第55話 テストとネビュラと親子丼

「うへぇ~。明日からテスト期間か~」

 誰かがそう嘆く。

「俺もテストは嫌いだな。今はVR使って職業体験・訓練を行っている時代だし、もういらないんじゃないか?」

「そんなこと言って、勉強は学生の本分でしょ? 康晴」

「そんなこと言って、今は何を読んでいるんですかね?」

 俺の目には亜海がファッション雑誌を読んでいるようにしか見えない。

「いいじゃない。私は普段の授業で覚えるタイプなんだから」

「俺のような一夜漬けではないもんな。どうしてそんなに集中力が続くんだか……」

 呆れた気持ちで亜海を見る。

「それはこっちのセリフ。ゲームだとあんなに集中できるのに、なんで勉強は無理なのよ。一緒じゃない」

「違うだろ。色々と。それに俺は体を動かすのが好きなんだ」

「でも一流の野球選手やサッカー選手は頭も使うじゃない」

「それとこれとは別問題だろ。俺は直感派なんだよ」

「いつも仲よさそうですね。志摩しま 康晴くん。それに麻倉 あさくら亜海さん」

 どこかで聞いたことのある声が耳朶を打つ。

北沢きたざわさん。どうしたの? 何か用?」

 明らかに不機嫌な顔色になる亜海。

 北沢麻衣まい。このクラスの委員長で真面目かつしっかり者だ。生徒会の書記もやっており、俺のようなゲームオタクとは無縁の関係にある。……はず。

「何か提出物の忘れものとかあったっけ? 北沢」

「いいえ。別になんの問題もないよ。ただ楽しそうだったから」

 クスクスと笑う北沢。

 俺と亜海は互いに視線を合わせ、怪訝に思う。

「ところで志摩くんや麻倉さんは”ネビュラ”って知っている?」

「ネビュラ? 確か英語で、翻訳すると”星雲”の意味だったな……。それがどうかしたのか?」

「いえ。知らないならいいよ。じゃあわたしはこれで失礼」

 そう言い残すと北沢は普段会話しているグループに溶け込んでいく。

 ”ネビュラ”

 どこかで聞いたことがある気がするが、今はそれどころではない。

 北沢が去ったことでようやくアプリを立ち上げられるのだ。

『やっと授業が終わったのですね! お兄ちゃん!』

 このやけにテンションの高い、敬語を使う妹に教育をしなくてはならない。

「やっぱり変わらないね。口調」

「ああ。それに弾んだような声を上げるのも」

 アプリは俺と亜海、そしてシュティがチャットする感覚で会話ができる。単純に言うと音声チャットだ。ただし、香弥だけは常時ログインしているという。まあ、電子世界から出られないんじゃ仕方ないが。

『先ほどの授業、全然分かりませんでしたぁ!』

「そりゃそうだ。俺たちは高校だが、香弥は小学校で止まっているんだから」

「そうよ。無理して聞いている必要はないの」

 イヤホンをして、周囲には香弥の声が漏れないように注意する。もし見つかった場合には”バーチャルYouTuberユーチューバー”と言うように取り決めてある。それほどの重要機密でもあるのだ。

「そう言えば、香弥はどこまで覚えているんだ?」

「あ。それ私も気になっていた」

『どこまで、ですか? うーん。お父さんとお母さんが離婚するあたりでしょうか?』

「となると、十歳くらいの記憶だな。参ったね。随分と昔じゃないか」

 とはいえその後、俺と香弥はほとんど会っていない。年に数回くらいだろうか。それでもあまり性格が変わることなく、事故に遭って死んだ。それがこうして会話をできているのだから不思議だ。

 記憶に関して言えば、俺の誕生日や好物などの簡単なものから、九歳の誕生日の思い出といったピンポイントな内容もしっかりと覚えていた。

 むしろ、俺が忘れていた記憶すらも覚えていた。そこはやはりAIと言ったところか。

 しかし、この数年の出来事が彼女を変えてしまったのだろう。PvPありきのゲーム内で学習・蓄積させていった情報。それらが言葉遣いや人格に影響を与えている、と。

 少なくとも、オヤジは香弥の十歳前後の記憶を電子化を現実のものとしたのだろう。その技術を欲している研究者が多いと聞く。シュティもその一人だ。

 故に重要機密。

「でも困ったよね。毎日の会話で本来の香弥ちゃんを取り戻せるのかな?」

「それは俺も思っていた。ただ会話しているだけでいいのか? と」

 眉根をよせて、香弥を見る。前髪を気にしている。

 そもそも香弥と呼んでいいものか? 正確にはこの子は香弥の記憶のコピーでしかない。人格が変わってしまった今、そのくらいの認識しかない。だから戸惑ってしまう。

『そう言えば、先ほどのお姉さんが言っていた”ネビュラ”の情報をご所望ですか?』

「え……! 知っているのか?」

 驚きのあまり声が大きくなる。近くの同級生の何人かが振り向くが、電話か音声チャットでもしているのだろうと、すぐに自分たちの世界に戻る。

「ネビュラを知っているの? 香弥ちゃん」

『香弥の中に蓄積されたデータによると、ネビュラはとあるギルドの名前ですね。女性四人。男性二人の計六人のパーティです』

「それだけじゃよく分からないな。そもそも、ネビュラなんて名前をつけたがるプレイヤーは多いからな」

「そうなの?」

「ああ。かっこいい名前にしたくて、そうなると星に関係することになったりするんだよ。で、ネビュラはアニメなどでもよく使われる類の言葉だ」

「ふーん。安直な感じでつけたんだね」

「それはお前もだろ? 亜海、いやジーク」

「そ、そっちの名前で呼ばないでよ。ゲーム中じゃないんだから」

 亜海は、俺がよくつけていたプレイヤーネーム”ジークフリート”から”ジーク”とつけた。そっちの安直さも大概だろう。

「で、でも康晴なんてそのまんまじゃない」

「ああ。香弥と出会うにはこうするしかなかったし……」

 とはいえ、けっきょく俺から見つけたんだけどな。まあ、シュティの情報あってこそか。

 しかし、なんでシュティは香弥の居場所を知っていたのに、俺を頼ったんだ? その情報をリークする意味は? 何か裏があるんじゃないか?

「康晴。怖い顔しているよ」

「ああ。すまん。少し考えごとをしていた」

 亜海は心配そうな顔を向けてくる。

「香弥ちゃん。違うもんね……」

 どこか感傷的に言う亜海。

 さっきの思案をそう捉えたのか。俺が今の香弥を受け入れられない、と。確かにそれもある。あるが、シュティの行動にも不安を感じている。

 香弥がAIなら、プログラムの書き換えや削除によって対応するのが普通じゃないのか?

 今度シュティに会ったら聞いてみるか。


 家に帰ると、久しぶりにのんびりと過ごした。

『今日はゲームしないのですか?』

「最近ゲームに入り浸っていたからな。少しは休まないと」

 なんだか疲労が眠気を纏い襲ってくる。

 瞼が重くなり目を閉じると、すぐに夢の世界へと飛び込めた。

 再び目を開けた時には、もう夕暮れになっていた。

 腹の虫が鳴る。

 腹が空いたから起きる。これじゃあ、まるで野生の獣だな。

 苦笑しつつ冷蔵庫をあさる。

 母さんが仕事で遅いので、基本的には俺が夕食を作る。

「さて。何を作るかな……」

 卵、鶏肉、タマネギ。

 となると、親子丼でも作るか。

 フライパンを取り出し、水を入れ、火にかける。調味料を合わせていく。

 沸騰した水に切ったタマネギと調味料を入れる。卵を溶いていく。さらに鶏肉を入れて一煮立ち。炊きたての白米を用意。最後に溶き卵でとじたら、白米の上に乗せて完成。

 それを二つ用意すると、片方は冷蔵庫に保管する。母さん用だ。

『すごいです。お兄ちゃんが料理できるようになっています!』

「……ああ。そうだな」

 時間の流れに差があるせいか、香弥の顔は驚きで満ちている。

 なんだか調子が狂うな。

 親子丼をかきこむ。

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絶対に妹は殺させねぇっ! 夕日ゆうや @PT03wing

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