第9話 リタイアor

 横薙ぎに切られたゴーレムは、痛みで仰け反る。

「くっ! 削りきれない!」

 ゴーレムの目がぎらりと光る。

 ――何かくる!

 直感がそうささやいている。

 空中では回避できない。マズい。

 次の瞬間、視界が明滅する。

 痛みを感じ目を開けると、壁面に叩きつけられていた。

 HPゲージは残り4%しかない。回復ポーションも品切れ。

「ははは。やばいな……これ」

 ゴーレムがゆっくりと近づいてくる。周囲には氷柱が先端をこちらに向けて、浮かんでいる。

 ああ。あの氷柱で攻撃されたのだろうな。

 そんな分析をしていると、ゴーレムが俺を木の棒でも拾うように掴む。そして、思いっきり握りつぶそうと、

 横合いから、氷魔法と矢が飛んでくる。

 うごごご。

 呻くゴーレムは俺を離し、シュティに向かって歩き出す。

 自由落下に身を任せて、地面がどんどんと近づいてくる。

「康晴!」

 叫ぶ。

 視界が肌色に覆い尽くされる。

「大丈夫? 康晴……」

 回復ポーションを全部使うジーク。

「何して、いるんだ? ヘイトが、集まるぞ?」

 訥々にしか声がでない。

「――っ!!」

 ドン。

 壁にシュティがぶつかり、頽れる。

 シュティのHPゲージは残り11%か。

「この! 負けてたまるかー!」

 ジークは立ち上がり、弓を乱射する。そのことごとくが弾かれ、大半が地面に落ちる。

「負けるもんか!」

 矢の本数が勢いよく減っていく。

 うごごご。

 ゴーレムのHPは未だに18%ほど残っている。

「無理だ! 脱出するぞ! クエストを諦めれば、ダンジョン入り口まで強制転移される。非常時に、最後の手段として残されている。デスペナルティも半分ですむ」

「そんなのかっこ悪いじゃない!」

「コウセイ、貯めたGpが減ってしまうわ! それはアタシも望まないわ」

 ジークは諦めずに矢を放つ。

 シュティの意見もごもっともだ。だが、それでもこのままでは負けてしまう。

「てやややー!」

 ゴーレムの弾いた矢が宙を舞い、天井にある氷柱にぶつかる。

「あ! ジーク。天井だ! 氷柱を狙え!」

「ん。分かった!」

 ジークは狙いを変え、ゴーレムの頭上にある氷柱を撃ち抜く。

 氷柱は根元から折れ、重力に任せて落ちる。

 麻痺っているのか、ゴーレムの動きは鈍い。

「さっきの矢に麻痺毒を使っていたのか……」

 氷柱はゴーレムの首元に直撃。

 残りのHPが削れ、やがて消える。

 うごごご。

 うなり声を上げ、ゴーレムはその場に崩れ落ちる。

 砂礫と化していく。

【おめでとうございます! 《アイスゴーレム V3》の討伐に成功しました!】

「やった……」

「やったわ! コウセイ!」

「ああ。ああ! やったな! これで勝ったんだよ!」

「……それフラグですわ」

 俺たちは立ち上がり、ボス部屋の最奥への扉が自動で開く。

 光が漏れ出す部屋へ歩き出す。

 光に触れると、視界が白くなり、視界端に【ローディング中】の表示が現れる。


 光が消えると、周囲には水晶クリスタルの世界が広がっている。それらは空色に輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。

【報酬:5000000クリスタル 15Gp】

 ダンジョン攻略報酬が五百万クリスタルか。かなり高いな。

 もとからGpには期待していないが、PvP一回分くらいだ。かかった時間で言えば、非効率すぎる。

「この景色を見たかったのよ」

 感慨深そうに呟くシュティ。

「……そっか」

「キレー」

 ジークはぼーっと眺めている。

SSスクリーンショットでも撮るか?」

「え! 何それ?」

「写真と一緒ですわ。データはメールか、USB経由でパソコンに送れるわ」

「それじゃとろ!」

 俺たち水晶の洞窟を背景に、三人で仲良く……、

「ちょっと! もっとそっちいってよ!」

「あら? 近づかないと、撮れないでしょう?」

「そんなこと言って、康晴に近づきたいだけでしょ!」

「うふふふ。どうかしらね? コウセイ」

「おい。俺に聞くなよ。てか、さっさと撮るぞ」

 仮想モニターをタップする。

「撮れたぞ。全員のフォルダへ転送する」

「わーい! ありがと!」「うふふふ。嬉しいわ!」



 一時間の休息時間に入るため、現実世界へ戻る。

「ふぅ~」

 ため息が漏れる。

 肉体的疲労はないが、精神的疲労は大きい。

 VRゲームはリアリティのある世界観であるため、そのストレスも大きいのだ。

 もう午前二時。

 七時くらいまで寝て、八時には登校しなければならない。

 もうダメだ。疲れた……。

 柔らかなベッドに倒れ込むと、意識が遠のいていく。

 …………。

 どれくらい寝ていただろう。

「う~ん」

 伸びをし、時計に視線を向ける。

「……しまった!」

 時計は八時を示している。

 慌てて身支度を整えると、学校に向かう。


「な、なんとか、間に合った……」

「あ! おはよう康晴!」

 亜海はほっとした様子で手をふる。

「おう。康晴!」「おはよ!」「遅かったな」

 同級生らと挨拶をかわし、自席につく。

 隣の席、亜海がこちらにジト目を向けてくる。

「……どうした?」

「私、あの女は嫌いだから! 応援なんてしないからね!」

「…………なんの話だ? 応援? ああ。パーティなら解散したぞ?」

「なんだよ。女って? 康晴まさか、お前!」

「なんだ? 山田」

「彼女ができたのか!?」

「ええ! やっぱり……」

「おお! 麻倉あさくらさんもそう思う?」

「おい。勝手に話進めるなよ。俺に彼女ができる訳ないじゃないか……。モテた試しがないもんなー」

「そ、そうなんだ……。そんな関係に見えなかったけど……」

「麻倉さんも大変そうだね。鈍感にぶちん野郎と幼なじみなんて」

「あわわわ! わ、私は関係ないから! 関係ないから!」

 亜海が慌てているけど、どうしたんだ?

「俺にも関係なさそうな話だな」

「いや、お前……」

「どうしたんだ亜海。死んだ目をしているぞ?」

「いえ。なんでもないです。はい」

「なぜ敬語? それに顔色が悪いぞ?」

「心配しなくていいよ。山田くん」

「なぜに俺はスルー!?」

 びっくりだよ! 亜海なら俺の味方をしてくれると思ったのに!

 亜海は青山さんと会話し始めているし。

「しかし、今日は遅かったな。いやここ最近か? 何をしているんだ?」

「いや、ちょっとゲームを」

 山田は目を輝かせる。

「なんだよ水くさい! ボクもまぜろよ!」

「そう言われてもなー。山田はPROギア持ってないだろ?」

「あれ高いんだよ……。一台三万もするだろ? そこに本体やら、ゲームやらで最低十万はいくし。課金やアクセ代でさらに五万。とてもじゃないが、学生で買える代物じゃないだろ……」

「まぁな。俺はオヤジがゲーム開発に携わっていたから、プレゼントされたけど」

「なあ、そいつをボクにもくれよ!」

「そんなこと言われてもな……」

 オヤジ死んでいるし。

「まあ、そのうちイイコトあるって!」

「ちくしょー。余裕の笑みを浮かべやがって!」

 山田は泣き真似をして去っていく。

「何泣かせているの? 康晴」

「いや、そんなつもりじゃ……。というか、亜海は寝不足じゃないのかよ」

 俺と一緒にゲームをしていたのだから、当然亜海も遅くまで起きていたはずだ。

「いや~。寝ていないけど。でも大丈夫!」

「その自信はどこからくるんだよ……。てか徹夜かよ」

「ホントに大丈夫だって! 授業中に寝るから!」

「それってダメなやつじゃね?」

 てか、なんでドヤ顔でピースしているだよ。そんな名案でもないぞ? さっきの山田なんか、授業中はずっと寝ているんだからな。

「いや~。授業が始まるのが楽しみだな♪」

「おかしくね? なあ、おかしいと思うのは俺だけか?」

 いや、ゲームに付き合わせたのは俺だけど。戦犯は俺だろうけど!

 でもおかしくね?

「真面目に授業受けるべきじゃね?」

 その数分後。授業が開始すると同時に、俺と亜海は深い眠りについたのだった。

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