第31話 遊園地 その二

 亜海が頼んだのはカルボナーラ。

 俺が頼んだのはカツカレー。

 それで足りるのか? と問おうとすると、生クリームたっぷりのストロベリーパフェをデザートに頼む。

 俺がカツカレーを食べている間に、カルボナーラを完食し、デザートに移行する。

「すごいな……。パフェでかすぎだろ」

「うん。普通のファミレスよりも三倍くらいありそう……」

 戸惑いを浮かべる亜海。

 やれやれと嘆息し、頭を掻く。

「あー。食べきれないなら、俺も手伝う、ぞ?」

 さすがに年頃の異性に言うセリフではないか?

「ホント! ありがと!」

 杞憂きゆうだったみたい。まあ、亜海だし、幼なじみだし。

 これくらいの無作法はありか。

「えい!」

「あ! こら!」

 亜海は俺のカレーを掬い、口にする。

「甘いものを食べると、辛いものを食べたくなるよね~♪」

「それを言うならしょっぱいものじゃないのかよ」

 亜海の口をつけたカレーを眺めながら呟く。

 これって、関節キスになるよな?

「えへへへ! おいしいからいいの!」

 なんだか楽しそうだな。

「全く、しょうがないな……」

 しかたない、と小さくため息を吐く。

 カツカレーを食べ終えると亜海は頬にクリームをつけている。

「おい。ついているぞ」

 そのクリームを指でとり、口に運ぶ。

「ひゃうぅ!」

 亜海は顔を赤くし俯く。

 この反応。もしかして失敗したか? これってカップルみたいだよな?

 いくら幼なじみでもダメだったか?

 様々な疑問が湧いてくる。

「これ、食べて……」

「え。でもまだ半分くらいだぞ?」

「もう、お腹いっぱい。手伝ってくれるんでしょ?」

「あ、ああ。それはいいけど。満足なのか?」

「うん。いろんな意味で満足」

 亜海は机に突っ伏して顔を隠す。

 いろんな意味とは?

 パフェに手を付ける。

 甘い。とにもかくにも甘い。

 甘さが味覚を支配し、暴れまわっている。

 ひたすらに甘い。南極がひたすらに寒いように。

「頭が蕩けそうだわ……。よくこんなもん食えるな」

「ん。甘いものは別腹なの。女の子の主成分だよ」

「おいおい。女子の重要な栄養はこんなにも甘いのか……」

 食事を終えると、少しコーヒーを追加注文し休憩する。

「はぁ~。やっぱり苦みもいいな」

「うん。紅茶もおいしいよ。……ところで昨日は何があったの?」

「え……」

「話せないのならいいの。でも、少しは私を頼ってよ。私だっていつまでも後ろに隠れるような人じゃないよ?」

 幼なじみだからか。すでに俺が落ち込んでいたのは見透かされていたようだ。

 香弥が奪われたこと。そのためにどうすればいいのかも分からないこと。

 どう応えるべきなのかを黙考していると、その沈黙を応えと受け取った亜海は、

「そっか。話せないんだね。でも、いつでも頼っていいんだからね」

「うん。ありがとうな」

 その気遣いに、笑顔に、胸がモヤモヤした気持ちになる。


「さて。どこにいく? 亜海」

「うーん。じゃあ! 海賊船バイキング!」

 海賊船はその名の通り、海賊船風の乗り物で回転運動をする。

「よし! 行くか!」

「うん!」

 数分歩くと、大航海時代を彷彿とさせるエリアに足を踏み入れる。

 周囲には噴水、湖、滝のような水を連想させるものが配置してある。

 射的や宝箱、家族衣装の人形など。海賊要素もありかなり雰囲気が出ている。

 その中央に大きな海賊船がある。甲板は全て座席になっており、二十人くらいが乗れそうだ。

 係員の人に案内されて座席につくと、亜海は少し不安そうな顔をする。

「あれ? 怖いのか? 自分から言い出したのに?」

 わざと煽るように問う。

「こ、怖くないもん! わ、私だって度胸があるんだからね!」

 亜海はキッと眉尻を吊り上げ、睨んでくる。

「言い返せるなら問題ないか……」

「むぅ。なんだか手のひらで転がされた気分」

 いや、そのまんまだけどな。

 海賊船が動き出すと、亜海は「きゃああああ」と悲鳴を上げて涙目になる。

 こうして見ると女の子らしいな。

 乗り終えると、亜海は近くのベンチに横たわる。

「何かして欲しいことはあるか?」

「ん。飲み物が飲みたい……」

 三半規管がやられただけで、吐き気とかはないようだ。

「分かった。ジュースでも買ってくるよ」

 安堵の息を漏らし、財布片手にちょっと遠い射的場の隣にある自販機に向かう。

 亜海はリンゴジュースが好きだったな。

 リンゴジュースを購入し振り返ると、亜海の周りには見慣れない男性が二人。

 会話は聞き取れないが、一人が強引に亜海に近づく。もう一人がキラリと鈍く光るものを持っているのが見える。

 ナイフか!

 ゲームをやっていたせいか、この距離からでも分かる。

「おじさん。やるよ」

 俺は射的場のおじさんに一万円札を渡し、コルク銃を手にする。コルク玉もいくつか持っていく。

「え! 一回三百円だよ!?」

 ジュースをポケットにしまい、コルク銃を片手に地を蹴る。

 走りながらコルク銃で狙いを定める。

 光るナイフを振り上げる男。その手を撃つ!

「ぐっ。なんだっ!」

 男二人がこちらを向くと、その額にコルクを放つ。

 二度目。三度目と、続けざまにコルクを放ち、二人の男をけん制する。

 亜海の掴んでいる手をコルク銃で殴りつける。

「ぬっ!」

 痛みで手を離した男を至近距離で撃ち、退くのを感じ取る。

「俺の彼女に手を出すんじゃねーよ!」

 声を張り、どすを利かせる。

 そのまま、コルク銃を剣のように振り回し、男を退しりぞける。

 追撃するようにコルクを撃つ。

「いてっ!」

「こ、この!」

 ナイフを手にした男を背に感じ、振り返ると同時にコルク銃を盾にする。

「く、くそ!」

 コルク銃に突き刺さったナイフが抜けずに戸惑う男。

「は。戦い慣れていないな!」

 突き刺さったナイフをそのままに、コルク銃をひねる。

 ナイフを手にしていた男はそのまま横倒しになり、倒れ込む。

「てめー!」

 殴りかかってきたもう一人をコルク銃の持ち手グリップで腹を打つ。

「かはっ……」

 肺腑から空気の抜ける音ともに、崩れ落ちる。

「戦いを舐めるなよ!」

 射的場のおじさんが通報したのか、警備員が慌てて近づいてくる。

 状況を確認した警備員は二人のチンピラを捉えてる。

「大丈夫だったか? 亜海」

「あ。うん。ありがと……」

「悪いな」

「え! な、なんで謝るの?」

「いや、彼女なんて言ってしまって、」

 それにちゃんと傍で守ってやれなくて。

 また、香弥の時みたいに失ってしまうのかと、ひやひやした。

「そ、そんなのいいよ!」

 亜海は大仰に手を振って否定する。

「むしろ助けてくれてありがと。康晴が来てくれなかったら、私……」

 今更ながらに先ほどの恐怖が襲ってきたのか、亜海は震えだす。

 ポケットからジュースを取り出し、手渡す。

「リンゴジュース、好きだっただろ?」

「うん。好き……」

 どこか感慨深そうに呟く亜海。

「キミたち! 大丈夫か?」

 チンピラ男を取り押さえる警備員がそれぞれ二人。

 それ以外に駆け寄ってきた警備員が一人。

「キミ……怪我しているじゃないか!」

「え。あ、本当だ……」

 肩口に赤い切り傷が残っている。

「それよりも、彼女を!」

 亜海の腕には掴まれた時のアザが残っている。

「いやいや。どう見てもお兄さんの方が重傷だよ。それに……」

 警備員はナイフの突き刺さったコルク銃を眺める。

「事情も聴かないといけないみたいだし」

 そりゃ、そうか。

 お金を払ったとはいえ、器物損壊だ。

 それに過剰防衛だろう。

「分かりました。亜海もきて」

 事情を説明するにしても、亜海は必要だし、放っておけない。

「う、うん。それはいいけど」

 亜海は警備員を訝しげな視線を向ける。

 リンゴジュースを大切に持っている亜海がいじらしく見えるのは、なんでだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る