第7話 ダンジョン

 ぴちょん。

 天井から雫が落ちる。

「すごい作り込みだな。再現度が高いし、モーションの動きもなめらかだ」

「さすがと言ったところですわ。椎名しいな瀧士そうし博士の最高傑作だわ」

 その名を聞き、胸がちくりと痛む。

「それって……」

 ジークがちらりと見る。

「ん? モンスターか?」

 白い洞窟内に光る青白い球体。

「スライムですわね。雑魚ですわ」

「じゃあ、やっちゃうね♪」

 ジークはさっと弓を構える。

「待て! スライムに物理攻撃は――」

 放たれた矢はスライムに当たる……が、矢を吸収し、一回り大きくなる。

「え。何が起きたの?」

「スライムは物理攻撃をゼロにできる。そして、受けたダメージの分、成長する」

「幸いにも、ジークさんのレベルが低いので成長率も低そうですわ」

 スライムが体から青い液体を飛ばす。

「かわせ! 毒だ!」

 シュティとジークは同じ方向にかわし、ぶつかり合う。

「きゃ!」

「ちょっと! 何するんですの?」

「邪魔だよ! おばさん!」

「おば……、あなたこそちゃんと周囲を見て行動しないさい!」

 アーススピア、と。

「はぁ!? それはこっちのセリフなんですけど? そもそもそのでかい胸を切り落としてあげようか?」

「ふっ。その貧相な胸ではひがむのも無理はないですわね。その胸と同じで性格もみみっちいのでしょう」

 発動。スライムにダメージ、と。

「何さ! その下品な胸と一緒で下品な頭なんでしょ?」

「あら? あなたこそ、頭が足りてなくて?」

 スライム討伐完了、と。

「よし。行くぞ」

「「良くない(わ)!」」

「……いや、そう言われても。ポップする前に行こうぜ」

 なんでこの二人はケンカし始めたの。

 てか、スライムを倒すの手伝えよ……。


 コールドリザードマンが五体か。

 右手にボーンナイフ。左手に丸盾バックラー、と。

「危ないですわ!」

「きゃっ! ちょっと何するのよ! モンスターに当たるところだったじゃない!」

「あら? 回りが見えてなくて? 他のリザードマンが攻撃していたのよ?」

 そのリザードマンは俺に向かってきたけどな。

「――っ! 何をするのかしら? 矢が頬をかすめた野だけれど?」

「あははは! ごめん! 後ろにいるリザードマンを倒そうと思って、さ!」

 そう言って二発目も放つんですね。

「あらあら? そんなにも命中率が低いのね? 残念だわ」

「むかー! そんなことないもん! リザードマンにはちゃんと当たっているからね!」

 ああ。当ててたね。丸盾で弾かれたけど。

「ふぅ。よし! 倒したぞ?」

「「まだ倒してない(わ)!!」」

「おい。待て。それは味方だ」



「くっ! この!」

「いい加減に落ちなさいな!」

 矢を放つジーク。それをかわし、剣を振るうシュティ。

 二人がいがみ合っている間、俺がモンスターを倒していく。

 あれれ? 最初の予定と違うような……。

「なんでこうなるんだか……。てか味方内でPvPをするなよ。パーティランクが下がるぞ……」

 まあ、これが終わったら解消するパーティだけどさ。

「へへん! これであなたは毒状態だよ!」

 おお。毒矢が使えるようになったのか。

「うふふふ。アタシには”毒耐性”のスキルがあるのよ?」

 あら。対策されていたのね。

「なら! 地獄を見させてあげるわ!」

 一射で複数の矢が放たれる。

「おお! ”レインアロー”か! Gpで買ったのか」

「うふふふ。これくらいならどうということはないわ!」

 氷の盾で防ぐシュティ。

 こっちも”氷解の盾”をGpで買ったのか。

 俺は近くの平らな岩にあぐらをかき、サンドイッチを頬張る。

「うん。うまいな……。さすがの味覚エンジンだ」

「あんたねー! 少しレベルが高いからって威張らないでよ!」

「あら? そう思えるのは、あなたが弱いからじゃなくって?」

「お! このソースもいい味だしているな……。今度からこれを買おう」


「……はぁはぁ。あんたしつこい」

「それは、あなたでは、なくって?」

 二人とも息が切れてますよ?

 てか、シュティと同等にやりあえるジークすごいな。いくら地形の不利があるとはいえ。

「そろそろ行くぞ?」

「ま、待って。少し休ませて……」

「あ、アタシも休息が欲しいですわ」

「真似すんな!」「思ったことを言っただけですわ」

「……分かった。五分の休息だ」

 俺はもう休んだけどな。

 というか、早くクエストをクリアして妹の話を聞きたいんだけど。

「せめて、別の人なら良かったんだろうな~」

「何それ! やっぱりこの女はいらないってことだよね!」

「あら? それはあなたではなくって? ジークさん」

 笑いながら語る二人。

 明らかに牽制し合っているなー。

 できれば、その熱を別に向けて欲しいんだけど。


「はぁ~。やっとついた……」

 目の前には仰々しい鉄扉が硬く閉ざされている。精緻な装飾が施されており、まるで王室を思わせる。

 鍾乳洞には不釣り合いなほどに大きな、その門は恐らくボス部屋だろう。

 シュティとジークはすでにお互いを無視しているし。

「とりあえず、シュティは中距離から支援。ジークは遠距離支援、場合によってはポーションなども頼む。俺は前衛で削る」

「うん。いいよ」「分かったわ」

 二人が頷くを見て、扉を開ける。

 見た目に反して軽く開くのはゲームだから。

 内部に入ると、石灰でできた鍾乳洞の色合いをした、広いドーム状になっている。

 大きさは直径六百メートルはあるだろうか。上方向にもそれくらいはありそうだ。

 頭上にはいくつもの氷柱つららに似た石灰の柱が並んでいる。

 ドームの中央には人型の、六メートルはある氷解が鎮座している。

「アイスゴーレムの亜種か……。HPゲージが出現していないところを見ると、最初の一撃はゼロダメだな」

「起き上がりエフェクトがあるわね。恐らく、一定時間の無敵判定もあるでしょう」

「なら、ジークの弓で攻撃だな」

「分かった。やってみる」

「あらあら? 当てられるのかしら?」

「う、っさい!」

 弓を引き絞るジーク。

 狙いを定め――放つ!

 放物線を描いたそれは、ゴーレムの頭にヒットする。

 ゴゴゴ。

 地響きと重低音が腹にくる。

 ゴーレムが立ち上がり、赤い瞳を宿す。

 両手を広げ、関節からは棘が生えてくる。

 HPゲージが表示され、名前も【アイスゴーレム V3】と。

 突如、ゴーレムがジャンプする。その高さは軽く八メートル。

 確実にジークの頭上を捉えている。

「危ない!」

 地を蹴り、ジークを片腕で抱え、かわす。

 ズシン。

 ゴーレムが着地したと同時に、地響きが鳴る。

「くそ! この”時響き”は足止めできるのか!」

 数瞬の足止め。

 それが終わると同時にシュティが叫ぶ。

「上! コウセイ、上だわ!」

「はぁ?」

 ゴーレムは目の前で次の攻撃モーションをとっている。

 言われた通りに見上げると、石灰の氷柱が一斉に降り注ぐ。

「おいおい! マジかよ! ただのオブジェクトじゃないのか!」

 最初の着地攻撃で、振動で落ちてきたのだろう。

 なるほど。よくできた攻撃だ。

 一度、ゴーレムを見上げる。その後で足下に注意を向ける。だが、本命は頭上にある氷柱という訳だ。

 片手剣で氷柱を弾く。

 細かな破片が降り注ぎ、ダメージが蓄積される。

「くっ!」

 出血エフェクトが光る。

 シュティは?

 横目で確認すると、ゴーレムの攻撃を避けている。

「ジーク。大丈夫か?」

「うん。大丈夫!」

 低レベルなジークには苦戦を強いるだろう。

 氷柱攻撃が終わると、端でジークを降ろす。

「じゃあ、行ってくる」

「ま、待って! 危ないよ!」

「でもシュティ一人では押さえ込めない!」

 足早に前衛へ復帰しないと!

 ジークを置いて、剣を構え直しゴーレムに向かう。

「シュティ!」

「コウセイ! 任せるわ!」

 前衛交代。

 シュティは後ろに下がり、ゴーレムの前に出る。

 振り下ろされる拳を剣で受け止める。


「重い!」

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