第23話 唐屋敷の研究所


 研究施設内は大型のサーバーがいくつもたち並んでいる。

 エアコンで室温や湿度は調節しているようだ。

 クラウドにより、キーボードとモニターだけがある簡易的な部屋に通される。

「そこにパソコン置いてくださいな」

 シュティが指さした真っ白な机にパソコンを載せる。

 小さめのパソコンを立ち上げると、連動したサーバーまでもがうなりを上げる。

 俺のパソコンのセッティングを始めるシュティ。

 モニター、キーボード、マウス、電源の接続。電源のオン。

「さて、と。立ち上がるまではかなりかかるでしょう?」

「ああ。だろうな。なにせ17テラバイトもあるからな」

「17!?」

 亜海が驚きの声を上げる。

 ……こやつ驚いてばかりだな。

「圧縮してもそれですものね……。コーヒーでいいかしら?」

「構わない」「お、お願いします」

 俺と亜海は椅子に腰をかけ、コーヒーを受け取る。

「いや~。でもこんな形でオフ会になるとは思わなかったな……」

「ええ。そうですわね。あとはマスタングさんとシュードさんもいらっしゃればいいのに」

「いや、あいつらはいいだろ……。PvP専門の戦闘狂だし」

「あら? お仲間ではなかったのですか?」

「たまたま知り合っただけの、敵対関係だ」

 くすっと笑うシュティ。

「敵対しているのに共闘したのですね。面白い話ですわ」

「……ところでシュティさんは何目的?」

 シュティは亜海を見据え、しばしの沈黙。

「アタシは人工知能の研究者ですわ。そしてコウセイの父、つまり志摩瀧士そうしはアタシたち研究チームの総責任者。その彼が生前残した研究資料を求めて、SSFを始めましたわ」

「……え? じゃ、じゃあ、康晴とは関係ないの?」

「うふふふ。あなたは、コウセイのことを好――」

「だあああ! 何でもない! 何でもないんだからね! 康晴!」

「お、おう」

 そんなに慌てふためいていると、おおよその検討がついてしまうぞ。

 まあ、期待に応えられなさそうだけど。

 コーヒーを飲み、心を静める。

「とりあえず、シュティはその手がかりを求めていた。そしてあの攻城戦でのNPCはその最有力候補、といったところ。ですよね?」

「ええ。最新鋭人工脳四番機”金剛”。彼女には瀧士博士の第二子、つまりコウセイの妹の意識データをベースにしている、とされているわ」

「だから、康晴はあんなに必死で。そう言えば父の遺書に、妹を守ってくれ……って」

 鷹揚に頷く。

「ああ。俺はその遺書に従い香弥を探した。そしてあの子を保護した」

「で、でも。香弥ちゃんの記憶や人格が電子化できるとは思えないんだけど……」

「そうだな。でも俺のことを『お兄ちゃん』と呼びかけた。声質は間違いなく、あの頃の香弥だった」

 俺が子どもの頃の。まだ離ればなれになる前の。

「立ち上がったようだわ」

 シュティが俺のパソコンと向き合い、有線でクラウド用のパソコンと接続する。

「少々、データを消去してもよろしくて? コウセイ」

「え!」

 ということは、まさかお宝フォルダも削除対象か!?

「……分かりました。外付けハードディスクにデータを移しますわ」

 それを聞き、安堵する。

「なんでそんなに必死なのよ?」

 亜海、ジト目を止めろ。健全な男子高校生なんて、そんなもんだ。

「金剛以外のデータを外付けに移しますわ」

 次々と転送されていくファイル。

 転送が完了すると、クラウドで”204605291602-04.zip”をマザーコンピュータにコピーする。

 その後、内容の解析を開始。

「解析だけでもあと二日はかかりますわね……」

「そんなにか? 攻城戦の時はそんなにかからなかったじゃないか」

「あれはほぼコピー・圧縮だけでしたので。解析となると、違う技術が求められますわ。それに、金剛が起動できるソフトウェアの開発にも時間がかかるでしょう」

「……分かった。コピーし終えたなら、そのパソコンは持ち帰ってもいいんだな?」

「ええ。もちろんですわ」

「それから香弥……いや、金剛との面会は可能なのか?」

「むしろ、こちらからお願いしますわ」

「……なぜ?」

 俺と金剛の面会にシュティは反対すると思った。

 金剛自身が機密の塊だし、この研究施設も部外者が簡単に出入りできる環境ではない。

 それにデータの解析や構築。他の研究だってある。そういったことを考えると、素人の、しかも高校生を連れ込むなど。

 時間の浪費でしかないはずだ。

 だから、問うた。

「金剛にもし香弥ちゃんの記憶が、人格が残っているのでしたら、あなたにしか分からないでしょう? それにAIには対話による学習機能がついてますわ。関係者による教育・較正が必要だと思います」

「教育、ですか」

「はい。それが彼女には必要でしょう」

「あの……」

 授業中でもないのに、怖ず怖ずと手を挙げる亜海。

「なんでしょう? 麻倉さん」

「私も康晴と一緒に来ていいですか? 私も香弥ちゃんとは会ったことがありますし」

「……他の目的がありそうですが、いいでしょう」

 ため息を吐き、二人分の簡易入室許可証を作る。

 それを受け取り、ひとまず帰路につく。


「うう~ん! さすがに疲れたね。康晴」

「ああ。そうだな」

 疲れた。確かに疲れた。攻城戦に続き、研究室。

 一日でかなりの体験をした。精神的な緊張は、負担は大きい。

 それでも頭の片隅が冴えている。

 オヤジの遺書の通り、香弥を守った……本当にそうか? それにオヤジの研究資料はどこにある? 香弥の、金剛の中にデータとして存在するのだろうか?

 それにあのコーヒーの匂い。どこかで嗅いだことがある。懐かしい香りがした。

「それじゃね! 明日は学校で」

「ああ。また明日。……もしシュティから連絡があったら」

「分かっている。今日と同じでしょ?」

 手を振りながら亜海が去っていく。

 控えめに手を振り替えし、家に入る。

「お帰りなさい。康晴」

「あ。ただいま。母さん」

「聞いたわよ。なんで今日は無断欠席したの?」

「……理由はちゃんと話すから」

 母さんが台所でコーヒーを煎れ、それを手にする。

 オヤジの遺書は母さんも知っている。それに関することを話し、ゲームや研究資料について、あらかた説明する。

 母さんは困ったように嘆息する。

「正直、あの人の遺書は嘘だと思っていた。だから、あなたがゲームに熱中しているのにも、否定的だった」

 それは知っている。

 そもそも母さんとオヤジは仲違いをしたのだ。遺恨があっても不思議じゃない。

「あなたは、それが大切なことだと思ったのね?」

 首肯する。

 コーヒーに口をつける。違う。

 母さんの考えが分からずに、自然と黙ってしまう。

「……とりあえず学校には母さんから連絡をします」

「で、でも。……分かった。ありがとう」

 母さんは片親で育てたことを負い目に思っている。

 未だに父の後を追っている。そんな行動をとったのだから、心中穏やかではいられないだろう。きっと。

 その晩。俺は眠れない夜を過ごした。

 香弥が人工脳になっているのか? でも、もしそうなっていたとして、生きていると言えるのか?

 そういった技術は本当に必要なのか?


 死んだ者は生き返らない。


 その当たり前を覆しかねない技術。科学の進歩。

 全てが電脳化された社会にはいったい、何が残るのだろうか?


 ……眠れない。

 パソコンを立ち上げ、メールの確認を行う。

 スレイ・スレイ・ファンタジーの運営からのメール? なんだ?

 メールマガジン以外の、運営直々からのメールなんてあり得るのだろうか?

 怪訝な顔で、メールを開く。

 まずは攻城戦の優勝に関する記述。定型文のようだ。そして、俺が行ったバグの修正予定、武器・能力回りの上方修正・下方修正などの連絡。

 そして……、

「志摩、康晴さまへ……?」

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