第40話 AGL《アジリティ》特化
夕食も食べ、体調も回復したところでPROギアをかぶる。
ベッドの近くには亜海が布団を広げ、同じようにログインする体勢に入っている。
「よし! じゃあ、行こうか! 康晴!」
「ああ。でも……、分かった」
本当にそれでいいのか? そう言いかけた言葉を呑み込み、
「「ゲームスタート」」
二人でログインする。
【脳波異常なし。脈拍異常なし。スキア・スレイ・ファンタジーを開始します】
様々なデータが表示され、体調が完全なことを示している。
PROギアには医療診断機能もあり、体の不調などを検査し医療機関への訪問を薦めるなど。
単なるゲームとしての機能以外にも活躍している。
そのため、ログイン時に不調があれば、そのゲームは起動できない安全装置もかかっている。
そのログインをパスできたのだから、本当に隊長には問題ないのだろう。
俺はピラミッドの控え室で目覚めると、【マッチング リタイア その他】と表示されたモニターを見る。
マッチングをタップし、身を引き締める。
これから長時間、戦闘に入る。そこで消耗されるのはアイテムだけではなく、精神もだ。
【マッチング完了】
【これより試合を開始します】
何度目かになる砂漠フィールドに出ると、視線を巡らせる。
遺跡、六。岩場、八。
確認できるだけで、遮蔽物はそれだけある。
ユウとの戦いで遺跡を破壊することが可能と分かった。つまり完全な遮蔽物は岩場しかない。あれは何度かの攻撃でも耐久ゲージが現れなかった。
つまり、破壊不能な設置物になる。
「しかし、熱いな……。それにどうしたものか」
このPvP戦では相手の情報は一切公開されない。知り合いでもない限りは、自分の手の内がバレることもないだろう。
観客システムもなく、プレイヤーの情報が売り買いされたり、賭博の対象になることもない。
唯一、控え室にあるモニターで対戦者同士を知れるが、それは固定カメラでの映像になる。
「まあ、こちらの手の内がバレないのはラッキーだな」
まだ、奥の手を見せていないし。
ああ。でもシュティは知っているんだっけ。
シュティとは謝るため電話してみたが、返事はなかった。
だからメールで謝りたい旨と、今はログインしているのを記した。
「シュティとも、仲直りしないと、だよな……」
なあ、亜海。
「あれ? でも亜海とシュティって仲悪かったような」
かぶりを振って遺跡に入り込む。
足音を殺し、魔法陣を設置していく。
六つの遺跡に魔法を設置し終えたところで、岩場に隠れる。
「ふぅ。ここまでは順調だけど」
これから先、どうなるかは分からない。
風が吹き、微粒の砂が舞う。それが口や鼻、目に入ってきて、最悪だ。
日陰で剣を片手に待ち続けるが、それでも暑い。
まるで焼き芋にでもなったような気がする。
「まあ、焼き芋になったことなんてないんだけどね」
影から周囲を警戒する。
敵もこちらを警戒して、どこかに隠れているのかもしれない。
無理もない。相手もこの連戦をくぐり抜けてきたのだ。
「そうなると、すでに頂上に辿り着いた者も……」
不安になり、ステータス画面からランキングへ、掲示板へ目を走らせる。
ピラミッドは未だに攻略されていないようで、安堵の息が漏れる。
「あれあれ~? 随分と油断しているね~♪」
その声に跳ね上がるようにステップで距離をとる。
「ははは♪ キミ、面白いね~♪」
「な、なんだ。お前は」
不気味な笑みを浮かべた、その少年はピエロみたいに白い顔、ハート模様や星模様を頬に描いてある。鼻には赤い玉をつけ、シルクハットをかぶっている。
やばい。やばい! こいつはやばい!
頭の中でそんな言葉が反響する。
「ははは♪ ボクはエウロパ♪ よろしくね☆」
エウロパ。そう名乗った少年はパチンっと指を鳴らす。
直後、俺のいる地面に魔法陣が浮かび上がり、赤い光を放つ。
「くっ!」
網膜を焼くような爆発がおき、俺は宙に投げ出される。
受け身をとり、地面に着地する。
「ははは♪ やるねぇ~♪」
「こいつ! いつの間に後ろに!」
後方をとられた。
エウロパは鈍色に輝くダガーを取り出す。
慌てて地面に手をつき、反転。
転がってきた道を引き返すが、それに合わせるかのようにエウロパはダガーを持ち直す。
「ははは♪ これならどう?」
そして、投擲。
放たれたダガーは一直線に俺へ向かってくる。
「まだだ!」
俺は剣を地面に突き刺し、垂直にジャンプする。
逆さになった俺の頭上をダガーが通り過ぎていく。
「やるねぇ~♪ でもまだまだだよ~♪」
背中からダガーを取り出す。今度は指と指の間に挟み、合計で八本。
それらを全て投擲してくる。
銃弾のように飛来してくるダガーを剣でいなし、かわす。
一発だけ受けてしまったが、HPゲージの減りは少ない。
エウロパの戦い方からしてみて
バランス型に調整した俺とは違う。
マスタングのような一撃で相手を仕留めるような攻撃特化でもない。
ユウのように、堅さを利用しての惹きつけができる防御特化でもない。
敏捷性特化だ。
「やはり、毒か」
先ほど受けた攻撃。あのダガーには毒が仕込まれていたのだろう。
徐々にHPが減っていく。砂漠による”高温”もあり、HP減少は無視できない。早急にエウロパを倒したいところだが、あの敏捷性の高さだ。
通常の攻撃では破られてしまう。
ましてや、アーススピアのように設置と発動との時間差の大きい技はエウロパに読まれると考えていいだろう。
「メインウエッポンを失った。ワイヤーフックでは勝てない。どうする?」
痛いな。
かといって、不慣れな魔法や技では失敗する確率もあがる。
一番いいのは、俺の土俵まで引きずり込むことだ。
「まあ、それができたら苦労はしないんだけどな」
地を蹴り、真っ直ぐにエウロパに向かう。
「ははは♪ 考えるの放棄しちゃった? それじゃあ、つまらないな~♪」
ダガーを構えるエウロパ。
空気が揺らぐ。
ラグが発生する。
投げてくる! それを知覚すると立ち止まり、地面に手をつける。
「アースウォール!」
土くれでできた壁が隆起する。その壁に突き刺さるダガー。
「あはっ♪ どうやら無策だった訳じゃないみたいだね~♪ でも、」
壁が砕けると同時にエウロパがいなくなっている。
いや、
「そこか!」
体を捻り、後方に剣を振るう。
ガキンッと金属音が鳴り響く。
「あら~♪ もう少しだったのに♪」
間一髪だった。
今、あいつは俺の喉元を狙っていた。危うくクリティカルが入り、威力の低いダガーでも致命傷になりかねかった。
背筋に寒気が走る。
空気の揺らぎ、ラグを感知していなかったら、確実に仕留められていた。
「このままじゃ、アイテムを使う必要がありそうだな」
「あはっ♪ 手加減していたというのかい? ボクを相手に? 笑わせてくれるねぇ~♪」
「まあ、手加減していた訳じゃないけどね。俺だってまともな勝負がしたいのさ」
その言葉に眉尻をピクリと跳ね上げるエウロパ。
瞬間、エウロパが消える。
「は! またかよ!」
地面に剣を突き刺し、光属性の魔法”フラッシュ・リップ”を使う。
光の波紋が広がり、周囲が明るく照らされていく。
「な、なに!? これ~♪」
「初見か。まあ、俺の二つ名は”アーステイカー”。買い取る者!」
意味が分からないという顔をするエウロパ。
俺がGpで買ったのは情報やメンバーだけじゃない。ユウの技も買ったのだ。
「俺に勝つには、役者不足だったな!」
光の波紋が強く輝きだし、エウロパを呑み込む。
「なにこれ~♪」
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