第10話 妹の手がかり

 学校ではさんざん怒られ、やっとのことで家に辿り着く。

「さて。報酬をもらわないとな」

 PROギアをかぶり、ゲームを起動させる。

 報酬。

 それは、パーティを組み、ダンジョンを攻略した手助けした時の報酬。

 シュティは妹に繋がる手がかりを持っている。

 今までGpを使い、様々な情報を集めていた。

 《スキア・スレイ・ファンタジー》はその情報源ですら、金になる。だからリアルやネットの無料掲示板などに情報が出回ることはほぼない。

 その代わりにゲーム内掲示板で適性価格で売りに出されることも多い。

 例えば、

【グリーンスライムの倒し方 3Gp】

 と言ったように。

 ちなみにグリーンスライム……というよりも、スライム系は氷魔法に弱い。

 様々なものがGpで買えるので、情報屋から生産職、騎士なども使っている。


 さて。どんな情報を持っているのか……。

 そもそも、なぜ俺が妹の手がかりを探しているのかも分からない。

 気になることは山ほどある。

 妹はとっくに死んだが、何かしらの遺書があるのかもしれない。

 それに、父の研究資料や遺産もどこにあるか分からない。


 目の前に、もはや見慣れた風景が広がっていく。

 噴水のある広場。

 遠くに望む”攻城戦”用の白亜の城。

 周囲には初心者向けの店舗が広がっており、フィールド転移用の店もある。

 個人パーソナルメッセを飛ばすと、さっそく返事が返ってくる。

 以前に行った喫茶店にいるらしく、俺も向かう。


 喫茶店に入ると、赤い髪の少女を見つける。

「うふふ。ようやくきたわね。コウセイ」

「シュティ、さっそくだが――」

「その前に飲み物でも頼んでみたら?」

 暗に落ち着けと促されているのだろう。

 カフェラテを頼むと、すぐにNPCが運んでくる。机に置かれると同時に40Cの支払いが終わる。

「それで? 妹に関する情報は?」

「……その様子だとそうとう焦っているわね」

「ああ。ここ数ヶ月、ずっと探しているからな」

 コロセウムでのGp稼ぎも、情報を買う資金源のためだ。

 しかも、重要な情報ほど、高値で取引されるので、Gpが大量に必要になっていくのだ。

 シュティはメロンソーダに口をつけると、静かに口を開く。

「妹さん……と思われるアバターの情報を知っているわ」

「マジか!?」

 がた。

 机を叩き立ち上がってしまった。

 周囲の視線がざわつく。

「落ち着きなさいな」

「ああ。すまん」

 しずしずと座ると決まりの悪さを、カフェラテを飲んで誤魔化す。

「こちらの画像を見てくれないかしら?」

 メッセに添付ファイルがついている。

 開いてみると、画像ファイルが視界端に開く。

 タップしてみて、中央に移動。拡大し、注視する。

 白塗りの壁に囲まれた部屋に一人の少女が佇んでいる。その少女は淡い水色の髪をなびかせて、白いワンピースを着ている。手には杖のようなものを持っている。

 全体的にぼやけており、詳細までは確認できない。

「これが? 妹か?」

 正直、戸惑いを隠せない。

 アバターとリアルの体は別であるため、このアバターを妹と断定することはできない。そもそも死んだはずの妹がいるはずがない。

 せめて、妹の生前の言葉とか。そんなものだと思っていた。

「そのアバターは通常では生成できないわ」

「そうなのか?」

 俺もチュートリアル前にアバターを生成したが、女性のアバターは作成できないのだ。

 ちなみに、俺はリアルに近い外見をしている。それは妹やオヤジの情報を聞くのに有利になると考えたからだ。

「そのアバターをよく見て」

 画像に視線を移す。

「あ。カーソル表示がない」

「ええ。それはGMやスタッフなどと同じだわ。それに【攻城戦の秘密 その3】にあった情報だと、その子が椎名しいな香弥かや

 その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がる。

志摩しま 康晴こうせい。間違いなく、あなたの妹さんよ」

「……そんなバカな! そもそもなんでお前がそれを知っている?」

 リアル割れ。俺の情報すらも取引されているのだろうか? そうなれば現実世界でも危害が及ぶ可能性が高くなる。

「そんな顔をしないで。アタシも特別な方法で知ったのよ」

「特別? どの道、個人を特定するような危険な方法があるのかよ……」

 リアルをネットゲームに持ち込むのはマナー違反だが、それ以上にリアル割れは犯罪行為に等しい。

 一昔前ならまだしも、VRMMOゲームが普及した現代において、法整備も整いつつある。

 少なくとも都の条例違反には当たるのだ。

「それだけの危険を犯してまで、なぜ?」

「アタシ、あなたに興味があるの。それに妹さんにも」

 こいつはまだ何かを隠している。そんな気がする。

「で。この情報だけか?」

「あら? 今日のSSFニュースはまだ読んでいないのかしら?」

 俺は慌てて仮想モニターを操作し、SSFニュースを開く。

【”攻城戦”の実装予定】

 記載された題名ですでにどんな内容か、察しがつく。

「なんだ。ただの攻城戦の話か……攻城戦? 待てよ。お前さっき”攻城戦”がどうとか話していたな?」

「そう。先ほどの画像ファイルは攻城戦内部の画像よ」

「え! じゃあ、あの城の中にいるのか!? あのアバターが」

「ええ。つまり、攻城戦の実装に伴い、彼女と会うことができるわ」

「それじゃ……攻城戦に参加しなければならないのか」

 実装内容に目を通す。

「最低五名のパーティを組み、一時間の間、自分の城を守る。あるいは、自分の城にする、か」

「そのためにはお城の最奥部にあるクリスタルを壊し、設置する必要があるみたいね」

「……しかし、本当に妹なのか?」

 鋭い視線でシュティに問う。

 根負けしたのかシュティは視線をそらす。

「GAIシリーズ。四番機――最新AI”金剛”」

 いきなりの発言に訝しげな視線を送る。

「それが彼女、を持った最新AI。そのプロトタイプ」

「人の……?」

「四番機、金剛はそれだけではなく、生前の電気信号を最大限、再現した疑似人工知能……いえ、疑似人工脳よ」

「……人工脳? はっ。まさか。人間の脳を完全再現できる訳がないそれは二十世紀頃から唱えられてきた定説だ。バカバカしい」

「椎名瀧士そうしは、その常識を覆した。それもたったの二十年で」

「……まさか、シュティ。お前はその研究者の一人か?」

 シュティは目を伏せ、逡巡する。

「ええ。そうよ。本名は唐谷敷からやしき愛莉あいり。アタシも脳科学専攻よ」

「まさか、とは思うが、俺に協力しようと思ったのは、研究資料のため、か?」

「ええ。あなたの父、椎名博士を知っていたからこそ、コウセイと分かった」

「あいつ……オヤジはなぜお前に託さなかった?」

「……」

「そうか。答えられないか」

 きっと。オヤジから信頼されていなかったのだろう。

 まあ、あのオヤジのことだ。喩え研究仲間であっても本心を打ち明けることはなかっただろう。俺たちにしてきたように。

「で。どうする? シュティ。あんたは?」

「そういうコウセイこそ、どうするつもりなのかしら?」

「まずは会ってみないと、判断がつかない」

 ”人工脳”といってもどれほど再現されているのか。妹の記憶なんてないかもしれない。

 しかし、本当に生まれてしまった以上は保護すべきだろう。

 その判断は会ってみなければ分からない。

「とりあえず、今日は解散だな。俺は攻城戦に参加できそうな仲間を探す」

 これで終わりだ、と。店の外へ出る。

 終始、俯いたシュティの表情は伺えなかった。


「さて。どうするか……」

 正直、けっこう面倒なことに巻き込まれてしまった。

 死んだはずの妹の再現。疑似人工脳。

 そんなものを世界が知ったらどうなるのか?

 もしかしたら、開けてはいけないパンドラの箱かもしれない。

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