高校のクラスメイトだった女の子が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない。
トカチェフ・シンジ
①『高校のクラスメイトだった女の子が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない』
第01話 相談の電話
◇ ◇ ◇
掛かってきた電話が、いい電話か、悪い電話かというのは、出る前から何となく分かるものだ。
俺がバイトで疲れた体を引きずりながらアパートに帰って来たときに、その電話は鳴った。これは多分悪い電話だ、と俺はそのとき直感で思った。
プルル、プルル、と鳴る電話は、『おいお前、早く出ろ』とばかりに誰も居ない部屋で響いている。その電話を無視するかどうかを迷ったあげく、俺は出ることに決めた。
「……ハイハイ、わかったわかった」
情報連絡手段が格段に発達した昨今なら、メールだのアプリだので否応なしに突きつけられる情報が、この時代には主に電話を通じてだった。
しかも掛けてきた相手が誰だかわからない、呼び出し音がただ鳴るだけの無機質な電話。
出るか、出ないか、情報を受け取るかどうかの選択権は圧倒的に受け手に委ねられていたのだ。
だから出る、と決めた俺の判断は俺の責任になる。などと、まあ格好いいことを考えたけれど、後でこの電話に出たことを俺はメチャクチャ後悔することになった。
「はい……、もしもし」
電話に出るときにいつも思う。この『もしもし』とはなんぞや、と。
電話が発明された当初なら聞こえるか聞こえないかの確認をするのに、『もしも~し、聞こえますか~』とかやっただろうけれど、天下のNTTの電話で今さら『もしもし』もないだろう。
とはいえ『もしもし』以外の言葉を思いつかない俺は、やっぱり『もしもし』と言った。午後も十時半を回った時間に掛けてくる相手に、多少の嫌味を込めた疲れた声で。
『あっ、もしもし。野田くん?』
いつもなら「そっちが掛けてきて『あっ』ってなんだよ」と、下らないことを考える俺だけれど、この時は違った。
電話口の女性の声に聞き覚えがあったのだ。
といってもいま俺が付き合っている彼女ではない。なぜなら彼女は大学の女子寮に住んでいて、この時間に電話を掛けて来ることは無いのだ。
そのうえ「野田くん」と呼ぶこともない。「
で、いまの電話口の相手は俺のことを「野田くん」と呼んだ間柄。つまりは親しいけれどファーストネームで呼ぶほどではなく、さらには親類縁者でもないだろう。
バイトに疲れた頭でそんなことを考えていた俺の耳に、次の言葉が聞こえて来る。
『えっと、野田くん……や、なかったかな』
俺は間違いなく野田孝介、だからこの女性は間違ってはいない。しかも相手は聞き覚えのある声だ。これはまずい、誰かはすぐに思い出せないけれど、最初、多少の嫌味を込めた声で「もしもし」と言ったのはまずかったか。
そう思った俺は一転して朗らかな声を出した。
「はい、野田ですけど」
『よかった、なんや野田くんの声やなかったみたいやから。ごめんな、遅い時間に、寝てたんやろか』
「いや……、べつに、いい……ですけど。ああっ!」
と、ここで俺は声の主の正体を思い出した。
「なんや、広池か……。誰からの電話かと思ったわ。いま、バイトから帰って部屋に入ったとこに電話が鳴ったから、一瞬わからへんかった」
電話の相手は
声を聞いて相手がわかった理由は、高校を卒業してから俺たちは同じ地方に進学し、この三年の間に何回か会ったことがあったからだった。
『アルバイトかあ、そうやったんや。さっき八時頃にも一回かけたんやけどな、野田くん電話に出えへんかったから』
「ああ、その頃はちょうどバイトでこき使われてた。休憩時間もなかったからもうヘトヘトや……、ハハハ」
俺はそう言って自嘲気味に笑って自室の窓を開ける。梅雨時期の湿気を含んだ夜風がささやかに狭い部屋に流れ込んできた。ジトッとした空気の流れが頬に触れる。
『ごめんな野田くん、疲れてるのに』
広池は本当に申し訳なさそうに電話の向こうでそう言った。よく聞くとその声はなんだか深刻そうで、なにかの相談なのだろうかと俺は直感的に悟る。
「いや、ええけど。で、なに? 俺になんか用事やったんやろ?」
『……うん。ちょっと、野田くんに相談したいことがあってな――』
と、さらに深刻そうな声になった広池の声を聞きながら、俺はいったい何事だろうと想像したのだった。
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