第02話 元クラスメイト
といっても、付き合っていた訳でもなんでもなくて、本当にただのクラスメイトだった。高校二年のクラス替えで一緒になり、三年ではクラス替えもなかったので、二年間一緒のクラスだったことになる。
派手すぎるところはなかったけれど、誰とでも仲良く話す女の子で、そんな彼女を密かに好きな男子はそこそこいた。それは、俺も含めてのことだったのだが……。
広池は女子にしては背が高い方で、顔立ちも大人びていた。誰とでも仲良く話すし性格も優しい子だったのだけれど、結局高校で特定の誰かと付き合うということはなかったようだ。
というのも高校時代、広池は数人の告白を断っていた。『いま、誰かと付き合うつもりはない』、と言って。
そんな噂を聞いていた俺は玉砕覚悟で告白するつもりもなく、俺と広池はただのクラスメイトで卒業することとなったのだ、――けれど。
◇ ◇ ◇
「やば、もう来てる。早いなアイツ」
俺は待ち合わせの喫茶店につくと、店の隅の方に座っている広池を見つけた。デニムのスカートに淡いチェック柄の上着を着ている彼女はどこにでもいる女子大生で、いかにも誰かを待っているというふうに手元の文庫本に目を落としていた。
高校の同じクラスからこの近くの大学に進学したのは俺と広池と、あと数人はいたけれど、俺と広池が一番近くてお互い一時間以内には会える距離だった。
だから最初のゴールデンウィークと夏休みは一緒の電車で地元に帰省して、『俺、もしかしたら脈があるんじゃ』などと期待をしてしまった。けれど、その夏休みの帰省の際に広池の言動からオトコの影を感じ取って、『はい、終わり終わり』と、俺はさっさと撤退を決めたのだ。
それは自分でも驚くほどアッサリとした感情で、高校のときは結構好きだったのになあ、と自分で首を傾げたものだった。
とはいっても別に俺は広池のことを嫌いになったはずもなく、比較的近くにいるせいで年に一回や二回は会ったり、電話をしたりもした。
話す内容といえば同級生の動向やお互いの近況などが主だったけれど、それも高校を卒業して二年以上も経過すると話すことも段々無くなってきて、最近話をしたのは半年近く前の、お正月明けのことだった。
△
「ごめんごめん広池、十一時やったよな。俺、時間間違えたっけ?」
俺は、急いできましたよ、とポーズをとるために敢えて小走りで広池に近寄る。時間は間違えていないはずだし、広池が早く来ただけだと思いながら。
「ううん、私が早めに来すぎただけ。野田くんが遅れた訳やないよ」
そう言って広池は読みかけのページに几帳面に栞をはさみ、文庫本をパタンと閉じた。俺の方に顔を向けた広池は一見すると元気そうで、ニコッと笑っている。けれど高校時代から彼女を知っている俺には、その笑顔はいかにも『笑顔を作りました』といったように見えた。
「よかった。一瞬時間を聞き違えたかと思って焦ったわ」
俺は広池の作り笑顔が気にはなったけれど、『笑顔が引きつってる』とも、『よそ行きの笑顔』とも言えずに椅子についた。
目の前のテーブルを見ると、どうやら広池はコーヒーを注文したらしく、花柄カップの三分の一ほどにコーヒーが残っていた。
それから考えると、広池がここに来たのは五分や十分前でないことは分かる。おそらく十五分以上前には着いていたのだろう。
「ああ、私はコーヒー頼んだけど、野田くんは、なに飲む?」
広池は店員さんに軽く手を上げて、そう俺に聞いてきた。
肩甲骨のあたりまである髪を一つに束ね、それを右の肩口から前に下ろしている姿はもうすっかり大人の女性で、自分と同い年とは思えない落ち着きすら感じる。
「ああ、そうやな……。俺、アイスコーヒー」
俺はメニューを見ることもなく、やってきた店員さんにアイスコーヒーを注文した。アルバイトであろう店員さんは、注文票に何かを書き込んで「はい、しばらくお待ちください」と去って行く。その後ろ姿を見送ってから、俺は広池の方を向き直った。
「で、用事ってなに? 会って話すって言うてたけど」
そう言って俺が広池の目を見たとき、彼女の目は完全に逡巡の色を見せていた。黒目がちな綺麗な目が、落ち着きなくテーブルの上を彷徨っていたのだ。
俺はその瞬間、なんともいえない嫌な予感がしたのだった。
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