第2話 マスタング

 いったん距離をとると、視界橋にあるサポートウインドウを見る。

 HPやマナ、装備などが表示されているが、僅かにHPが削られている。

 あのまま、ぶつかり合っていたら、確実に不利な状況に追い込まれていただろう。

「ちっ!」

 地面をトントンと叩き、地属性魔法を設置する。

 近接武器しかないマスタングは、近づかずに様子を見ている。

 やはりただ者ではない。

 数秒遅れで発動したアーススピア。

 地面を割り、岩でできた槍が飛び出し空を裂く。

「ふん。タイムラグのある小手先の技など通用するものか」

 百種を越える魔法には時間差攻撃を仕掛けるとトラップタイプのものもある。が、それを見破るとは。

 岩槍が砕けると、すかさずマスタングは突っ込んでくる。

 確実に近接戦闘を得意とするファイタータイプだ。

 バックステップで距離をとり、魔法詠唱を始める。

 魔力の溜まった剣先をマスタングに向ける。

「食らえ! フレイムトラキング!」

 追尾性能を持った小さな火球が三十二、発射されマスタングを攻撃する。

 爆発。

「よし!」

 フレイムトラキングの威力は高くないが、数による物量攻撃ができる。それに加え”火傷やけど”のデバフ効果が期待できる。

 だが、黒煙の中から飛び出す銀色の線。

 咄嗟にかわし、腕をかすめていく。

「外したか! なら!」

 目の前に現れたマスタングは両手剣を振り下ろす。

 片手剣で受け止めるが、じりじりとHPが削れていく。

「ハハ! しぶてーヤロウだ! コウセイさんよっ!」

 嬉々として剣を振るうマスタング。

 かわす。いなす。

 だが、捌ききれない。

 徐々に減っていくHP。

「それでも!」

 両手剣の弱点はその隙の大きさにある。

 一気に懐へ飛び込むと、一閃。

 そのまま走り抜け、マスタングと距離をとる。

「ハハ! やるじゃねーか!」

「やはり……」

 見た目、軽装備だが、それなりの追加効果エンチャントを持っている武装のようだ。

 それこそ、”物理耐性”や”剣耐性”といった。

 振り向くマスタングに閃光玉を放つ。もう一閃。

「きかねーよ! おら!」

 両手剣のリーチの長さを見誤った!

「ぐっ!」

 若干の痛みと同時にHPが減り、庇った腕にダメージエフェクトが発動する。

 勢いを殺さずに、そのまま転げ回る。

「おいおい! マジかよ!」

 マスタングは追撃を試みるも、予想外に勢いよく転がっていった俺を見やる。

 転がした小石ほどの黒い球体を捨てる。

 爆発武器である”榴弾グレネード”。

「しまった!」

 咄嗟にガードスキルを発動するマスタング。

 直後に爆発。

 俺は立ち上がると、その爆発を盾に距離をとる。

「ちっ! 逃がすかよ!」

 マスタングは遠回りをしてでも、接近してくる。

「てめーは、オレの獲物だぁ!」

「くそ。しつこいんだよ! 俺はお前に負ける訳にはいかないんだよ!」

 恐らくマスタングは遠距離攻撃が全くないのだろう。だから接近してくる。

 マスタングの大技をかわしつつ、小技で切り込む。

「やっぱ、戦いは白兵戦でなねーとなぁっ!」

 ハハハ! と笑い、剣戟を叩き込むマスタング。

 攻撃の手数で言えば、俺が優勢だ。一方でマスタングは一撃一撃が重い。

 レベル差はせいぜい二か三くらいだろう。

 でもアビリティによる補正やアビリティ強化により、マスタングは現レベルでの攻撃極限値をたたき出している。

 いなしただけでもダメージ判定が入るのだ。

 早々に終わらせないと、こちらのHPがゼロになってしまう。

 しかし、こちらも手数で攻めている。

 マスタングに視線を合わせると、敵カーソルとともにHPゲージが表示される。

 敵HPは残り半分。

「ハハ! もらったぞ!」

 マスタングは両手剣を横薙ぎに振るう。

 しゃがんでかわすが、頭上をかすめていく。

 それだけでこちらのHPが半分以上もっていかれる。

「はっ! マジかよ……」

 この威力なら、直撃を受けただけで、一発アウトだ。

「だが、俺は負けれないんだよっ!」

 妹のためにも!

 バックステップうで距離をとると、ポーチからポーションを取り出し飲む。

 HPが最大値の二十パーセント回復する。三本飲めば全快するが、回復アイテムにはクールタイムが存在する。

 なら、逃げるしかない!

 俺は外周を走り出す。

「逃げんなよ! てめー!」

 マスタングは血走った目で追ってくる。

 アーススピアで進路を防ぎつつ、時間稼ぎをする。

 二十秒のクールタイムを終えた後、二本目のポーションを頂く。

 試合場の一角を見る。

 そこにはピンク色の髪をした少女が佇んでいる。

 その子と目線が合うと微笑んでくる。

 なんだ? ゲーム内で知り合いはいない。が、どうやら俺はそこそこの有名人になっているらしい。となれば、そのファンがいてもおかしくはない。

 ……それよりもその少女の見た目が、どう考えもロリなのだ。俺の大好きな。

 ロリが見ている! なら、負ける訳にはいかない!

 気持ちを奮い立たせると三本目のポーションを飲む。

 これで9000Cの消費。ポーションはそう安くはない。

 今回の出費だけでコロセウムの試合四回分にそうとうする。

「参ったね。こりゃ」

 小さく呟き、空になった瓶を捨てる。

 砕けるエフェクト。

「これで終わりだ!」

 マスタングは剣を振り下ろす。

 俺の頭頂部から足先まで切り払われる。

「ハハ! やったぜ! これでオレも――、なんだ!?」

 陽炎のように揺らめくコウセイのアバター。

「はっ! まさか……、まさか!」

 マスタングは振り返る。俺の本当にいる場所に。

「遅い!」

「くそっ! 幻惑魔法かっ!」

 マスタングが回避行動をとるが、俺はその腹に剣先を持っていく。

「やったぜ! ……なに!?」

 腕でガードするマスタング。

「へへ。これで勝機!」

 片腕で両手剣を握りしめ、横薙ぎに、

 俺は口の端を歪め、バックステップ。

「かわせるリーチじゃねーぞ! こら!」

 そう両手剣のリーチからは逃れられない。でも、自分の攻撃なら避けられる。

 アーススピア。

 地面から発したそれはマスタングを貫く。

「ぐっ! 貴様、仕込んでいたのかよっ!」

 マスタングのHPゲージが半分まで減る。

 さすがに攻撃特化だけあって、防御力が高い訳ではないようだ。

 これなら勝てる!

 とはいえ、幻惑魔法やアーススピアなど。魔法を使いすぎた。

 マナが足りない。

 その上、マナポーション。マナを回復させるアイテムは高価で最前線で戦ういわゆる攻略組が購入していってしまう。

 マスタングはその場に頽れる。

 あいつもかなりのダメージを負っている。これに懲りて、迂闊に近づく訳にもいかないだろう。

 しかし、俺もマナが残り十パーセントしかない。強力な魔法は使えない。

 俺も、マスタングも、距離をとり睨みあう。

 先に動いた方が負ける。

 観客までもが唾をごくりと飲み、二人の動きをつぶさに観察する。

「やっちまえー!」

 さっきのロリがそう叫ぶ。

 そんなに応援されたなら、俺も気合いを入れますか。

 握っている剣に力をこめ、腰を落とす。

 剣を構えた俺を見て、マスタングも剣を構え直す。

 これはゲームだ。

 攻撃後。または攻撃直前に隙が生まれる。そういった仕様になっている。

 PvPにおいて、それは大切な要素となる。

 つまり、相手が攻撃する直前を狙うか、あるいは攻撃をかわした直後を狙う。

 そうすれば、リスクが少なくカウンターがとれる。

 それにカウンターバフが入るので通常攻撃よりも高い攻撃力になる。

「いくぞ!」

「いくぜ!」

 同時に走り出す二人。

 と直後、視界が真っ暗になる。

「な、なんだ!?」

 俺が困惑していると、視界に【緊急事態につき、安全装置が働きました。】と表示される。

「はぁ!?」

 それは火災や地震、人災などに対応するための安全装置だ。

 本当の体は寝ている状態なので、とても無防備だ。それを解消するため各種センサーと連動し、危険をいち早く察知するシステムになっている。

【《スキア・スレイ・ファンタジー》を終了します。】

 意識が現実世界へと引き戻される。

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