第4話 俺が戦うわけ

「うへー。疲れた……」

「まあ。しょうがない。SSFはたくさんの魔法と剣の種類があるからな。その上、基本的な情報、デバフ、バフなども知らなければ楽しめないからな」

「楽しむために苦痛を味わう……VRゲーマーはどMなんだね~」

 亜海もといジークは軽口を叩き、串焼きの棒をぽいっと捨てる。

「まずはレベル上げだな。最初のGpで好きなアビリティを取得し、上げるといい」

「ふーん。どれがいいかな……」

「アビリティを一つ取得して、そのアビリティを5レベルまで上げる方法もあるからな」

「なるほど……」

 ジークはステータス画面を表示させ、アビリティを選ぶ。

 アビリティの種類も多いが、戦闘スタイルは人それぞれ。俺が口出しするべきではない。

「うーんと。じゃあ、これとこれを取得して、レベル上げて……」

 相手のステータス画面はモザイク処理がかかり、他の人間には見えなくなっている。

 そのため、ジークが何を選んだのか、俺には分からない。

「よし。実戦だ。まずは敵対MOBでも狩るか」

「え。もう? だって右も左も分からないよ?」

「大丈夫だ。いざとなったら手助けする。俺の安全時間も残り少ない。急ぐぞ」

「安全時間?」

「ああ。エコノミー症候群とかの病気を防ぐための措置で、長時間プレイは強制的に終了されるんだ。てかVRゲーム全般に説明されているはずだが?」

「さあ! 行こー! おー!」

 こいつ、テンションだけで誤魔化したぞ。


 街の西にある草原エリア。

 そこには草食獣が草を食べている。もちろん、データ上のそれはただの無駄な行為な訳だが。それでも雰囲気が出ている。

 その中でも一番大きいシカみたいなMOBを指さす。

「あれを倒すぞ。名前はノーマルディアー。HPは30。攻撃は突進のみ」

「で、でかくない!? いきなりあんなのは無理! もっと小さいのにしようよ~」

「いいや、小さいとそれだけ当たり判定が小さくなる。つまりこっちの攻撃があたりにくい。それにラビッタは敏捷性が高く、回避率が高い」

「……そっか。分かった。じゃあ、シカちゃんを狙うよ」

 シカではないけどな。

「やってみろ」

 ジークは頷き、弓を引き絞る。

 先ほど見習い武具店で買ったものだ。

「やぁあ!」

 ジークはノーマルディアーを狙い矢を放つ。

 その矢は放物線を描き、地面に突き刺さる。

「ありゃ、外れちゃった」

「大丈夫だ。最初は外れるんだ。その内あたるさ」

「う、うん。分かった! やってみる!」

 その後、10本の矢を放ち、ようやく1本がヒット。

 ヘイトを受けたMOBは真っ直ぐに突進してくる。

「よし。かわしてみろ」

 ジークはMOBの動き、その直線上に逃げる。

「きゃああぁぁぁ!」

「待て待て! そういった時は横に逃げるんだ!」

「よ、横!?」

 横に飛び込むようにしてかわすジーク。地面を二回転し岩に頭をぶつける。

「へぶっ!」

 これでは全くの初心者だ。

 俺は地属性の魔法でMOBを仕留めると、ジークに手を差し伸べる。

「大丈夫か? 薬草を使え」

 ポケットから薬草を差し出す。

「う、うん。ありがとう……」

 決まりの悪そうに視線をそらすジーク。

 薬草をタップし、使う。

 薬草は10しか回復しないが、レベル5くらいまではHP50くらいなのだから問題ないだろう。

「しばらくはこの草原でレベル上げだな。ポップするモブはプレイヤーの周囲に30と言われている。この30を全て倒すのが一番効率の良い方法だが、デスポーンもするからな」

「ですぽーん?」

「モブが消えることさ。一定時間でモブが入れ替わるんだよ」

「へー」

 昔のゲームにもよくあるシステムの踏襲でしかないけどな。

「でもモブを倒さないと経験値とか、稼げないんでしょ?」

「ああ。そうだ。だからプレイヤー……この場合はジークの周辺にいるダメージを受けたモブはデスポーンしない仕様になっている」

「えっと。戦っている分には急に消えることはないだね?」

「そうだね。まあ、普通に戦っている分には問題ないぞ」

「んー。ヘビーユーザーとライトユーザーの差を見せつけられたよ……」

 うへ~とため息交じりに亜海はうなだれる。


 ゲーム内で亜海のチュートリアルを終えると現実世界に戻っていた。

 一時間の休息時間だ。

「ところでなんで急いでやっているの?」

 主語が抜けているが、恐らくSSFの話だろう。

 だが、話していいものか。

「実を言うと死んだオヤジの遺言なんだ」

「遺言?」

 亜海はチューと野菜ジュースを飲む。


 その遺言は、死んだ妹を守ってくれ。というものだった。

 それと一緒に《スキア・スレイ・ファンタジー》の初期データとPROギア一式を託された。

 オヤジは脳科学者であり、SSFの開発にも携わっていたらしい。その給料などで多くの資産をもっているが、顧問弁護士により保管されていたのはその遺言のみ。

 銀行、金庫、パソコンなどのパスワードはゲームをクリアすることで段階的に開示されていくらしい。

 その中にはオヤジの残した研究データもあるらしい。世界中の研究者が喉から手が出るほど欲しているらしい。

 が、何よりも気になっているのは死んだはずの妹をという一文だ。

 妹は五年前に病死している。

 再異性医療ですら完治することができなかった。

 現在の医学では不可能とされている難病だった。

 医学に詳しくもないし、幼い頃に別れたこともあり、妹の香弥かやをあまり知らないのだ。

「……という訳だ」

「そうなんだ。でもどういう意味だろうね? 妹さんの話」

「だよなー」

 俺の両親は十歳の時、つまり六年前に離婚している。

 母親は俺を、オヤジは妹を引き取った。

 それからオヤジとはちょくちょく会うことはあっても、香弥とはあまり会っていない。

 だから、どうしても他人ごとに感じてしまう。


 一時間が経過し、VR世界に浸る。

「俺はコロセウムでGp上げするが、ジークはどうする?」

「うーん。どうしようかなー。コロセウムはPvP用の施設なんでしょ?」

「ああ。初心者には厳しいぞ? ただそれに見合う稼ぎはある」

「じゃあ、ちょっと初心者向けのフィールドで狩ってくるよ!」

「分かった。じゃあな」

「うん。またね」

 中央広場でジークと別れると、街の縁にあるコロセウムに向かう。

 コロセウムは一対一の対戦ができる。

 プレイヤー同士をマッチングし、デスペナルティのないPvPが気軽に楽しめる。

 SSFはPvP推奨ゲームだ。そのため、通常のフィールドでもPvPが発生する。

 とはいえ、コロセウムの導入により、フィールドでのPvPは格段に減った。

 コロセウムのシステムコンソロールを開くと、マッチングを開始する。

「さて。次はどんな敵だ?」

【試合を開始します】

 視界が暗転した後、砂ばかりのコロセウムに立っていた。

 目の前には赤い髪の。そう、どこかで見たことのある少女が立っていた。

「うふふ。やっと会えたわね。コウセイ!」

 パーソナルカーソルを見ると【シュティ】と表示されている。

 赤い髪に長身のお姉さんキャラ。露出度が高いコスチュームを着ており、妖艶な笑みを浮かべている。

「コウセイはアタシのものよ!」

「……は?」

 シュティは舌をちらっと覗かせ、ナイフを舐める。

 背筋がぞわりと撫でられた気がした。

「こいつ邪気が強い!」

「うふふふふふ! アタシのものになりなさい! コウセイ!」

 地を蹴り、一気に距離を詰めるシュティ。

「可愛らしい名前のくせに!」

 ナイフと片手剣の刃が交じり合い、甲高い金属音がコロセウムに鳴り響く。

「押されている!?」

 筋力パラメータか!

 このままでは負ける。

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