第1話 プロローグ

 大男の鋭い斬撃が青年を襲う!

 青年は白銀の髪を揺らし、剣を受け流す。

 周囲は白い石が積まれただけの簡易的なコロセウムになっている。

 円形のフィールドと、その上段周囲を取り囲むように観客席が設けられている。

 大男は青年の二倍の体躯を誇り、長い黒髪を尻尾のように左右に揺らす。

「ハハハハハハハ! おらおらおらおら!」

 奇声を上げながら大男は長剣を振るう。

 甲高い金属音が鳴り響き、火花を散らす。

 青年はかかとでトントンと地面を叩く。そして退く。

 大男はそのまま斬りかかるが、それは敵わない。

 なぜなら、先ほど叩いた地面から硬質の岩が槍のように突き出ているのだから。

 一歩でも前に進めば、大男の喉元を穿っていただろう。が、大男もそこまでバカじゃない。

 ”アーススピア”

 岩の槍をかわした大男が回り込もうとするが、その頭上に鈍く光る鉛色。

 片手剣が大男の頭を貫く。瞬間、血しぶきの代わりに赤いエフェクトが発光し飛び散る。

 大男のHPヒットポイントは一気に削れ、やがてゼロになる。

 観客の声援がうおおおおお! と鳴り響く。

『バトル終了! ウイナー! コウセイ!』

 コウセイと呼ばれた青年はふぅと短くため息を吐き、額の汗を拭う。とはいえ、この世界で汗はかかない。

 なぜなら、この世界は仮想VR世界なのだから。


「俺のギルドに入らないか?」「今度のスキア討伐隊に参加してくれ!」「ボクのポーションを買わないかい?」

 コウセイは様々な声を手で制し、コロセウムを出る。

 出入り口付近にある受付嬢から”クリスタル”と”Gp”をシステム的に受け取る。

 コロセウムの外は赤い煉瓦の街が広がっており、どこか中世ヨーロッパを思わせる。

 コウセイは近くの安宿に入ると、20C(クリスタル)を支払う。

 宿の個室ではHPやマナの回復が行える。さらに安全地帯となっており、PvPなどの戦闘はシステムブロックされている。

 値段によって回復量やサービスが違うが、コウセイが入った宿は最低限の安全地帯としての機能しかない。

 コウセイはベッドに寝転がると、小さく呟く。

「コウセイ。システムログアウト」



 まどろんだ意識が痛みで引き戻される。

「……?」

「こら! 志摩しま! 少しは先生の話を聞け。そんなんじゃ先生、悲しいぞ……」

 眉をひそめる大橋おおはし先生を見上げ、

「おはようございます」

「おはようございます、じゃない! 何が悲しくておれは先生なったんだ? 生徒の安眠を妨害するためか? そうなのか!? 康晴こうせい!」

 俺は欠伸をかみ殺しながら、先生の愚痴をテキトーに流す。

 授業なんて受けている場合じゃないのはよく分かっている。

 俺には果たさなければならない目標があるのだから。夢、などと現実味のない話ではなく。もっと身近な。それこそ”目標”と呼ぶにふさわしいことが。


 放課後になり、チャイムが鳴ると同時に駆け出す。

 そんな俺を見逃さなかった身軽な女の子がストーキングをしてくる。

「なんだ? 亜海あみ

「これからどうするのかな~って思って」

「なんでそんなに気になる?」

「だって康晴、最近ずっと授業中寝ているし……」

 台風で飛ばされそうなほど、小柄な体躯の亜海が心配そうに覗き込んでくる。

 短い黒髪に黒い瞳。まさに日本人の血だ。

 やれやれと嘆息しつつ、俺は応える。

「……ただゲームをするだけだよ」

「そっか。そうは見えないけどね」

 ジト目に変わる。

 さすが幼なじみといったところか。

 こちらの目線や声音、仕草などから簡単に見破られているようだ。

 VR世界とは違い現実世界では細かい表情まで再現されてしまうので厄介だ。

「どうせ。私が暇なんだから誘ってくれてもいいじゃない」

「でも亜海は飽き性だろ? この前なんてレーシングゲームを三分で飽きたじゃないか」

「それは、ゲームがつまらなかったんだも~ん!」

 ぷいと顔を背け、ふくれっ面になる亜海。

 少し速度を落とすと、信号に捕まる。

「それで? どんなゲームをやっているの?」

「剣と魔法の……まあ、よくあるファンタジーものだよ」

「なーんだつまんないのー」

 今の時代、剣と魔法のファンタジーゲームなんて腐るほどある。毎月のようにリリースされており、需要過多の、いわゆるクソゲーの巣窟となっている。

 それでも俺がファンタジーもののVRゲームをする意味がある。

「亜海。守りたい者がいたとする」

「え。なに急に……」

「その守りたい者を自分しか救えないと知ったら、どうする?」

「そんなの頑張るしかないじゃない」

「……だよな。俺もそう思う」

「何よ。急に」

 怪訝な顔をする亜海。


 家に帰ると、制服を脱ぐのも惜しんでゲーム機を起動させる。

 頭からPROヘッドギアをかぶり、舌打ちをする。

 ロードが終わるのすら待ち遠しい。

 全感覚投影システムを搭載したPROギアが俺の電気信号パルスを横取りする。

 一瞬、真っ暗になった視界が瞬時に白い世界へと切り替わる。

 ユーザーサポートシステムが表示される間も、現れるであろう空虚を押し続ける。

 システムコンソールが表示されると同時に【冒険を続ける】を選択。


 VRゲームは全感覚投影システムにより、現実の体は寝た状態になる。

 本来、脳のやりとりである電気信号を受け取っている以上、寝返りすらうてない。そうなればエコノミー症候群などの病気になるリスクが高まる。

 それを防止するため、定期的に現実世界へと引き戻されるのだ。

 具体的には四時間に一回。一時間の休息が必要になる。

 他にもいくつかの制限があるが、VRでしか経験できないことも多い。


 ボロい木張りの天井。

 ベッド以外に姿見が一つあるだけの寂しい部屋。 

 間違いなく、ここでログアウトしたのを確認すると、街へと繰り出す。

 街は同心円状に広がっており、中央には大きな城が建っている。

 その城は”攻城戦”として機能するらしいが、今は未実装だ。

 つまりはただの飾りなのだ。ただ眺めのよいだけの。

 俺が今、用があるのは街の縁。

 そこにあるコロセウム。

 コロセウムは一対一のPvPが行える。デスペナルティも少なく、なおかつ効率良くCクリスタルとGpを稼げるので重宝している。

 一方で、敵は自立AIによるMOBではなくPlayerなのだ。

 つまりは人間同士の戦いになる。

 AIと違いランクやレベルの調整はされていない。

 いきなり強い敵とあたることもあれば、その逆。アビリティの装備の仕方も分からないような初心者もいる。

 基本的には玄人向けであり、あまりオススメできない。

 そのコロセウムこそが目的への早道なのだからしょうがない。

 そう割り切り、コロセウムの門を潜る。

 受付にあるマッチングシステムコンソールを操作し、適当な相手と戦闘をする。

「相手は……【マスタング】。強そうな名前だな」

 とはいえ、名前で強さが決まる訳じゃない。

 もし名前で強さが決まるなら俺はコウセイと名乗っていない。

 そういえば、昔のゲームに特定の名前を入力するとチートモードで戦えるゲームがあったな。あれは制作者側の遊び心だったが、今の時代はそういった作品は減ってきている。

『マッチング完了。一分後に試合を開始します』

 アナウンスが鳴り響き、俺は剣の柄を握る。

 白銀の髪を揺らし、戦闘フィールドへと向かう。

 薄暗い廊下を歩くと、ローディングが始まる。

 視界が切り替わると、目の前には赤い短髪の、獰猛な金色の瞳の、長身な男が一人。

「あれがマスタング……か」

 両手剣を片手で持ち上げ、腰には短剣が二振り。

 見た目だけで全てが決まる訳じゃないが、あの両手剣はレアドロップのはず。

『試合開始!』

 鳴り響くアナウンス。

 同時に地を蹴る二人。

 ぶつかり合う剣。

「ははは! コウセイ! 貴様と戦えて嬉しいぞ!」

 こいつ。俺を知っている!?

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