第30話 遊園地 その一
亜海と一緒に遊園地にいく日になった。
お互いの家は近いが、亜海たっての希望で駅前集合にさせられ……なった。
遊園地なんて、幼い頃以来だ。
その時は両親も離婚していなかったので、香弥も一緒だった。
駅前の時計塔の下。
六月とはいえ、暑いので日陰に入り直射日光を避ける。
むわっとした湿気を含んだ熱気が体に纏わり付き、不愉快な暑さをもたらす。
「あちー」
額の汗を拭い、自販機で購入したばかりのスポーツドリンクを飲む。
「お待たせ!」
香弥は栗色のポニーテールを揺らし、微笑む。
ピンクのカットソーに、白いロングスカート。日焼け帽子なのか帽子をかぶっている。
衣装もあり普通に可愛らしく整っている。
「どう? 似合っている?」
「ああ。似合っているぞ」
特別な訳ではないが、安心感のある可愛らしさがある。
十人いたら六人くらいは振り向くかもしれない。
「さあ! いこー! おー!」
「お、おい! ちょっと待て!」
「ん? どして?」
「暑いから、飲み物買っていくぞ」
自販機の前に立ち、お金を投入する。
「ほら、好きなの選べ」
「うん。ありがと!」
亜海は冷たい緑茶のボタンを押す。
ガコン。
自販機が緑茶を落とす。
『おおあたり!』
コイン投入口あたりにあるルーレットがピカピカと光る。
「お、おい。どうする?」
「え! 康晴のお金じゃん!」
なんでこんな時に限って遠慮するんだよ。
いや、そんなことよりも、
「早く決めないと!」
「少年よ! 必要に迫られた時、即決するのもまた勇気ぞ!」
ベンチに座っていたおじさんが意味ありげにこちらを見ている。
「あ。終わっちゃった」
亜海が悲しそうに呟く。
見てみるとピカピカは収まり、時間切れのようだ。
おじさんのせいだけど、ケンカとかになっても怖いので、その場をあとにする。
電車で二駅。そこからさらにバス移動。
日本でも屈指の遊園地が見えてくる。
「昔、一緒に行ったよね」
「ああ。亜海とも一緒に行ったけ」
「も? 誰と行ったの?」
「いや家族と、さ。あの頃は香弥も一緒で、でも香弥は病弱だったから、ほとんど見ているだけで」
「……そっか。香弥ちゃんも一緒にこれたら良かったね」
何気ないその言葉は間違いなく亜海の本心だろう。でも、香弥を失った今の俺にはひどく胸を抉られるような思いだ。
「さてさて! 何から乗ろうかぁ?」
「亜海が来たいって言ったんだから、亜海が選べばいいさ」
「そんなのダメだよ! 一緒に来た意味がないじゃん」
「あー。もしかして、試されている、とか? 女性はよくそうやって男子を試すらしいじゃん」
「そ、そんなことしないよ! 心外だな……。私はただ楽しみたいだけだよ」
「それもそうだな。別に恋人って訳でもないんだし、試す必要もないな」
「……やっぱり、試したいかも」
なんだか怖い目で睨まれているのはなぜでしょうか? 俺はどこで選択肢を間違ったんだ?
「と、とりあえず、ジェットコースターにでも乗るか? 亜海は大丈夫だったよな?」
「うん! 好きだよ!」
VRMMOがあるこのご時世に、リアルで遊園地に来る意味もないのかもしれない。何せ、五感で体験できるのだから。
「わー! 懐かしいね! 康晴」
「だな。昔とあまり変わっていないもんだな」
ジェットコースターの列に並んでいるが、遊園地の造りなどはあまり変わっていない。
さすがにアトラクションの変更や飲食店などの細かいところは変わっているけど。
俺たちの番がくると、係員の指示に従う。
「ここまでになります」
係員は俺の後ろ。亜海の手前で遮る。
「こ、康晴」
「あ、あの。連れと一緒に乗りたいんですけど」
「ええと……」
「すいません。おれが先に乗ってもいいですか?」
係員が困っていると、亜海の後ろにいた青年が手を挙げている。
「あ、はい! ありがとうございます!」
俺と亜海からもお礼を言うと、青年は快く前にでる。
「いいってことよ。コウセイさんよぉ?」
一瞬だが、ゲームを楽しむ戦闘狂の顔が浮かぶ。
「その声、しゃべり方。まさか、マスタング?」
「じゃあ、あとでな。コウセイ」
先ほどの鋭い空気はすぐに消え、普通の青年に戻る。
「知り合い? 私の知らない人だったけど」
「ああ。ちょっとな。恐らく、」
ジェットコースターを楽しむと、出口で待っていた先ほどの青年が嬉しそうに笑う。
見た目なら真面目な青年という印象だが、一瞬見せた獰猛さは間違いなく、
「マスタング、か?」
「ああ。そうだよ。まさかこんなところで、リアルで会えるとは思ってなかったけどな」
マスタングは手を差し出す。
「おれの名前は
「俺は
握手に応じる。
「となると、そちらはシュティさん? それともジークさん?」
「あ。私はジークです。本名は
「ほう。彼女さんだったか。気の置けない仲だとは思っていたけど」
「そ、そんな……」「いや、ただの幼なじみだよ」
マスタングは苦笑し、眉尻を下げる。
「コウセイは損をしているのな。そちらさんも大変だね」
「ええと。はい。まあ、慣れてますので」
「慣れてはいけないと思うんだ」
「それは、そうですね」
「おい。俺抜きで話を進めるなよ。俺にも分かるように説明してくれ」
「いや、おれはお邪魔みたいだから立ち去るよ。……あ! 連絡先くらいは教えてくれ。また対戦したいから」
マスタングとの対戦は疲れる。俺は沈黙し、諦めるのを待つ。
が、マスタングの瞳には強い光が宿っている。
「分かったよ。スマホのでいいか?」
「うん。ありがとう」
連絡先を交換すると、マスタングは去っていく。
「なんだか、ゲームの中の人とは別人みたいだったね」
「人によっては演じていたり、テンションが上がってああなるからな」
「シュティさんはあまり変わらなかったような気がするけど」
「そういう人もいる。それを言ったら亜海だって、あまり変わらないぞ?」
「そっか。私と同じ感覚……なら、シュティ許すまじ」
「どうしてそうなった!?」
「だって私と同じ気持ちなんでしょ?」
「よく分からないぞ。俺がいない間に亜海は異世界にでも転移していたのか?」
「そんな訳ないじゃん!」
クスクスと笑う亜海。
いや、今日の亜海は異次元会話をしているからな? 俺、置いてけぼりで寂しいからな?
ぐぅ~、と可愛い音が鳴る。
「……お昼にしよっか?」
「私じゃないもん!」
「俺が食べたいんだよ。察しろ」
「うん。ありがとう」
恥ずかしそうに俯く亜海。
遊園地のアプリで今一番空いてそうなお店を探す。
リアルタイムで客数と席数が表示されるので自由に選べる。
時計を見ると十一時半。丁度良い頃合いだ。
少し待たされたが、評価☆2.4のお店に入れた。
「どれにするかな~♪」
嬉々としてメニューを見ながら、足をバタバタさせる亜海。
「子どもの時から変わってないのな。そのクセ」
「え。あ、うん。ダメだね。なおさないと。それよりも決まった?」
「あー。がっつりしたものが食べたいんだが」
遊園地内の飲食店は軽いものが多い気がする。
「じゃあ、カツカレーにしたら?」
「そんなメニューあったっけ?」
俺は再度メニューを眺める。
「端の方に書いてあるよ? カレーのオプションとして」
「ああ。ホントだ。じゃあ、これにするか」
「じゃあ、決まりだね! すいま~せん!」
「少々お待ちください!」
ピンク色の制服を着た店員さんがせわしなく店内を動いている。
「にひひひ!」
「どうした? そんなに遊園地が楽しいのか?」
俺はからかうように問うが、
「うん! 楽しいよ!」
直球で返ってきて、バツの悪さを感じる。
「頬を、掻くクセなおってないね♪」
そう言われて気がつく。
「ははは。参ったな。こりゃ」
知っているのは俺だけじゃないもんな。
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