第13話   〃 あのときセンパイを優しい人やと思って損した!!

◇  ◇  ◇


「ふーん、ここがセンパイの部屋なんや」


 アパートの三階まで上がって僕の部屋に入ると、小夜ちゃんは物珍しそうに部屋の中を見回した。といっても、狭いキッチンスペースの向こうにあるのは六畳一間のワンルーム。グルッと見回すほどのこともなく部屋の全貌などは、一目瞭然だった。


「狭いやろ」


 僕はそう言いながら、寄り道したコンビニで買ったお菓子類をテーブルに置く。コンビニ袋の中にはポテトチップスに缶コーヒー、あとは小夜ちゃんが自分で選んだプリンとヨーグルト飲料が入っていた。


 コンビニのレジでの支払いの時、財布に入っていたソレが僕の視界に入った。つまりソレとはもちろん、二日前に上原先輩に無理矢理押しつけられたコンドームだ。隣の小夜ちゃんには見られることはなかったとはいえ、僕は一瞬緊張をして、そして嫌な気持ちになったのだった。


 なぜなら小夜ちゃんが来るまでに自分で使おうと思いながら、結局は二日経っても財布の中に入れっぱなしにしていたから。


 小夜ちゃんは相変わらず可愛いとは思うし、初めて出会ってから少しずつ大人になっているとは感じていた。けれど中身は本当に田舎の高校生で、電車の乗り方すらおぼつかなくて、まったく化粧っ気のない素顔のままで彼氏の部屋に来るような女の子だ。僕のことをそういう目で見ているはずなんて無い。僕はそう思うと、再び自己嫌悪に陥ってため息をついた。


「ん? センパイどうしたん? なんかため息なんかついて」


 小夜ちゃんはそう言うと、何を思ったのか少し可笑しそうにクスクスと笑い出す。


「なに? なんで、なんかおかしいかな」


 僕が問うと、小夜ちゃんは部屋の中をいろいろと指さし確認のように指し示した。


「うん、だってさっきから視線が泳いでるから可笑しいなあと思って、ため息とかついてるし。もしかしたらオタッキーな本とか隠してある場所のことかなあ、って思ったら可笑しくなって。パッとみたら、見えるとこにそういう本置いてないんやもん」


「あのなあ……」


 すこし拍子抜けした僕は再び息を吐き出して床に座り、コンビニ袋の中から缶コーヒーを取りだした。プルタブを開けてコーヒーを少し口に含み喉を潤すと、小夜ちゃんに告げる。


「そういう類いの本はそっちの棚に入れてあるし。それに俺、そこまでオタクちがうし」


「ええ~センパイ、ホンマに? オタクやない人がナディアの劇場版見に行くかなあ」


 小夜ちゃんのジトーッとした目が僕を襲う。あれは去年の夏のことだった。僕は受験生だったのに、小夜ちゃんを誘って映画を見に行った。彼女はその時のことを言ったのだけれど、確かに劇場内に居たのは同類なんだろうなと思える人たちだった。それからまあ、――映画の内容もかなり酷かったのだけれど。


「いや、うん、そうやな。アレはひどかったな……。同時上映の『電影少女ビデオガール』の方がまだ見られたもんな……、ハハハ」


 自嘲気味に笑う僕に、小夜ちゃんが追い打ちをかける。


「でもセンパイ、パンフレット買ってたやん」


「だってしょうがないやん。そんなん映画見る前にパンフ買うたんやから」


 そう言ってから僕は思わず自分で吹き出してしまった。彼女との最初のデートみたいのものから比べて、随分と言いたいことを言い合うようになったものだと、自分でも可笑しくなったのだった。


 突然吹き出して笑い始めた僕を見て、小夜ちゃんはちょっと引き気味になった。


「なに? なんで笑うんセンパイ。なんか可笑しい?」


「いや、可笑しいことないで。ただ、最初にアニメイトに連れて行ったときには借りてきたネコみたいやったのに、小夜ちゃんも変わったなあと思って。いやまあ、あのとき多少はネコ被ってたんやろうけど!」


「アニメイト……? ああっ! もうセンパイも古いこと言うて! だってあれは美紀ちゃんがっ!!」


「そうやな、村澤さんが悪かったんやもんな。『私も行くから一緒に行ったらええやん』て言われたんやもんな。それがハシゴを外されたらしょうがないって」


 と、僕はあの時の裏事情を改めて語った。


 それはもう過ぎたことで、今さら僕も小夜ちゃんもなんとも思っていないけれど、結局あれは村澤さんが僕と小夜ちゃんをくっつけようと仕組んだことだったのだ。


 当日村澤さんが来られなくなったのは本当にイレギュラーなことだったとはいえ、それはそれで僕たちは村澤さんの手のひらの上で踊ってしまったようなものだった。


「もうホンマに! あ~あ、もう、あのときセンパイを優しい人やと思って損した!!」


「いや、別に小夜ちゃんは損してへんやろ」


「ううん、損した!!」


 半分怒ったような、それでいて照れ隠しに拗ねたような表情になった小夜ちゃんがプンッとむくれる。その顔を見た僕はこのとき、『ああ、やっぱり今日はそういう雰囲気にはなりそうもないな』と、なぜか安心をしたのだった。

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