第41話 彼らの回線切断

 光に呑み込まれたエウロパの体が宙に舞う。

 取り込まれたアバターは散り散りになり、消滅する。

「ふぅ~」

 ため息を吐き、その場に崩れ落ちる。

「これで終わったな。六回戦終了か。次は七回目。あと四回……。休憩を一回くらい挟む必要があるな。……亜海、ジークはどうなったかな?」

 亜海もこのピラミッドに参戦しているはずだ。定期的に休むようには言ってあるけど。

「それにしても遅いな……」

 そろそろ勝利の表示があってもいいはずなのに。

 もしバグや運営の問題ならアナウンスが入るはずだ。

「ははは♪ ボクを倒せたと思ったのかい?」

「え! 上!?」

 見上げると、そこにはエウロパがいた。それも五人。

「しまった! 幻惑魔法、あるいは分身魔法か!」

「ははは♪ それくらいの知恵は回ると思ったのに、残念♪」

 俺は立ち上がり、剣を構える。

 エウロパはダガーを放つ。

 それを剣技で弾き、サイドステップ。

「あれれ? おかしいな~♪ 毒が回っていてもおかしくないのにな~♪」

 またしても”覇者の指輪”に助けられた。あれは毒系の状態異常も短縮してくれるようだ。

 ダガーをかわし、かわす。さらにかわす。

 地面に突き刺さったダガーは光り砕ける。

「くそ! なんでこんな……」

 詰めが甘かった。勝った気でいた。

 ちらりと端を見る。先ほどの協力な魔法でマナは尽きている。

 逃げても追いかけてくるエウロパ。同レベルなら敏捷性を極めているエウロパに軍配が上がる。

 バランス型の俺は何かに特化している訳ではないので、状況に左右されにくいが、相手の有利な地形で真価を発揮することはありえない。

 マズいな。マナが尽きているし、地形はエウロパに有利。

 岩陰に入ると、インベントリを開きアイテムを、

 ダガーが目の前に突き刺さる。

「マジかよ! アイテムぐらい使わせろよ!」

「ははは♪ そんな暇は与えないよ~♪」

 ダガーの連続攻撃。

 待てよ。

「なんでそんなに連発できる!?」

 ダガーはアイテムのはず。となれば当然、上限がある。いつかは使い切る。

 アイテムはランク付けされており、”ピラミッド”ではA級なら3個まで持ち込み可能だ。

 そしてダガーはC級。100個まで持ち込める。

 だが、エウロパは一回につき、八本投げている。それを二十セットも投げている。

 単純計算でも100を超えている。

「くそ。”投擲”の上位スキルか!」

「……よく分かったね! ボクの能力を見抜いたのは初めてだよ♪」

 一瞬、眉をひそめたのを見逃さなかった。

「はっ! 余裕があるように見えて実際はたいしたことないのな! 全てスキルだより! 投擲されたダガーからしてみて、あんたは”分身”の上位スキルを持っているな」

 ピクリと眉が跳ねるエウロパ。

 先ほどから放っているダガーは全て地面に突き刺さると光り砕ける。

 幻惑系のスキルなら、ダガーも幻惑で出現する。実体のない、それは破壊エフェクトなど出現する訳がない。

「しかし、それで俺に勝てるとでも思っているのか?」

「あははは♪ 面白いことを言うねぇ~♪」

「HP108。打撃306。魔力30。敏捷性538。防御力101。精神力101。運98」

「…………」

「それから属性は闇・風。分身系と相性がいいのが闇だし、風には”テンペスト”と呼ばれる加速系の魔法があるしな」

「あはっ♪ それでそれで?」

「アビリティは”速度上昇”、”スタック増加”、”自動オートセット”、”自動実体化”」

「なんで、……なんで分かったのかな? キミ、美しくないよ」

 冷めた目で、倦怠感を醸し出すエウロパ。

「もういいや。飽きちゃった」

 エウロパはいきなり止まり、コンソールを開く。

「待て。何をする気だ? これからが本番じゃないのか?」

「トリックを暴かれた手品師にいったいなんの価値があるのさ」

 エウロパが手を動かす。

 直後、エウロパを光が包み込み、消える。

【”エウロパ”がリタイアしました】

【You Win】

「ははは。なんとも味家ない勝利だ」

 あいつはまだ本気で戦っちゃいなかった。


 控え室に戻ると、枯渇したHPとマナが回復する。

 ビビ。

 電子音が鳴り響く。

【サーバーに想定外の負荷がかかりました。緊急メンテナンスのため、バックアップのとれたユーザーから順に強制ログアウトを行います】

【ユーザーのみなさまにはご迷惑をおかけしますが、ご了承ください】

【今回のメンテナンスの補填は来週の定期メンテナンス時に行います】

【メンテナンス終了時刻:不明】

 周囲が暗くなり、真っ暗な部屋に閉じ込められたような閉塞感になる。

「はぁ~。マジか……」

 予想外のメンテに長いため息を漏らす。ただ、こちらもしらけたところだったので、いい気分転換になるかもしれない。

 幸いにもバックアップをとるという。初めからという訳でもなさそうだ。

 今までの六勝が無駄にならなくて済むなら、頑張ったかいがあったというもの。

 十分後、視界が完全にシャットダウンし、現実世界へ引き戻される。


 PROギアを外すと、目の前には亜海の顔が映る。

「うお! びっくりした」

「ひゃっ! ご、ごめん。いつまでも戻ってこないから心配になっちゃって」

「ああ。そういうことか。激しい戦闘だったから、バックアップをとるのに時間がかかったんだろうな」

 PROギアを机に置く。

「だから現実に戻るまでの時間もかかった訳だ」

「そっか。でも”ピラミッド”は辛いね。私も一回戦目はなんとか勝てたけど、二回戦目でボコボコにされちゃったよ」

「まあ、亜海にしてはよくやっているよ」

「なにそれ? バカにしているの?」

 軽い口調で言い、ぷぃっと顔を背ける。

「いや、エンジョイ勢が一回でも勝てるような条件じゃないからな。正直、あれで十回戦も戦い抜くのは異常者だよ」

「じゃあ、康晴は異常者になるんだ?」

「ははは。そうなるね。ユウとも戦ったし」

「ユウ……あ! あの時の裏切り者! 負けてないでしょうね?」

 怒りで顔を赤くする亜海。

「大丈夫だよ。勝った」

「あのさ。一つ聞いてもいい?」

「ん? なんだ?」

「その香弥ちゃんのことが大切なのは分かるけど、あれじゃ精神が疲れちゃうよ」

「それでも! ……負けるわけにはいかないんだよ」

 暗に諦めない? と聞かれている気がしてつい声を荒げてしまう。

「ご、ごめん。その、もう一つ訊ねてもいい?」

「なんだ?」

「Gpってどこまで購入できるの?」

 まさか亜海の口からゲームの攻略法が出てくるとは思わなかった。

「そりゃ、スキル取得やレベル上げ、ステータスアップ、アビリティなど。なんでも使えるぞ? 割と一般的なのは情報、シュティは”勝利”を買っていたな」

「そ、そんなことまで買えちゃうんだ。……なら、譲渡ってできないの?」

「譲渡? 譲るってことか?」

「うん。私のGpを康晴に上げる!」

「……いや、でも。それは前例がないんだ。そもそもGpは自分のために使うのが前提だ。みんなもそうしている。それをまさか、」

「でもこのままじゃ、勝てないよね? 私、康晴の力になりたいの! これくらいしかできないけど。でも、それで1%でも勝てる可能性が広がるなら、私はする!」

 その瞳にはメラメラと燃えたぎる熱がある。

「分かった。やってみよう」

「ありがと」

「それはこっちのセリフだろ?」

「そっか」

 俺と亜海はしばらく笑いあった。


 食事をし、シャワーを浴びて疲れをとると、SSFの公式ホームページを覗く。

【緊急メンテナンス終了予定時刻:不明】

「まだだね」

「ああ」

「でも本当にできるかな? Gpの譲渡」

「最悪、亜海が購入金額を下げて俺が買い取るか。それなら一般的な情報の買い付けと同じだ」

「分かった」

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