第5話 シュティとの邂逅

 シュティに押し込まれたまま、背後をちらりと見る。

 後ろにはコロセウムの内壁がある。

「それなら!」

 押し込まれる力を利用し、後ろにバックステップ。

 内壁を蹴り、高く飛翔する。

「あらあら。面白いわね! さすが、コウセイ!」

 シュティは嬉しそうに叫び、光魔法の《シュート・レイ》を放つ。一条の光が飛んでくる。

 空中では身動きがとれない。故にシュティの攻撃を避けられない。

 が、俺もそれを予測していた。

 小石を投げる。

 コンマ数秒の差で小石が光に呑まれ爆発する。

 その爆風に煽られ、俺の体は枯れ葉のように吹き飛ぶ。

 地面を三回転半転げ、着地ダメージと切削せっさくダメージが入る。

「直撃よりマシか……。くそっ」

 立ち上がる。シュティとの距離はだいぶとれた。

 大地をトントンと叩く。アーススピアの設置完了。

 真っ直ぐに突っ込んでくるシュティをかわし、魔法発動。

 地面が盛り上がり、槍が飛び出す。

「きゃっ!」

「おし! やったぜ!」

 狙い通り、シュティの体には無数の槍が突き刺さっている。

 だが、HPゲージは半分も削れていない。

「そ、そんなバカな……。あれだけの攻撃を受けて、なお生きているのか……?」

「うふふふ。そう驚くことないでしょ? あなたは土属性の魔法使いなのは周知の事実なのだから」

 ごくりと生唾を呑み込む。

 土の槍が砕け、土くれと化す。

「あなたは有名になりすぎたのよ。コウセイ」

「つまり、対策はとられている……ということか?」

「そうよ。だから――倒せる!」

 泡。

 大量の泡が周囲を囲んでいる。

 ”バブルフラッシュ”

 水属性の、爆発系の、上位魔法だ。それ一発でも弱点である土属性には大きなダメージとなる。

「だが、……甘い!」

 俺は身をかがめ、きっとシュティを睨む。

 はっとしたシュティは慌てた様子で、手を突き出す。

「破裂しなさい! バブルフラッシュ!」

 大量の泡が爆発する。

 膨大な熱と水蒸気をあげ、コロセウム内に霧を満たす。

「これで!」

「勝ったと思うなよ」


 霧が晴れると同時に【You Win】の文字が浮かぶ。

「よし! 勝った! 必殺技は隠しておくものだからな……」

 霧により視界が奪われたのが功を奏した。

 コロセウムを出ると、掲示板にある戦績評価を見る。

 【コウセイ:Win VS シュティ:Win】

「……は? なんだこれ? バグか?」

 俺は確実にシュティに勝った。

 そもそもDraw引き分けならありえるが、両方がWin勝つのはありえない。

 どうなっている?

 困惑した状態でコロセウムの外に自動転移される。

 バグなら運営やGMに報告すべきなのだろう。

 そう思い腰にあるコンソールのスイッチを押す。仮想モニターが展開され、一番下にある【お問い合わせ】を選択す、

「あらあら! 間に合いましたわね!」

 目の前で赤い髪が揺らめく。

「おわぁっ! シュ、シュティ!? どうしてここに……」

「うふふふ。さすが、アタシの見込んだ男ですわ!」

「お前は何をしたんんだ? 戦績の表示バグか?」

「……少々、値が張りましたわ。でもこれで戦績に傷がつくことはないですわ」

 戦績上は負けたことになっていない、ということか? なら。しかし、それをどうやって……、

「まさか! 書き換えたのか!? Gpを使って!」

「うふふふ。せ い か い♡」

 俺の顎に手を這わせるシュティ。

 セクシャルハラスメント警告の実行を促す表示がでる。

 迷わずにシュティをセクハラで弾く。

「きゃっ! でも、コウセイの感は鋭いわね。Gpで”勝利”を買ったの!」

「バカな。そんなのチートじゃないか……。ゲームバランスから言ってもおかしい……」

「うふふふ。だから高かったと言ったでしょう?」

 そうか。得られるGpよりも消費するGpが高ければ、バランスは崩れない。

「ちなみにどのくらいかかった?」

「うふふふ。頭の良い子は好きだわ! 千で勝利が買えるわ」

「せ、千!? 一回で稼げるGpはたったの二十だぞ!?」

「ええそうよ。レベル差やHP残量などによって、多少の差異はあっても、たいていは二十前後ね。それからこれは戦闘前でなくては買えないの」

 つまり、シュティは五十倍ものGpを消費して、この戦闘に望んだのだ。

「お陰様で、コウセイの手の内が分かったわ」

「くっ……」

 それが狙いか。こちらの切り札の情報を得る。そしてそれを別のユーザーにGpで売る。

 そうすれば、対策を立てた連中が俺とPvPを行うだろう。

「シュティ。キミは情報屋か……」

「それは早計ね。アタシはただあなたと話がしてみたかったの。この後、お茶でもいかが?」

 断れない。俺の情報を握っているのだから。


 シュティの案内で路地裏にあるカフェへ案内される。

 このカフェは他よりも高めの料金設定になっており、味もさほど変わらない。だが、そのために客の出入りも少ない。

 積もるところ、情報やアイテム、Gpの取引など。目については困る時に利用できるカフェなのだ。

「で。何がお望みだ?」

 カフェラテを置くと、訝しげな視線で問う。

「アタシとパーティを組んでくれないかしら?」

「なぜ? 他にもいい奴は大勢いるぞ?」

「本気でそう思っているのかしら? コウセイ。あなたのGpはすでに十万を超えている。しかも、コロセウムでの戦績は九割で勝利。これ以上の適任者はいなくて?」

 言葉の裏を返せば、それほど危険な、高難易度のクエストを受ける。ということになる。あるいは、それに準ずる依頼な訳だ。

「悪いが他を当たってくれないか?」

「妹さん」

「――っ!?」

 心臓が飛び跳ねるような衝撃に襲われる。

「探しているのでしょう?」

「それが?」

 あくまでも冷静さを装う。

 幸いにもここは仮想空間だ。多少の顔色は変化しない。

「手伝ってくれたら、妹さんの話でもしましょうか?」

 暗に『妹の情報。あるいは居場所を提供する』と言っている。

 その上、切り札を見破られている。今後、PvPによるGp稼ぎはできないだろう。

「……分かった。それで? どんな依頼だ?」

「それが、パーティが三人以上じゃないと受けられないクエストなのよ」

「シュティは一人なのか? いや、聞くまでもないか」

 Gpは他人に譲渡することもできる。

 仲間がいるなら、Gpを譲渡し、速攻でレベル上げをして連れていけばいいだけの話。それができずに、即戦力として俺を求めた。

「そう。アタシにはあなたを勧誘するだけで手一杯なのよ」

「となると、数合わせでもいいから、あと一人呼ばないといけないのか……」

「そうなるわね。コウセイのレベルが八十六。アタシが七十九だけど。正直、二人だけで十分だと思うわ」

 俺のレベルまで知っているのか。とんだストーカーだな。

「となると、掲示板などで呼びかけるか? クリスタルやレアアイテムで」

「コウセイ。あなたのGpは? と聞きたいところだけど、そのためのコロセウムだものね」

「あそこはGp効率が最も高いからな」

 仰々しく肩をすくめる。

 ピピ。

 個人チャットにメッセージ?

 タップして内容を開く。

『うへ~。レベル上げ辛いよ~。もっと簡単にレベル上げできないの? 康晴』

「あ。心当たりがいたわ」

「本当かしら!?」

 前のめりになるシュティ。

 だが、見えない壁にぶつかり、頭を抑える。

 先ほどのセクハラ防止システムによって、対象が一定範囲内に入ることを拒絶できる。それが機能したのだろう。

「相手は初心者だが、それでいいか?」

「ええ。かまわないわ。どうせ数合わせでしょうし。それに……」

 何かを言いかけて止まる。

 何を言おうとしたのかは分からないが、

「こちらからも提案がある」

「何かしら?」

「仲間のレベル上げもついでに行う」

「それくらい、お安いご用よ」

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