥースで接続する。
「これから、とあるアプリをダウンロード、インストールしてもらうわ」
スマホ画面に【Test003をダウンロードしますか?】と表示される。
逡巡したのち、タップするとダウンロードが開始される。
【ダウンロード終了まで三十分】と表示される。
「ながっ! こんなに重いアプリなんてあるんですか?」
「目の前にあるじゃない。それにそのアプリはクラウドで香弥さんとつなぐためのアプリよ。セキュリティ強化とバックアップの都合上、多少重くなったのは否めないけど」
「いや、多少の領域を超えてますよ。それに香弥と連絡、というのはどういうことですか?」
「つまり香弥さんとの会話で一般常識や知恵を身につけて欲しいと思っているわ」
「はぁ……」
あまり気乗りしないな。というのもよく分からないからだ。
「俺たちが会話するだけでどうにかなるものなんですか?」
「そうよ。私たちはそんなにたいそうな人間じゃないよ」
「大丈夫よ。むしろあなたたちにしかできないわ」
続きを促すように訝しげな視線を投げかける。
「あなたたちは一番近くで香弥さんを見てきた貴重な存在よ。つまり、あなたたちが思った香弥さんに近づけるしかないの」
「は、はぁ……。分かったような、分からないような……」
俺たちのイメージする香弥に近づける。そう言われても、実際のところ香弥がどれだけ自分の本心を話していたのかは分からないし、何より一緒にいた期間が短い。
「喩え、十年くらいでも意味があるんですかね?」
「ええ。それで十分よ。それより先は教育プログラムの出番だから」
「そういうものなの……? 私、詳しくないけど香弥ちゃんはずっと閉じ込められているんだよ? きっとこれからも……」
俺も思う。結局、香弥は電子の世界でしか生きられないのだ。これを
何せ、当の本人はとっくに故人になっているのだから。
「……オヤジが伝えたかったことってなんだろう」
何気なく呟いた言葉が、長い沈黙を生む。
誰も応えることのできない内容。もう死んでしまった者の声は、応えは聞けないのだから。
ダウンロードが終わると俺と亜海は研究所を後にする。
「なんだかおかしな話になっちゃったね。香弥ちゃんを昔みたいに戻す、なんて」
「ああ。でも今の香弥は少しおかしい。もう少し落ち着いた感じで、でも甘えん坊だった」
亜海は目をぱちくりとさせる。
「随分、覚えているんだね? もしかしてシスコン?」
「ば、バカ! そんなんじゃねーよ」
少し早歩きにし顔を隠す。後ろでクスクスと笑う亜海が気になるが、今は無視だ。
家につくとスマホを開く。
新しいアプリ”金剛の部屋”が追加されている。アプリ名は自分で決められるらしいが、”香弥”を使うのに抵抗がありすりあわせていった結果。この名前に落ち着いた。
タップしてみると、そこには香弥の姿が映る。
『あ! お兄ちゃん! さっそくアクセスしてくれたんですね! ありがとうございます!』
「敬語はやめてくれないか? ホントの香弥はもっと自然体で話していた」
一番の不自然さを指摘する。
『そうですか。そう、だね。昔はそう話していた気がしま……しるわ!』
「おい。語尾が迷子になっているぞ」
苦笑が漏れる。
「まあ、おいおいだな。少しずつ直してくれればいいから」
『はい! お兄ちゃん』
やっぱり違和感がある。
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