第14話 攻城戦 前日

 攻城戦実装のメンテナンス中。

 暇な俺と亜海はゆっくりと昼食をとっていた。

 正直、以前は一緒に食事をしていなかった。というのも、俺と亜海は幼なじみであり、それと同時に男女でもあるのだ。

 他人は無責任なもので、俺と亜海の関係を”恋人”といじってくる。冷やかしてくる。

 それを不愉快に感じるのは俺だけではなく亜海もそうだった。だから、

「いいのか? 俺と一緒に食事して」

「今さらだね。今日くらいは大丈夫でしょ」

 それに亜海には好きな人がいる。そんな噂を聞いたことがある。

 俺と亜海の関係を誤解されたら、亜海だけでなくその相手にも申し訳がたたない。

 亜海の将来をおもんぱかるなら、俺と一緒にいるべきではないだろう。

 だが、亜海は俺の都合に合わせてくれているのだ。あの疑似人工脳に。オヤジの遺産に。

「ありがとな。亜海」

「え? な、何。急にどしたの?」

 突然のことに慌てふためく亜海。

「いや。俺のワガママに付き合わせてしまって……」

 そう。本来なら亜海は関係ないのだ。

 亜海自身は、オヤジにも会ったことはない。妹の香弥かやとは何度か会ったことがあるけど……。

「でもあの画像の子が、ホントに香弥ちゃんなのかな? なんだか怪しくない?」

「ああ。俺も怪しいとは思ったよ。ただ情報を調べ尽くした限りでは、シュティの言っている話はしっくりくる。が、……」

 なぜ、閉じ込めているのか? そもそもなんで香弥をベースに人工脳を作ったのか?

 訝しげな顔で覗き込んでくる亜海。

「バカっ! 近いだろ! そんなのは止めろ!」

「え。あ、うん。ごめん……」

「い、いや。そんなに落ち込まなくても」

 ただ俺は亜海の思い人に誤解されたくないだけだ。

 そう言いたいが、本人にその話をするのもどうかと思う。

 もともとは隠したがっていた噂らしいし。

 特に俺には聞かせたくない……とも言っていた。

 そんな会話を偶然聞いてしまったのだから、簡単に聞くこともできない。

 人の口に戸は立てられない。

「しかし、情報の検証やら、なんやらやっているだけでも、疲れるな……」

 里芋を口に放りこむ。

「でも、お陰で情報の裏取りとかは大丈夫なんでしょ?」

「ああ。あのアバターの情報はほとんどないが、それでも攻城戦についての情報はだいぶ集まった。ユウたちにも情報を流しているし、戦闘にも支障はないだろう」

「じゃあ! 簡単にあの子を助けられるんだね!」

「そう、だね」

 問題はその後のような気もするが。

 そもそも香弥と、あの子が同一人物とみなしていいのか? その判断がつかない。

 未だに香弥とは別人格な気がしてならない。いや、別人だろ。

 あれはただの疑似人工脳だ。世界初の、最新技術の塊。それだけの話。

 ざわめく心を無理矢理にでも抑え込むと、無駄な思考を逃がすように嘆息する。

「幸せが逃げるよ?」

「そんな根拠のない話を」

「ええ。でもスピリチュアルな話って面白いじゃん!」

「面白い?」

「うん! まるで人の可能性を示しているようで」

「可能性……」

 心にずしりとする感覚。型にはまったような気持ち。

「可能性か……」

 それでなんになる? 誰が救える?

 自嘲気味に笑うと、スープを口にする。


 昼休みを終え教室に戻る。

 教室内がしんと静まり返る。

 そのあと、再び喧騒が戻るが、その内容が

「やっぱりあの二人は付き合っているんじゃないの?」「怪しいよね? あの二人」「本当に幼なじみってだけなのかね?」

 様々な無責任な噂が飛び交う。

 だから、一緒にいて大丈夫か? と聞いたのに。

 実際、亜海は机に伏せて、耳を塞いでいるように見える。

 俺が噂をしている連中を睨むと、口を閉ざしてあさっての方向を向く。

 やはり戸は立たない、か……。


「なあ、なんでお前が家にいるんだ?」

「いいじゃない。作戦会議よ。作戦会議!」

 そう言って、亜海は俺の家でごろごろしている訳だが。

「へー。男性は物静かな人が好きなんだ」

「おい。その雑誌、偏差値が低そうだぞ? 読むの止めようぜ?」

「ええっ! でもこれが今の女子高生のトレンドだよ!?」

「だから、バカが生まれるんだな~」

「バカにするなっ!」

 膝を小突く亜海。

 弁慶の泣き所は、痛い!

「膝は止めろよ! ピンポイントで痛いところを突くな!」

「じゃあ、今度からは小指にするね!」

 笑顔で怖いこと言う。

「いや、それも止めてくれ……」

「それで? 何か対策は?」

 ポテチを口にしながら、亜海は訊ねてくる。

 ゲームをきっかけに、こうして再び家に来るようになったが、

「いいのか? 俺の家に来て……」

「どうして? そんなに迷惑?」

「いや、俺は迷惑じゃないが……」

 さすがに「お前が迷惑じゃないのか?」とは聞けない。

 学校の噂からしても自意識過剰と思われてしまうかもしれない。

 俺と亜海が付き合っているなんてことはありえないのにな。

「さて、と。今日のメンテ終了後、ログインしてみて、情報の収集だな」

「そして明日には攻城戦の開始……て。でもなんでメンテが終わってからの攻城戦じゃないの?」

「ああ。メンテ明けは混雑するんだ。大量のアクセスがあるからな。それを回避するのと、運営が監視・対応できる時間帯に合わせた……ってところかな」

「へ~」

 気のない返事。

「ところで、ログインは開始前にするんだよね? 動ける時間は四時間。攻城戦の終了時間が二時間後。ギリギリでログイン、突入! っていう作戦もありそうだね」

「ああ。実際にそんな人が多いかもな。でも、俺は、」

「あの子の保護、でしょ? 香弥ちゃんの意識が使われている……ってホントなのかな?」

「それは会ってみれば分かるだろう。幸いにも、俺のアバターは現実のものと差異はない」

 リアルの顔でゲームをしたい! というユーザーの意見を取り入れ、数枚の写真から特製のアバターの作成も請け負っているくらいだ。

 現実の俺とVRの俺に差はほぼ生まれない。

「さてと。そろそろメンテ明けだ。ログインするぞ?」

「はーい!」

 元気はいいな。

 二人で俺の部屋にいくと、俺は布団、亜海はベッドで、PROギアをかぶる。

「ゲーム、スタート」

 声紋認証。網膜認証。脳波認証をくぐり抜け、電脳世界へと降り立つ。

 隣には亜海のアバター。ジークがいる。

「それで? どうするの?」

「まずは掲示板だ。そこで今回のメンテによる変更点を探す」

「りょーかい♪」

 掲示板でメンテ情報を見る。

 公式の情報は無料なので、自然とみんな集まってくるが、

「今回は攻城戦に合わせたメンテだな。課金アイテムの制限。即死効果の武器・魔法の制限……なるほどね」

「あれ? でもなんで課金アイテムや課金装備は制限されているの? 運営さんが儲かるじゃない」

「それはな。都の条例違反にあたるんだ。最近ではVRゲームも普及してきたから、都や県などが、定めたルール内で稼ぎを出さないといけないんだ」

「あー。以前に子どもが課金しすぎて、裁判になっていたりしたもんね」

「そう。だからこそ、最初から制限を設けておくんだ。特にPvPやGvGのような消耗戦の場合は大量の課金で押し込めたりするからな」

「それが課金を煽る行為と見做されるんだよ」

 後ろから爽やかな声がかかる。

「ユウ。キミたちもきていたのか?」

「そりゃそうだ。おれたちガチ勢にとってメンテは重要な情報が多いからな」

「だよな。装備や魔法の下方修正や上方修正などは、特に目を光らせないと」

「まあな。でも今回は攻城戦がメインだな。大きな違いはない……か。ん?」

 ユウの目が止まった。

 気になる情報でもあったのだろうか?

 俺も穴が空くほど情報に目を通す。

「……これ、は」

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