第24話 学校での……

 メールには俺の家の写真と亜海の写真が添付されていた。

 その上、”金剛”に関する記述も添えられていた。

 VRMMOゲームにはユーザー登録が必要で、住所や年齢などの個人情報は知っていてもおかしくない。

 が、こうした形で利用するのは明らかに守秘義務違反だ。

 慌てて、スマホを操作。

 数回のコールでつながる。

「もしもし! 亜海か! 大丈夫か?」

『う、うん? だい、じょうぶだけど?』

 呑気な声が返ってくる。

 この様子だと、あのメールは俺個人に宛てられたものだろう。

 となれば、

「いや、無事に帰れたか気になってな」

『あ。そういうこと。大丈夫だよ! もう。便りがないのは元気な証拠だよ!』

「そうか。そうだな」

 あくまでも冷静に、努めて明るく、

「じゃあな。また明日」

『うん。また明日』

 この電話も盗聴されていると考えて妥当だろう。

 全てがネットでつながるようになって早十年。

 ゲームの運営会社の傘下に入ったネット通信会社。それなら、顧客情報の共有もありえる。

 これは一種の脅しだ。

 目的不明瞭ではあるが、こちらの監視をしている、と暗に告げている。

 もちろん警察に駆け込めば、俺は保護されるだろう。とはいえ、どこまで通用するのかは分からない。

 企業によっては弁護士を雇い、うまくかわすと聞く。

 ただ運営会社の狙いは恐らく香弥。いや金剛。

 最新技術の結晶である、人工知能よりもさらに優れた人工脳。俺のオヤジの遺産。

 それが企業にとってどれほどの価値があるのかは分からない。

 シュティが単身潜入し、俺たちに協力しているのも、そういった節があると見てまず間違いない。

 シュティとは敵対しているのかもしれない。それならシュティ側にも異変があるかもしれない。

 とはいえ盗聴器などの危険性もある。

 とりあえずは普段の日常を過ごすしかないか……。

 迂闊な独り言でさえも、今は危険だ。


 日が昇る。

 結局、一睡もできなかった。

 攻城戦、研究所、脅し。

 色々とありすぎて、すでに頭の中はこんがらがっている。

 シャワーを浴びてもサッパリした気持ちにはなれない。

 とにもかくにも、今日は平日。

「母さん、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 鞄片手に高校へと向かう。

「おはよー!」

 意味もなく元気な声が耳に届く。

「おう。亜海」

 駆け寄ってきた亜海は速度を落とし、俺と並で歩く。

「昨日のはびっくりだったよ!」

 亜海の華奢な腕を掴み、顔を近づける。

 柔らかな白いほっぺに口元をもっていき囁くように、

「シュティと香弥の話は止めてくれ」

 周囲からはキスしているように見えるかもしれないが、背に腹は代えられない。

「え。あ、うん……」

 体を離すと、亜海は顔を赤くし、視線をそらす。

 どうやら亜海にとっても恥ずかしいことだったらしい。

「びっくりした……。キス、されるのかと」

 ああ。そうしないといけないからな。

 どこで観察されているとも限らない。警戒することにこしたことはない。

 それに運営は俺にメールを送ってきた。すでにシュティに預けたというのに。

 つまり、運営側は未だに俺が金剛を保持しているとも考えられる。

 あるいは、シュティにも同様の手段を用いたか?

 考えているうちにあっという間に学校につく。

 教室に入ると、同級生の視線が一斉にこちらに向く。正確には俺と亜海。二人にだ。

 居心地の悪さを感じつつ、自席につく。

「あの二人付き合っているんだって?」「そうそう。昨日一緒に休んでいたし」

「今朝、路上でキスしていたらしいぜ」「うっそー! やばくない!?」

「それにあの二人、いつも一緒にいるしな」「幼なじみって言ってるけど、実際怪しいよね」

 なんだ。またその話題か。

 俺と亜海が幼稚園以来の幼なじみで、小学校高学年くらいからよく噂されるようになっていた。

 中には「もうヤったのか?」とか。「おれにも体験させてくれよ」とか。そんな下衆な奴らもいた。それに比べれば、今回は優しい方だろう。

 とはいえ、亜海の精神状態が気になる。


 ――適切な距離をとるようにしよう。

 俺はそう提案し、亜海もそれを受け入れた。こくりと小さく頷いた。

 でも最近になって、ゲームを通じて俺と亜海の距離は縮んだ。

 毎日のように一緒に帰るし、ゲームの話題で盛り上がる。

 そんなことをしていれば、下世話な連中が黙っているはずがない。

「麻倉と志摩。ちょっといいか?」

 教育指導の臼井うすい先生が手招きをしている。

「はい」

 俺と亜海はそれに従うしかない。

 職員室と教員用トイレの間に生徒指導室がある。

 ただの無断欠席なら職員室でいいはずだ。なぜ指導室なのかは分からない。嫌な予感がする。

 指導室には長机と椅子くらいしかない。

 臼井先生は三つ椅子を用意し、俺と対面する形で座る。俺の横には亜海。

 職員室側に引き戸があり、俺たちはトイレ側に誘導された。

 きっと逃げ道を塞いだつもりなのだろうが、監視・盗聴されているとなるとトイレに犯人がいても不思議ではない。

「昨日、どこで何をやっていた?」

 臼井先生は禿頭に汗を滲ませ、問う。

 マズいな。

 本当のことを話せば、壁越しに音声を聞かれる可能性がある。

 それに臼井先生を巻き込みかねない。

「……お前たちには不純異性交遊の疑いがある。自分としては信じたくないが、仕事なんだ」

 こっこっ。

 ペンで机を叩き、なにかの用紙に目を通している。

「昨日は、けんきゅ――」

 亜海が話そうとしたタイミングでわざと大きく咳払いをする。

 それを怪訝に思った臼井先生は、口元を引き締める。

「……何か、言えないことがあるのか?」

「はい」

 一瞬、空気が凍った。

「やましいことか?」

「いえ」

 即答に眉をぴくりと上げる臼井先生。

「ならなぜ話せない?」

 それには答えられない。

 相手が犯罪を犯してでも、手に入れたい情報を俺が持っている。

「……先生は、今の科学技術をどう思ってますか?」

「なんだ? 突然」

 戸惑いを隠せない臼井先生。

「大事なことです」

 しばしの沈黙。

 視線がぶつかり、緊張感が漂う。

 ごくりと喉が鳴る。それが俺だったのか、亜海だったのか、はたまた臼井先生だったのかは分からない。

「……そうだな。今の科学技術はよいとは断言できない」

「なぜ、です?」

「例えば、再生医療。あれにより、事故で体が不自由になった人々を救った。だが、一方で、特に子どもに顕著だが『どうせ怪我をしても、再生できる』。そんな考えが広まってしまった」

 その結果、命に重きをおかない人々が増えてしまった、と。

 ちょっとくらいなら無理をして構わない、と。

 科学技術が人を救っている一面はあるが、それだけではない。

「そうですね。おれ……ぼくと同じ意見です。先生」

「さてと。なら、今度はキミたちの話を聞く番だな?」

「先生が答えましたよ? こちらからはそれ以上、言えません。少なくとも今は」

 そう。今はまだ話せない。

「そうか。とりあえず、補習は受けてもらうことにはなるからな。覚悟しておけよ」

 臼井先生は用紙に何かをメモし、俺たちに「行っていい」と言う。そして、

「志摩。お前は負けるなよ」

 その意味は理解できないが、臼井先生の心遣いを感じる。

「……分かりました」

 最後に後ろを振り向くと、臼井先生の手元。用紙にはネットでの噂がまとめられていた。

 『志摩康晴を叩くスレ』と。


 亜海と一緒に教室に向かう。

「なんで本当のこと、話さなかったの?」

「今朝も言っただろ?」

「でも、先生くらい……」

「それでも。ダメなんだ」

 俺の表情から何かを察した亜海はそれ以上、追求してこなかった。

 さすがは、幼なじみといったところか……。

「ごめんな」

「え! 何? 突然」

「いや、巻き込んでしまって。おまけに不純異性交遊なんて……」

「いいよ。今さらじゃない。巻き込まれるの」

 ああ。そっか。

 苦笑が漏れる。

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