第34話 メルトスライム
メルトスライムは体から液体を飛ばして攻撃してくる。その攻撃に触れると、強い酸のような痛みと熱を感じることから、被ダメだけでなく“毒“のステータス異常がかかる。また、七割の確立で”防御低下“のデバフが発生する。
スライムは物理防御が非常に高く、物理極ぶりでも、一桁のダメージしか入らない。その上、HPは1000くらいあるので削りにもならない。
魔法ならそこそこダメージが入るが、最大値の八割に減少する。ただし、弱点である氷属性なら二倍のダメージになる。
そのため、この湿原エリアでは最も強いモンスターだ。
「あれ? あたらないよ!」
ジークの悲鳴に似た声が響く。
放った矢はメルトスライムにあたると溶けるようにして消えていく。
「スライムに物理攻撃はダメだ! 魔法で応戦しろ!」
「わ、分かった!」
まだ距離はあるが、ジークは杖を構える。
俺は回りにいるワイルドサーモンを切りつけていく。
HPの低いワイルドサーモンは一撃で倒せるが、数が多い。百くらいは集まっている。そして体が小さいので攻撃を外しやすい。
ジークは風魔法の”
「う、うそ……HPが全然減らないよ! 70だけだよ!」
ダメージが72。残りHPは942。
乱数を無視しても、あと14回は攻撃しないといけない。しかし、マナ残量からして、あと12回が限度だろう。
「俺がやる! ジークは他の敵を頼む!」
「わ、分かった! でもどうするの?」
「接近する!」
今はまだメルトスライムの攻撃範囲内には入っていないので、一方的に攻撃できる。だが、ジークの魔法も持たない。それにジークのダメージが入った時点で経験値の振り分けは問題ない。
なら、俺が接近し、魔法で仕留める。
ぬかるんだ土地をびちょびちょと移動し、接近する。
メルトスライムの攻撃範囲内に入ったのか、攻撃モーションをとるスライム。
「ちっ! ジーク気をつけろ!」
「う、うん!」
スライムは体から青色の液体を雨のようにばらまく。
「きゃああ!」「くそ!」
感知範囲内と、射程範囲内が違うことはよくある。
そのため、感知範囲内にいなかったジークにも攻撃が届く。
俺にも109のダメージが入る。
もう一度、スライムの攻撃が降り注ぐ。
それを耐え忍んでさらに接近する。
「これくらいなら!」
地属性の”
弾丸のように飛んでいく岩がスライムに直撃し、膨大な熱量を放ち爆発する。
スライムのHPが消し飛び、倒れる。
「やったね! 康晴!」
「いや。予定外だ。マナが三割減った」
「え! じゃあ、あと三回しか使えないの? あと五匹もいるのに?」
そう。回りを囲むスライムは五匹いる。遠くにもう一匹いるが、あれは感知していないだろう。
「マズいな。でもいい経験値にはなる」
「え! でもこんな危ないレベル上げってある!?」
「ないな。でもこっちにはまだ虎の子のマナポーションがある。すぐに仕留めるさ」
インベントリからマナポーションを実体化し、ポーチに収める。
「あ、危ないなら止めようよ。デスペナルティも大きいでしょ? GpとCの半減、それにデバフ。あと経験値も減るし」
「だが、時間がない。次のアップデートまで、あと四日。それまでにレベル100にはしておきたい」
「そ、そんなの無理だよ! 康晴は89でしょ?」
このゲームはレベルが上がれば上がるほど、必要とされる経験値数も増える。
メルトスライムをあと1000匹狩っても、届くか怪しいのだ。
「だからこそ、危険な賭けにでるしかない!」
PvP最前線はもうすでに110レベルが平均になっている。
レベル差が10以上あると、戦いは厳しくなる。無論、他のプレイヤーもレベル上げをしている訳で。その差を少しでも埋めようと思ったなら、危険な経験値稼ぎも必要になってくるだろう。
「俺についてこなくてもいいぞ。俺は俺でやる!」
「……いいよ。私も付き合う! だって心配なんだもん」
「すまん。それじゃ、援護を頼む! さっきの魔法でいい!」
「分かった! 撃つよ!」
ジークは風魔法でメルトスライムを攻撃する。
それを合図に俺も突っ込む。
何度か、被ダメを受けるが、構わず射程範囲内に滑り込む。
先ほどの、”
爆発。
スライムは光となり、消えていく。
「次!」
マナポーションとSポーションでマナとHPを回復しながらも、連続でメルトスライムを倒していく。
休息時間ギリギリまで、スライムを倒した。
現実世界に戻ると、すっかり夕暮れになっている。
ぐぅ~と情けなく腹の虫が鳴り、何かないか、と冷蔵庫を覗く。
「パスタでいいか」
ゆで時間を確認するため、時計を見る。
午後十時。
あと一時間もすれば、またログインできる。そこから四時間。さらに一時間の仮眠と四時間のログインで、レベル92くらいにはなるだろう。
亜海も今日はログインしないだろうし、援護・護衛は期待できないけど、仕方がない。
パスタに暖めたレトルトのミートソースをかけ、座るのももどかしく、その場ですする。
腹ごしらえも終わると、欠伸が漏れる。
少し眠気を覚ますか。そう思い、冷ためのシャワーを頭から浴びる。
一時間後のログインを今か今かと待ち、時間がくるとすぐさまログインする。
宿のベッドから起き上がると、周辺の店でポーションを買いそろえる。
先ほどの戦闘に加え、これから消耗するだろう分も含めて。
メルトスライムやワイルドサーモンなどのモンスターが落とすCとそのドロップ売却でも、ポーション代の方が高くつく。
仕方ない。あとで課金するか。
途中のモンスターは無視し、一直線にメルトスライムを倒す。
敵がリスポーンする間にワイルドサーモンなどの雑魚を倒し、少しでも経験値を稼ぐ。
それを学校へ行くギリギリまで行い、レベルは94になった。
だいぶ追いついたが、まだ足りない。
充血した目で学校に向かうと後ろから呼び止める声が聞こえる。
「康晴。おはよ!」
ポン! と肩を軽く叩く亜海。
「おう。おはよう」
「ど、どうしたの!? その目……」
「いや、ちょっとな」
「まさか、またゲーム? なんでそんなに必死になっているのよ。だって香弥ちゃんは保護できたじゃない」
香弥。
その言葉が耳に残る。途端に体が震える。
なんで震えているのかは自分でも分からない。恐怖や不安とは別の震えだ。
「……もしかして、香弥ちゃんに何か合ったの?」
顔を背けることしかできない。
それが精いっぱいの抵抗なのだから。
「なんで? なんで話してくれないのよ? 私たちは姉弟のように育った仲でしょ?」
乾いた喉を誤魔化すように唾を呑み込む。
それがひどく痛く感じる。
「なんで何も言ってくれないの!? バカ!!」
頬に痛みが走る。
亜海に叩かれたと感じた頃には、亜海は校内に消えていた。
疲れた体を癒やすように机に突っ伏す。
もう、何もかもが遠のいていくような気がした。
香弥も、亜海も。
自分の体に鞭を打ってでも、今やっていることは正しいのだろうか?
しょせん、あれは香弥じゃない。香弥を元にしただけのAIに過ぎない。
亜海も、シュティも、あれを
みんな、俺に会話を合わせてくれているだけじゃないか?
特にシュティにとっては、俺は都合がいいだろう。俺を利用しオヤジの研究データを得られるのだから。
――だまされているんだよ。お前は。
そんな誰とも知らない声が頭の中をこだまする。
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